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嫌われ者と生徒会長〜誰にも心を開かなかった私を、生徒会長はなぜか見捨ててくれない〜  作者: 月星 星成
第一章

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28話

 雪乃side


「何を、言っているんですか?」


 黒瀬ちゃんは、眉間に皺を寄せながら、わたしを睨みつける。

 その気持ちは理解出来る。嫌いな人が急に家に泊ると言い出して、快くそれを受け入れる人なんていないだろう。


 でも、こうしてわたしが黒瀬ちゃんに頼んだのは、理由があるんだ。


(やっぱり、隠してるよね……)


 わたしの質問に対して、黒瀬ちゃんはうまく誤魔化している。

 もちろん、嘘を吐いているわけではない。けれど、一部だけを伝えることで、本当に隠したいものを上手く隠している。


 ただ、それを暴いたところで、それが黒瀬ちゃんの救いとなる保証は無い。むしろ、隠しているということは、知られたくないということであり、それを無理やり暴いてしまったら、大きな傷になってしまうだろう。

 

 なのに、それをわかっていてなお、わたしはこの選択をした。


(だって、このままだと、黒瀬ちゃんは一生苦しみ続ける)


 さっきからずっと、黒瀬ちゃんは平気だと言いながら、心の傷を隠しきれていなかった。

 目が痛々し気に揺れていて、笑っているはずなのに、どこか遠くを見ているようで、見ているだけで胸が締めつけられた。


 必要以上に触れてしまうと、さらに傷つけてしまう。でも、いつかは触れないと、一生苦しみ続ける羽目になってしまう。

 その表情を見た時、わたしはそう思ったんだ。


「泊まらせてって言ったの。あ、でも、下着は貸してほしいかな。もちろん、洗って帰すから」

「そんなことはどうでもいいんですよ! なんで、ここに泊るのかって聞いているんです!」


 黒瀬ちゃんは、机に乗り出して、大声で追及してきた。

 黒瀬ちゃんの腕が、机の上に置いてあったコップにぶつかって、カタンと小さな音を立てて揺れた。お茶が少しだけ縁からこぼれて、机の上に丸い染みを作る。


 でも、わたしも、黒瀬ちゃんも、それには目を向けなかった。


「黒瀬ちゃんのことをもっと知りたいから」

「全部言ったはずですけど!」

「もちろん、話してくれたことには感謝しているよ。でも、まだ隠している事があるでしょ。わたしは、それを知りたいの」


 黒瀬ちゃんの目が揺れる。逃げ道を探すように、弱く。

 けれど、彼女はそれを、威勢の良さで誤魔化した。


「そうですよ、隠してますよ! でも、生徒会長には関係ないでしょ! だから、私のことなんて無視してください!」

「出来ないの。わたしは、手が届く範囲の人を助けたい。そのために生きてるんだから、黒瀬ちゃんのことを見捨てれないんだよ」

「そんなの、幻想ですよ! すべての人を救える人なんていないし、何より――――」


 黒瀬ちゃんは口を開きかけて、そこで止まった。

 視線が揺れて、息が浅くなる。指先が机の端をぎゅっと掴んで、震えが伝わってくる。


 ほんの数秒なのに、永遠みたいに長い沈黙が落ちた。

 黒瀬ちゃんは小さく息を吸った。覚悟を決める前の、最後の呼吸だった。


「そんなことを言う人は……自分を救う対象に入れてないんですよ」


 その言葉は、黒瀬ちゃんが言ったとは信じ切れないほど、弱々しく、最後の方なんて聞き取ることすら出来なかった。

 わたしは思わず息を呑んだ。

 黒瀬ちゃんは、言ってしまった自分の言葉に自分で驚いたみたいに、目を大きく見開いて、それからゆっくりと伏せた。肩が小さく震えていて、机の端を掴む指先から力が抜けていくのが分かった。


 その姿は、強がりも反抗も全部剥がれ落ちて、ただの傷ついた子に戻ってしまったみたいだった。


「……黒瀬ちゃん」


 呼びかけると、黒瀬ちゃんはびくっと肩を揺らした。

 でも顔は上げない。上げられないんだと思った。


 何を言うべきかは、理屈よりも本能で理解していた。

 幼少期に事故から助けられ、助けた人が目の前で死んでしまったわたしには、黒瀬ちゃんの気持ちが痛いほどわかってしまったからだ。


「わたしはいなくならないよ。だから、優しさを受け入れて」


 黒瀬ちゃんの身体から、力が抜けていく。

 コップからこぼれたお茶の横に、小さな水滴がぽたぽたと落ちていた。


「……後悔しても、知りませんから」


 黒瀬ちゃんは、わたしを見なかった。でも、それだけでよかった。

 拒絶の言葉じゃない。追い払う強さもない。ただ、もう抵抗する気力が残っていないだけかもしれないけれど、それでも受け入れたという事実は確かにそこにあった。






「じゃ、もうそろそろ寝よっか」


 あの後、わたしはお母さんに連絡を入れて、黒瀬ちゃんの家に泊る許可を貰った。

 ただ、黒瀬ちゃんは諦めただけであり、わたしに対して滅多に話しかけることはなく、無言の時間が積み重なっていた。


 黒瀬ちゃんはタオルを畳むふりをしながら、何度も同じ場所を触っていた。落ち着かないというより、手を動かしていないと心が揺れそうで怖い、そんな仕草だった。

 わたしは邪魔をしないように、でも離れすぎないように、少し距離を置いて座った。


「下着……」

「え?」

「サイズ、大丈夫ですか……?」


 すると、珍しく黒瀬ちゃんが話しかけてくれた。

 黒瀬ちゃんが話しかけてくれたのは、わたしがキッチンを借りて夕食を作った時と、風呂の順番を決めた時だけ。だから、驚いてしまったのは許してほしい。


「ちょっと胸がきついけど、それ以外は大丈夫だよ。胸の方も、気になる程度だし」

「ちっ」


 舌打ちが返って来たけれど、本当に嫌がっている気配は無い。

 むしろ、わたしの胸の話題に触れたことで、黒瀬ちゃんの中の何かが静かに爆発したらしく、タオルを握る手にだけ妙な力が入っていた。


「それで、わたしは床で寝るから、気にしないでね」


 わたしは黒瀬ちゃんの家に押し掛けた身だ。ベッドを使うつもりなんて、最初からなかった。

 それに加え、黒瀬ちゃんは日頃から寝不足だと思わせる発言を何度もしている。だから、睡眠を妨げることは、絶対にしたくなかった。わたしが床で寝ると言ったのは、そのためでもあった。


「……は?」


 黒瀬ちゃんの手が止まった。

 タオルを半分畳んだまま、固まっている。


「床で寝るって……なんでですか」

「だって、黒瀬ちゃんのベッドだし。わたしが使うのは悪いよ」

「そんなこと気にする必要ないんで、ベッドで寝てください。もちろん、私は床で寝るのが嫌なので、一緒に使うことになりますけど」


 黒瀬ちゃんは即答した。

 わたしのことを嫌っているはずなのに、わたしと一緒の布団で寝ようとしている。そのことに驚愕して、、思わず黒瀬ちゃんの顔を見つめてしまった。


「えっ……い、一緒に……?」

「なんですか、文句あるんですか」

「い、嫌そんなわけじゃないんだけど、てっきりわたしのことを嫌ってるんじゃないかなって」


 問いかけると、黒瀬ちゃんはタオルの方に視線を向けた。

 けれど、それは照れているわけではない。表情に笑みは無く、むしろ何かを押し殺すように、口元がきゅっと固く結ばれていた。タオルの端を指先でつまんだまま、黒瀬ちゃんはほんの少しだけ肩をすくめた。


「……嫌ってますよ。今も」


 淡々とした声だった。

 怒りも、苛立ちも、照れも混ざっていない。ただ事実だけを述べるような、乾いた響き。


「ただ、寝れる時は寝るべきなんですよ。どうせ、後悔するんでしょうし」


 それは、どういう意味なんだろうか。

 黒瀬ちゃんが言おうとしていることを、私はまだ察することが出来ていない。


 寝ると言う言葉と、後悔と言う言葉が頭の中で結びつかず、わたしは思わず黒瀬ちゃんの横顔を見つめてしまった。

 でも、彼女は何も答えない。

 わたしに何か気遣った結果だとはわかるけど、何でそんなことをしたのか予想することすら出来ない。


「何してるんですか? さっさと寝ますよ」

「う、うん」


 黒瀬ちゃんに促されて、わたしは一緒に布団の中に入った。

 高校生二人で寝るには、ベットが狭く落ちそうになってしまう。だから、わたしたちは背中がぶつかるほど身体を近くに寄せて、布団の中に横になった。


 狭いベッドの上で、少しでも動けば相手に触れてしまう距離だ。黒瀬ちゃんはわたしに背を向けたまま、布団の端をぎゅっと握っている。眠る気配はないのに、こちらを向く気配もなかった。


 部屋の明かりを落とすと、静けさが一気に濃くなる。

 暗闇の中で、黒瀬ちゃんの呼吸だけがかすかに聞こえた。規則正しいようで、どこか落ち着かない呼吸。


 わたしは目を閉じたまま、背中越しに伝わる体温を感じていた。

 触れてはいないのに、触れているような近さだった。


「おやすみ、黒瀬ちゃん」


 返事は無かった。

 触れることが出来るほど近くにいるのに、決して交わることの無い距離。

 それが、わたしたちの関係だった。


 

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