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嫌われ者と生徒会長〜優しさに触れて、解けていく〜  作者: 月星 星成


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24/29

24話

「あぁくそ、気持ち悪い!」


 あの後、私は授業に一度も出なかった。

 休み時間に自分の鞄だけを回収して、生徒会が始まる時間まで、ずっと校舎裏で時間を潰していた。

 ベンチに座っても、立っても、歩いても、胸の奥のざわつきはまったく消えなかった。


(なんで……あんな顔、見せるの)


 茜の涙が、頭の中で何度も揺れる。振り払おうとしても、指先にこびりついたみたいに離れない。

 風が吹くたびに、校舎裏の木々がざわざわと揺れた。その音が、胸のざわつきと重なって、さらに気分を悪くする。


「……はぁ」


 ため息をついても、何も軽くならなかった。

 むしろ、吐き出した空気の分だけ、胸の奥の熱が濃くなる。


 時間だけが、やけにゆっくりと進んでいく。

 生徒会の開始時刻まで、まだまだある。


(……ほんと、最悪)


 空を見上げても、青空が腹立たしいほど澄んでいた。



――――――――――――――――――――――

 雪乃side


「雪乃、これに関してはどうしようもできないって」


 放課後の生徒会室で、絵理ちゃんがわたしにそんなことを言ってきた。


「これに関してってどういうこと?」

「ふざけないで。黒瀬に関することに決まってるでしょ」

「……わかってるよ」


 そうだ。今日の朝から急に、黒瀬ちゃんに関する悪い噂が学校中に広がった。

 誰が言い出したのかもわからない、根拠のない話ばかり。でも、そういう噂ほど、どうしてか人は嬉しそうに話す。


 わたしは机の上のペンを指で転がしながら、深く息を吐いた。


「桃井ちゃんや大江ちゃんは、あの噂について何か知ってる?」


 わたしは、黒瀬ちゃんと同じ一年生の二人に尋ねた。

 すると、一年生の二人は顔を見合わせ、同時に小さく首を振った。


「わたしたちも……朝、聞いてびっくりしただけで」

「誰が言い出したのかも全然。気づいたら、もう広まってました」

「そっか、ありがとね」


 いい情報は手に入れることが出来なかったけど、噂とは所詮そういうモノだ。出所がわかることなんて滅多にないし、わかったとしてもどうすることも出来ないことが多々ある。

 今できることは、この噂の拡大を止めることと、黒瀬ちゃんに寄り添うことだけ。


 けれど、肝心の黒瀬ちゃんがまだ生徒会に来ていなくて、何もすることが出来ないし、何よりどんな状態なのかもわからない。

 出来れば昼休みに校舎裏に行きたかったんだけど、先生からの頼まれごとをしていたせいで、そうすることが出来なかった。先生を恨んで言うわけではないけれど、本当に運が悪い。

 

「雪乃、今からでも黒瀬をやめさせるべきだよ」


 すると、絵理ちゃんがそんなこと言ってきた。


「やめさせるって、なんで……」

「噂のこともあるけれど、それだけじゃない。校則違反に遅刻の常習犯。庇う理由が見当たらない」


 絵理ちゃんは淡々とした声で言った。責めるというより、事実を並べているだけのような口調。

 けれど、その正しさが、胸の奥に小さな棘みたいに刺さる。


 わたしはペンを転がす手を止めた。


「……庇ってるわけじゃないよ」

「じゃあ何? 雪乃がそこまで黒瀬にこだわる理由、私にはわからない」


 絵理は腕を組み、わたしの顔をじっと見つめる。その視線は鋭いけれど、心配の色も混じっていた。

 わたしは少しだけ目を伏せる。


「黒瀬ちゃんは……放っておいたら、誰も助けないから」

「助けなくていいじゃん。本人が望んでないんだから」

「望んでなくても、必要なときはあるよ」


 黒瀬ちゃんを見ていると、心が痛くなってくる。あの子はきっと、数えきれないほど傷ついてきた。

 なのに、それを表に出さず、癒そうともしない。むしろ、その傷をさらに悪化させようとしていて、見ている方が苦しくなってしまうほどだ。


 だからこそ、放置することは出来なかった。もしわたしが、あの子とのことを見なかったら、もう二度と彼女が癒されることは無いのかもしれない。

 もちろん、わたしなら黒瀬ちゃんを救えると思いあがる気はないけれど、それでも――あの子がひとりで沈んでいくのを、ただ見ているなんて出来なかった。


「それに、遅刻はしているけど、仕事はちゃんとこなしているんだよ」

「それが何? いくら仕事を完璧にこなしていたとしても、遅刻しているんだから信用できないよ。社会でもそうでしょ」

「それは、そうだけど……」


 客観的に見れば絵理ちゃんが正しい。というか、黒瀬ちゃんは基本的に正しくない行動ばかりしているから、それをフォローするには無理がある。

 でも、わたしは、どうしても首を縦に振れなかった。そうしてしまったら、今までのわたしに嘘を吐いてしまうような気がしたから・


 その時、生徒会室の扉が静かに開いた。


「あ、おはようございまーす」

 

 黒瀬ちゃんがもう午後の四時を過ぎているというのに、黒瀬ちゃんが軽い雰囲気で入ってきた。


 制服は少し乱れていて、髪も風に吹かれたまま。表情はいつも通り無愛想で、遅刻したことを気にしている様子はまったくない。

 絵理ちゃんが呆れたように眉を上げる。


「……黒瀬、今何時だと思ってるの?」

「あー、ニ十分くらい遅れてました? でも、いつも通りでしょ」

 

 黒瀬ちゃんは当然のように言い、鞄を机の上に置いた。その様子は普段とまるで変わらず、噂のことを少しも気にしていないようだった。

 それなら、わたしも安心できる。

 

――そう思ったのに。


「じゃあ、黒瀬。あの噂について説明して」


 絵理ちゃんがそんなことを言ってきた。


「絵理ちゃん!」

「雪乃は黙ってて。もし、あの噂が本当なら、今すぐに生徒会をやめてもらうから。前もって言っとくけど、黒瀬のことを私は全く信用していない。分かるでしょ、それくらい」

「こわいなー。ま、当然だとは思うよ」


 黒瀬ちゃんは、肩をすくめて笑った。

 その笑いは軽いのに、どこか乾いていた。


「でも、茂木先輩も酷くないですか? たかが噂の一つでここまで問い詰めてくるなんて」

「私は黒瀬のことを信用できないからね。これは当然のこと」

「はいはい、信用信用……どれだけ信用って言葉が好きなんだか」


 黒瀬ちゃんは、生徒会室の中にある回転するタイプの椅子に座り、体重を背もたれに預けた。頭の後ろで手を組み、つま先で床を軽く押して、椅子をゆっくりと回す。

 その動きはいつも通りの無気力さに見えるのに、どこか落ち着きがなかった。


「あの噂はあれですよ、中学の時に流された噂そのもの。どうせ同じ中学だった奴が流しているんだと思いますよ」

「つまり、黒瀬はあれをデマだと言いたいわけ」

「ま、そういう事になりますね。ただ、もしやっていたとしても、今の私と同じことを言うと思いますけど」


 黒瀬ちゃんは相変わらず軽い調子でそんなことを言ってきた。

 そのせいで、絵理ちゃんは……いや、桃井ちゃんや大江ちゃん、それに美紀ちゃんまでもが黒瀬ちゃんに白い目を向けた。


 ちょっとでも真剣に言っていれば……いや、それでも、きっと同じだった。

 黒瀬ちゃんとしっかり関わっていればいいところも見えてくるが、はたから見るだけだと、口と性格が悪く、生意気な新一年生にしか見えないのだから。


「え、なに? 照れるんですけど」

「ふざけないで。自分でも分かってるでしょ」


 絵理ちゃんの声が、いつもより低かった。

 その一言で、生徒会室の空気がぴんと張りつめる。


「はいはい、わかりましたよ。信用できないのなら仕方がないしね。ま、伝えることは伝えたんで、私はここで帰ります。後は、先輩たちで話し合って、処分を決めてくださいよ」


 背もたれから体を起こし、鞄の持ち手を掴む。

 立ち上がる気配だけが、生徒会室の空気をざわつかせた。


「待って!」


 わたしは、無意識のうちに口を開いていた。


「なんですか、せいとかいちょー。言うべきことは言ったつもりなんですけど」

「わたしは、黒瀬ちゃんのことを信用してるから、もう少し残ってくれない?」

「信用? よくそんなことが出来ますね。私のどこに信用できる要素があるんですか?」


 黒瀬ちゃんは、顔をしかめながらこちらを振り返った。

 その表情はいつもの無愛想なのに、どこか“痛みを押し殺している”ように見えた。


 鞄の持ち手を握る指先に、わずかに力が入る。

 その小さな変化だけで、胸がざわつく。


「遅刻ばっかりで、口も悪くて、噂まで流されて。そんな私を信用? ……冗談でしょ」

「でも、黒瀬ちゃんは良い子だから」


 それは、わたしの本心だった。

 口は悪いし、褒められないことをしてばかりだけど、茜ちゃんをいじめから救ったり、誰も見ていないところでちゃんと仕事をこなしたり――。


 わたしには、黒瀬ちゃんの良さが見えていた。


 けれど。










「は?」










 それは、言葉では言い表せないものだった。

 声は低く、乾いていて、全身に力が入る。

 表情こそ変わっていなかったが、その目は大きく見開かれて、瞳孔がわずかに揺れていた。


「黒瀬ちゃん……?」

「……んて、……そんな、わけで……」


 黒瀬ちゃんは目を伏せ、喉の奥で押しつぶしたような声を漏らした。言葉にならない音が混じり、息が震えている。

 なにが黒瀬ちゃんをこうしたのかわからない。

 でも、わたしの発言が引き金になったことだけは、痛いほど理解できた。


「ごめん、わたしの――」

「……帰ります。さよなら」


 その言葉は、かすれているのに、どこか決定的だった。

 黒瀬ちゃんは鞄を掴むと、肩にかける動作さえ乱れていた。足元がわずかにふらつき、机の角に手をついて体勢を立て直す。


 誰も声をかけられない。

 誰も動けない。


 黒瀬ちゃんは顔を伏せたまま、逃げるように生徒会室のドアへ向かった。

 ドアは乱暴に開けられ、黒瀬ちゃんは、生徒会室から出て行った。閉まるドアの音が、やけに重く響いた。


 閉まったドアの余韻だけが、生徒会室に残った。

 誰も動かず、誰も口を開かない。わたしは伸ばしかけた手を、ただ宙に置き去りにしたまま立ち尽くしていた。



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