27話
澪side
ひゅっと、喉から息が漏れた。
過去になにがあったのか聞かれるのは、まだ予想できていた。
もちろん、正直にすべてを話すつもりはなかったんだけど、言える範囲だけで満足して帰ってくれると思っていた。
なのに――
「いい子、ですか?」
生徒会長は、的確に私の本質を突いてきた。
嫌悪感や怒り……その奥に隠しているモノまでは予想できていないようだけど、触れられなくないところは、ちゃんと触れてきたんだ。
「うん。わたしはそう思ったんだけど、違った?」
生徒会長の言葉には悪意が無い。
むしろ、常に私を気遣っており、溺れそうな優しさで身体を包んで来る。そんなの、いらないのに。
(やめてよ……なんでそこを言うの)
胸の奥がざわつき、呼吸が浅くなる。
逃げたいのに、足が動かない。
生徒会長は、ただまっすぐに私を見ていた。
その視線が、いちばん痛かった。
「まず、過去の方から話します」
だから、私はごまかしやすい方から、先に答えた。
「まぁ、噂のことですけど、私は中学生の時にいじめられていて、その時に嵌められたんですよ」
「嵌められた?」
「えぇ、前もって私に関する悪い噂を流し、そのうえで先回りして物を壊して、私がそれを見つけたところを盗撮する。すると、不思議なことに、黒瀬が壊したって証拠が、都合よく広まるんですよ」
淡々と言ったつもりなのに、声が少しだけ震えた。
生徒会長は静かに息を呑む。
「……そんなこと、されたの?」
「別に珍しくないですよ。いじめなんて、そんなもんです。だから、その件については何とも思っていません」
あの時のいじめを思い出しても、私は何も感じない。
心拍数も増えず、呼吸が浅くなることも無い。ただ、いじめられていたという事実を再確認しているだけであり、人間の愚かさを改めて実感するだけだ。
むしろ――
『なんで、こんなことをしてしまったの? 怒らないからちゃんと言って』
心を許していた人間に、裏切られたことの方が……ずっと、ずーっと、癒せぬ傷となって、心に残っているんだ。
「そうなんだ。それについて知ってる人はいるの?」
「中学の時の担任は知ってますよ。……その件が起きてから、数か月後に気付いたんですけどね」
「……そっか」
生徒会長は、私の言葉から何かを感じたのか、少しだけ目を伏せ、口を閉ざした。
何を感じて、何を思ってのか。そんなことはわからない。
けれど、机の下で握っている拳に力が入った。
「終わった話です。気にしてません」
「……黒瀬ちゃんは強いね。すごいと思うよ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がざわりと揺れた。
褒められているはずなのに、全然気持ちよくない。
「ちっ、言いたいことがあるなら言ってくださいよ」
吐き捨てるように言った。自分でもわかるくらい、声に棘が混じっていた。
いくら口で褒めても、生徒会長の目には同情や憐憫が滲んでいる。かわいそうな子を見るような、あの目。
その上からの目線のせいで、喉の奥がひりつき、爪が手の平に食い込んでくる。
生徒会長のことだから、本気で私の境遇について想像し、どうにか寄り添おうとしているのだろう。
その善意が、いちばん腹立たしい。
「過去についてはこのくらいでいいですか?」
「うん、教えてくれてありがとね」
……お互いに、嘘ばっかりだ。
私は、噂のことに関する嘘を言っただけで、それ以外のことは何一つ言っていない。
生徒会長も、そのことに気付いているはずなのに、これ以上は聞いてこない。
私は隠したいから、生徒会長はこれ以上私を傷つけたくないから。
その理由が違うだけで、どちらも嘘をついている。
(……気持ち悪い)
胸の奥がじわりと重くなる。生徒会長の沈黙は優しさのつもりなんだろうけど、その優しさが、いちばん息苦しい。
追及されるほうがまだ楽だった。
なのに、生徒会長はただ受け止めるだけで、踏み込んでこない。その距離の取り方が、どうしようもなく腹立たしい。……まぁ、追及されたとしても、絶対に言わなかったんだけど。
「じゃ、いい子って言われるのが嫌いな理由を言えばいいんですか?」
「うん、出来るだけ黒瀬ちゃんのことを知りたいから」
生徒会長は、まだ私に向き合おうとしてくる。
その真っ直ぐさが、胸の奥をじわりと締めつけた。
(……ほんと、しつこい)
逃げたいのに、逃がしてくれない。
だから、私はまた本心を偽った。
「……気持ち悪いからですよ。善人であろうとしている人たちは、自分のことを善人だと信じ込んでいるんです。だから、自分が行った悪行から目を逸らして、胸を張りながら生きている。そんな人たちと同類になりたくありません」
嘘は吐いていない。
ただ、いい子と言われることが嫌いな理由の、一割にも満たないほどの物を言っただけだ。
本当の理由は、もっと深くて、もっと醜くて、もっと言いたくない。
生徒会長は、すぐには返事をしなかった。
わたしの言葉を否定するでもなく、肯定するでもなく、ただ受け止めるように静かに息を吸った。
「……そうなんだ。ごめんね、黒瀬ちゃんのことを全く知らないのに、勝手にいい子なんて言ってしまって」
その声には、飾りがなかった。
慰めようとする響きも、取り繕う気配もない。ただ、まっすぐに謝っているだけの声だった。
(なんで、なの……?)
生徒会長は全く悪くない。いい子と言われることが嫌いだなんて、生徒会長からすれば察することのできない物であり、地雷と言っても差し支えない物だろう。
だから、今ここで生徒会長が謝る理由なんてない。謝るにしても、表面上だけの物で、本心から謝る必要は無いだろう。
「なんで、謝れるんですか?」
気づけば、口が勝手に動いていた。
自分の非を認めることなんて、出来ない人も数多くいる。しかも、生徒会長の場合は、自分に非があるとは到底言えない。
なのに、彼女は謝れているんだ。信じられない……あの人は、謝ってこなかったのに。
「謝れる理由? それは、わたしが悪いことをしたからだよ」
「悪いこと……? してないと思いますけど」
「ううん、わたしは黒瀬ちゃんを傷つけたの。だから、わたしが悪い。誰かにこの考えを否定されたとしても、わたしがそう思っちゃっているんだから、この考えは変えられないんだよ」
歪んでいる。
わたしは、生徒会長の言葉を聞いて、そんな印象を抱いてしまった。
生徒会長の言葉には、余計な飾りが一つもなく、取り繕う気配もない。 ただ、自分の非をまっすぐに認めているだけであり、自分のことを許せていなかったのだ。
(だから……嫌いだったのか……)
これは、方向性が違うだけで、私と同じだった。
もちろん、この優しさや誠実さは、心底嫌いであり、すぐに穢してしまいたい。
けれど、私が生徒会長を嫌う理由は、どうしようもない同族嫌悪だったのだ。
「……立派な考え方ですね」
「立派じゃないよ、これは身勝手な罪悪感だから」
「そうですか。なら帰ってください、言うべきことは全部言いました。その身勝手な罪悪感を解消することが出来たでしょう?」
過去も、嫌悪感も、全て……では無いけど、納得できる量は話したはずだ。
だから、生徒会長がこの家に留まる理由なんてない。だから、さっさと出て行け。
けれど、生徒会長は、一瞬だけ迷ったように視線を逸らした後、信じられないことを言ってきたんだ。
「そうだね……もうこんな時間になっちゃったし、ここに泊っていい?」
「はぁ!?」




