39話
「晩御飯おいしい?」
「……不味くはないです」
結局、私は雪乃先輩のことを拒むことが出来ず、これからも雪乃先輩が家に泊まることになった。
彼女は、私から拒まれなかったことに気が付くと、心の底から嬉しそうに笑い、勝手に冷蔵庫を漁って晩御飯を作り始めた。
世話好きの雪乃先輩のことだ。これから私の世話が出来ると舞い上がって、きっと毎回こうして勝手に台所に立つんだろう。
雪乃先輩が作ったご飯は、いつも食べているコンビニの弁当よりも、ずっと温かくておいしい。素直に言うことは出来ないけれど、この料理が何度も食べれると思うと、この人が泊まりに来るのは、そんなに悪くないと考えてしまった。
「澪ちゃんって、普段は料理するの?」
「気が向いた時はしますよ。適当に具材を入れて、焼くだけですけど」
「調味料は?」
「塩と砂糖があれば、最低限食べれるようになります」
私の返事を聞いて、雪乃先輩は頬を引き攣らせた。
どうせ、私の冷蔵庫と中身を見て察していたんだろうけど、ろくな調味料すら使わない私の料理に、心の底から驚いているのだろう。
(……料理をするのは嫌いなんだから、仕方がないじゃんか)
一人で料理をしていると、どこか惨めな気持ちになって来る。
一緒に作る人なんて誰もいないし、作ったところでそれを食べるのは私だけ。そう思うと、料理をすること自体が馬鹿らしくなって、適当に済ますことが多くなるのだ。
「その料理って、おいしいの?」
「おいしくないですよ、でも栄養については考えているので問題ありません」
「おいしくないって……泊まらない日も、晩御飯を作りに来よっか?」
「……結構です」
それをされると、さすがに罪悪感が勝ってくるからやめてほしい。
正直……もっと雪乃先輩の料理を食べたいと思っている私もいるが、そんなのは一時の気の迷いなんだから、後悔しないように絶対に拒否しないと。
「そっか……。押しても無理そうだね」
「……もしかして、私のことを押しに弱い人だと思ってます?」
「うん」
「えぇ……」
不服だ。私の何処が押しに弱そうに見えるのかな? いや……実際に家に入られてるから否定できないか。
もしかして、茜もそんな風に思っているの? もしそう思っているのなら絶交してやる。
(それにしても、なんでここまで気に掛けてくれるんだろう?)
雪乃先輩の姿を眺めながら、私はそんなことを考えていた。
雪乃先輩は、自分が作った晩御飯をおいしそうに食べている。しかも、たまに頷いたりしていて、自分の料理に自信を持っているように見えた。
やっぱり、私を助けることで何とか自尊心を保とうとしているようには見えない。
利益の無い善行を成す人は、大抵この場合だと思っているのだが、雪乃先輩は自尊心が低いようには見えず、今のままでも自分のことを誇って生きているのだろう。
だから、本来は他人のことを助ける必要は無いはずなんだ。
「まぁいいか、宇宙人の思ってることなんて予想できないんだし」
「急にどうしたの?」
「何でもないです」
雪乃先輩は理解できないモノだ。
もし、私が研究者であったのなら、この未知のモノを理解しようとしていただろう。
でも、私は研究者なんかじゃない。
だから、未知のモノは未知のモノのままでいいし、わざわざ知ろうとも思わない。
そんなことよりも、これからのことを考えていたほうがずっと有意義に時間を潰せるから。
(あれ……?)
その時、あることを思い出した。
これからは一週間に一度は泊まる。こればかりに意識が向いていたせいで、定期テストの時は毎日泊まりに来るって言ったことを忘れてしまっていた。
「あの……雪乃先輩?」
「ん? どうかしたの?」
雪乃先輩は、晩御飯をおいしそうに食べながら首を傾げた。
私がどんなことを思っているのか、まったくわかっていない。
「定期テストの時は毎日泊まるって、言ってませんでした?」
「うん、そうするつもりだけど」
「………………なんで?」
思わず言葉から敬語が抜けていってしまう。
いや、もちろん、今までも敬語を使わなかった時はあると思うけど、それらは意識して敬語をやめていたから、今の言葉とはちょっとだけ意味が違う。
(たぶん、私のテストの点数をよくするためだとは思うけど……なんで、そこまでするの?)
私は、テストの点数をよくしようだなんて、これっぽっちも思っちゃいない。
平常点という物が私に存在しないから、退学しないように平均点以上は取るつもりなのだが、全力を出す価値があるとは全く思えない。
そのため、雪乃先輩の貴重な時間を削ってまで、私の点数をよくする理由なんて無いはずなんだ。
……いい点数を取ったとしても、良いことなんて何もないんだから。
「なんでですか? 私がテストの点数に興味が無いのはわかっているでしょう?」
「澪ちゃんはそう思っているかもしれないけど、わたしは澪ちゃんにいい点を取ってほしいなって思ってるからね」
「意味わかんない。そうしたところで、雪乃先輩に利が無いじゃないですか」
私がそう言うと、雪乃先輩は顎に手を当てて、何かを考え始めた。
どうせ、どうやったら私を説得できるのかを考えているんだろうけど、こうして考えているってことは、そもそも自分に利があるかどうかなんて気にしていなかったんだろう。
気持ち悪い。自己犠牲なんて、この世から消えちまったらいいのに。
「……思いつかないのなら、思いつかないって言ってください」
「強いて言うなら、澪ちゃんが良い点を取ってくれると、わたしが嬉しくなるくらいかな」
「なにそれ。へんなの」
自分がいい点を取って、それを嬉しく思うのはまだ理解できる。
でも、他人がいい点を取って、それを喜ぶのは全く理解できない。むしろ、人間であるのなら悔しさや嫉妬などであるべきだ。
「じゃあ、悪い点を取ります。雪乃先輩を悲しませたいので」
「えー、澪ちゃんって捻くれてるね」
「そうですよ、私はとても捻くれてるんです」
雪乃先輩がくすくすと笑う。
まったく、今の話の何処に笑う所があったんだろうか。その顔を見ると、胸の奥がむずむずして、目を逸らしたくなってしまう。
「うーん、わたしは澪ちゃんにいい点を取ってほしいんだよねぇ。あ、学年一位になったら、一回だけわたしが何でも聞くってのはどう?」
「私は小学生ですか。そんなのでつられるわけないじゃないですか」
つれないなぁと雪乃先輩は呟き、子供のように落ち込んでいる。
わたしよりも年上のはずなのに、その姿を見ると少しだけ罪悪感が湧いてくる。……ずるい、そんな方法で私に言うことを聞かそうとするなんて。
(何でも言うことを聞く……か)
雪乃先輩にしてほしいことなんて、何一つ……いや、一個あったか。ちょうどいい嫌がらせがあった。
あいにく、テスト期間中は毎日雪乃先輩が家に泊りに来るんだ。だから、夜はちゃんと寝ることが出来るし、テスト中にも眠くならないはず。
それなら、学年一位程度は余裕で取れる。
「わかりましたよ、一位を取れば言うことを聞いてくれるんですよね?」
私がそう言うと、雪乃先輩は目を輝かせて、ぱっと顔を上げた。
「ほんとに? ほんとに一位狙ってくれるの?」
嬉しさが隠しきれていない声だった。
まるで、私が何か特別な贈り物でも渡したみたいに。
「テストでいい点数を取るのは、学生の本分でしょ。そのついでです」
「でも、さっきまで……」
「うるさい、今から勉強するんで話しかけないでください」
雪乃先輩の追求から逃れるように立ち上がり、私は勉強机の方に向かった。
勉強において、何か目標が出来るのは人生で初めてだ。ちょっとだけ心が高揚してテストを待ち遠しいと思ってしまう。
「教えてあげようか?」
「私の方が頭がいいのでいらないです」
「……」
それに、いつも授業中に寝ているやつが学年一位を取ったら、生徒だけじゃなくて先生も煽れる。そんなの、最高でしょ。
本棚から教科書を取り出し、ノートを開く。
何度も解いてきた問題。でも、復習の大切さはわかっている。
「ほんと、かわいいよね」
背後で雪乃先輩が呟いていた。
けれど、その言葉は私の耳に届かなかった。




