44話
「澪ちゃんって、服を買ったりするの?」
「私服は使いまわしていますけど」
「……予想はしてたけど、今時の女子らしくないね」
だって、着れる物は着れなくなるまで使わないと、もったいないじゃないか。
なのに、最近の若者は流行りがどうとか、おしゃれな服を見つけたとか、そんな理由で次々と服を変えて……ほんと、そんな金はどこから出てるのだろうか。
とはいえ、私が同年代の女子と比べて、かなりファッションにかなり興味が無いということは自覚している。
服もそうだけど、化粧は最低限しかしないし、ピアスは母の形見の物しか持っていない。客観的に見ると、顔やスタイルは良い方だったから、まだ誤魔化すことが出来ているけれど、もしそうじゃなかったとするならば、目も当てられないことになっていたかもしれない。
「そういう雪乃先輩はどうなんですか?」
「澪ちゃんよりかはおしゃれが好きなタイプだけど、妹の何か買ってあげたりしてるから、おしゃれに使うお金が余りないんだよね。だから、服もたまにしか買わないし、化粧もあまり高い物は買わないかな」
「へー、同級生の友達とどっかに遊びに行って、金を使い果たしているイメージでした」
もちろん、それは金遣いが荒いってわけじゃなくて、雪乃先輩の性格や容姿だと、友人が私よりもずっと多くて、友達付き合いにかかる費用が多くなると思ったからだ。
茜のような、一緒にいても財布にダメージが来ないタイプの人もいるのは知っているが、それでも全員が茜のようなタイプではないってことは分かっている。
だから、金の使い方に友達付き合いが含まれていなかったことに、少しだけ驚いてしまったんだ。
「あぁ、もちろんクラスメイト達と遊びに行ってお金を使うことはあるけれど、忙しくて遊びに行けることが少ないからね」
「忙しい……?」
雪乃先輩の言葉が、少しだけ疑問を思ってしまった。
雪乃先輩は生徒会に所属しているが、他の部活には入っているわけではない。そして、生徒会は稀に休みの日も仕事がある日があるが、それでも毎日あると言うわけではない。
習い事とかがあったりすると、話が変わって来るけれど、友達と遊べないほど忙しいってことは、あまりないはずなんだ。
(それに、私の家に泊ろうとしている時点で、忙しいってのは嘘でしょ)
テスト期間は例外としても、雪乃先輩は週に一度は私の家に泊ろうとしている。
でも、もし友達と遊ぶことが出来ないほど忙しいのなら、そんなことは出来ないはずだ。ということは、つまり――
「いたっ」
握っている手に力を込めて、雪乃先輩の肌に爪を食い込ませた。
「私に対して、嘘を吐かないでください」
胸の奥が締め付けられて、朝に食べた物が逆流してくる。
雪乃先輩が私に嘘を吐いたという事実だけで、呼吸が荒くなってくるし、背中には冷汗のような物が流れてくる。
くそ……いつから私はこんなにも弱くなったんだ? 人間が嘘を吐くなんて当然のことだと知っているはずだし、今まで嘘を吐かれたとしても、まったく気にしていなかったはずだ。
なのに、雪乃先輩に嘘を吐かれただけで、ここまで心が掻き乱される。
そのせいで、私は雪乃先輩から手を離し、一歩だけ後ろに下がってしまった。
「本当に忙しかったら、私の家に泊まることなんて出来ないはずです。嘘を吐かずに本当のことを教えてください」
雪乃先輩は、痛ましげに顔を歪ませたが、私のことを見る目には怒りなんて無くて、どこか憐れむような、柔らかい目で私を見ていた。
その目のせいで、心がもやっとする。なんで、そんな目で私を見るの? そこは、怒るべきなのに。
「嘘は吐いて無いよ」
「ふざけないでください。だって、説明できないじゃないですか」
「それなら、全部話すよ」
雪乃先輩は、私に一歩だけ近づいて来て、私の手を優しく握った。私を安心させるように、私を逃がさないように。
振り払うために、腕に力をこめようとするが、身体が言うことを聞かなくて力をこめられない。
「わたしはね、普段ボランティアに行っているんだよ」
「ボランティア、ですか?」
「うん、ゴミ拾いとかだったり、共働きで家にいられない子供たちと遊んだりとか。……意外だった?」
言われてみれば、それは簡単に予想できたことだった。
雪乃先輩は、人助けが好きなんだと思う。だから、ボランティア活動のような物は、彼女の人助けをしたいという願望を上手く満たせるものであり、それらを友人との関係より優先するのも納得できる。
でも、どうして、そこまでして人助けをしようとしているのだろうか。
人から感謝されるのが好きなのか、他人の笑顔を見るのが好きなのか、それとも……そうすれば、贖罪になると思っているからなのか。
他人の心を見ることは出来ないから、それはわからない。
「意外ではないですけど……それが何の関係があるんですか?」
「私が忙しいって言ってた理由はそれ。ボランティア活動のせいで友達と中々遊びに行けないんだよね。わたしがそっちの方を優先してるからなんだけど」
ボランティアは、どこまで行ってもボランティア。ボランティアに行かないといけない義務なんて無いんだから、友達と遊べてないのは百パーセント雪乃先輩が悪い。
「でもね、ボランティアと澪ちゃんだったら、澪ちゃんの方を優先しているの」
え………
何を言っているのだろうか?
雪乃先輩にとってのボランティアは、友達と遊ぶことよりも重要のはずなのに、それよりも、私の方を優先している……? そんなの、あり得ない。
「なん、で……」
「だって、嫌だから、澪ちゃんが苦しんでるの。澪ちゃんは、ずっと頑張って、ずっと苦しんできたんだから、もっと幸せになってほしいって思ってるんだ」
(ずるい……)
雪乃先輩は、ちゃんと私のことを見ていた。
それも、私だけを見ているんじゃなくて、私以外にも目を向けたうえで、私を一番優先してくれている。
「そう、だったんですね……。爪、すみませんでした」
「気にしなくていいよ。わたしの言葉が足らなかったのが原因なんだし」
頬が熱くなって、それを隠すように話を逸らす。
私のことを何よりも優先していたという事実が、胸に小さな火を灯してくれる。
「あ、ここだよ。わたしが行こうとしてた服屋」
運がいいことに、ちょうど私たちが向かっていた服屋に到着することが出来た。
そこには無数の服があり、ファッションという物をよく理解していない私には、どこから見ればいいのか判断がつかない。
「なんで、こんなにも服があるんだろう? 着れるんなら、それでいいじゃんか」
でも、そのおかげで、胸の奥に潜む温かさから目を逸らすことが出来た。
服の多さに圧倒されているふりをしていれば、さっきまでの会話の余韻なんて簡単に誤魔化せる。
横目で、雪乃先輩の顔をそっと盗み見る。
さっきまで私のことで真剣に言葉を選んでいた人と同じとは思えないくらい、今の雪乃先輩は無邪気で、楽しそうで、目を輝かせていた。
「何が楽しいんですか?」
「そりゃもちろん……あっ、これとかどう? 澪ちゃんに似合うと思わない?」
雪乃先輩はが私に見せた服は、雪乃先輩が私に見せた服は、黒を基調にしたシンプルなノースリーブだった。
胸元に余計な装飾はなく、ラインは細く、無駄がない。
似合うとか、似合わないとかはわからないけど、雪乃先輩が私のために見つけ出した服ってことは理解できる。
でも、それの何処が楽しいのだろうか?
「似合うとかわからないんですけど……それよりも楽しい理由って――」
「あ、こっちも澪ちゃんに似合いそう」
「聞いてくださいよ! 私の話!」
けれど、雪乃先輩は私の声が聞こえなかったのか、私のことを無視して服を漁っていた。
ムカつく。仮にもデートって名前なんだから、ちょっとくらいは私を見てほしい。
「あの――」
「よし。澪ちゃん、こっちに来て。試着してみるよ!」
「ま、待ってくださいよ!」
抗議なんて届かないまま、手首を軽く引かれる。
その勢いに逆らえず、私はずるずると店の奥へ連れていかれた。




