22話
「眠い……」
生活指導週間が始まって、私は学校の倉庫を回って用具の紛失や破損がないのか確認していた。
どれだけ注意されても、私が金髪とピアスをやめなかったせいで、朝早くからこんなことをすることになったのだ。
「が、がんばろう」
「なんで、茜はここにいるの?」
ただ、唯一疑問があるとするならば、何故か茜も一緒にいたことだった。
茜は風紀委員であり、今頃は校門で校則違反の服装をしている人に注意しているはずなのに。
でも、茜の性格からして、サボってここにいるわけではないはずだ。
おそらく、自分で納得できるほどの理由があり、ちゃんとした許可を取ってここにいるはず……その理由は、全く理解できないんだけど。
「雪乃先輩や風紀委員の先輩が手伝ってって許可してくれたから」
「……いいの? 先輩たちが後輩のサボりを肯定して」
「黒瀬さんは校則違反をしているから、それを注意しているって名目なんだって」
「あの人、結構ズルするよね」
「ず、ズル……なのかな……?」
茜が困ったように笑う。
否定したいけど、完全には否定できない、そんな顔。
「あの人、授業をサボろうとすること結構あるよ。基本的には出席してるみたいだけど、私と一緒にサボろうとしたことがまぁまぁある」
「そうなんだ……。ちょっと意外かも」
何が意外だ。あの人のことを良く知っている私から見れば、イメージ通りだって言えるほどだ。
生徒会長は誰に対しても優しくて、寄り添おうとする人だけど、ルールを破ることだって割とあるし、いじめに対抗するして、脅しを使うこともあるような人なんだから。
(そう言うところが、ムカつくんだよなぁ)
終始、正しい位置に立って、他人に自分の正しさを押し付ける人なら、もっと楽に接することが出来たいし、ここまで私の心を乱すことは無かっただろう。
なのに、生徒会長は、正しさだけじゃなく、状況に合わせて平気で正しいと言えないことまでやってしまうのだ。
もちろん、それで他人に害を与えることはしない。
でも、そのせいなのか他人に正しさを押し付けることなんて無くて、私にさえ寄り添えてしまうのだ。
「あの人なんて、何様なのか知らないけど、いっつも私に寄り添おうとして、私の味方になるんだよ。私のこと、何だと思っているの? ちょっとでも優しくしたら、言うことを聞くようになるほどちょろいとでも勘違いしているのかな? それに――」
生徒会長に対する愚痴が、胸の奥深くから溢れてしまう。
こんなことを茜に行ったとしても、茜がこまるだけで良いことなんて何も起きないと理解していたけれど、一度溢れたものは留まらず、尽き果てるまで愚痴が続いてしまった。
「……ごめん、迷惑だよね。愚痴を聞かせて」
「ううん、迷惑じゃないよ。それに、黒瀬さんって雪乃先輩のことをよく見ているんだね」
愚痴を言い続けたことを茜に謝ると、彼女は急にふざけたことを言ってきた。
「はぁ? そんなわけないでしょ。なんで私が、あんな人のことを理解しなくちゃいけないの」
「そうかな……? わたしには、仲がいいように見えるけど……」
「目、腐ってんじゃない?」
私とあの人の何処が仲がいいように見えるんだろうか?
確かに、茜をいじめから助けたのは、あの人と私だ。でも、それは私の利益とあの人の善性が偶然重なっただけ。
それ以外で私とあの人が協力しようとしたことは無いし、向こうが勝手に近づいてくるだけで、私から積極的に仲良くなろうとしたことは無い。
というか、そもそも私が生徒会に入った理由は、生徒会長に嫌がらせをするためなんだ。茜のいじめを対処していたせいで、あまり嫌がらせを出来なかっただけで、私たちが仲良く出来る可能性なんてはなから存在していない。
「うぅ、仲がいいと思ったんだけどなぁ」
私が茜を睨むと、彼女はびくっと肩をすくめて、目の端にうっすら涙を浮かべた。
どうやら、本気で割ることをしたと思っているらしい。茜の優しさは美徳でもあるけれど、その気の弱さは絶対に直すべきだよ。
「ごめん、私が悪かった。さっさと用具の確認をするよ」
「あ、そうだね……。ごめん、わたしのせいで、脱線して……」
「……謝らなくていいって。それ……嫌いだから」
私が言えるようなことではないって理解しているけれど、ついそんなことを言ってしまった。
(何が謝らなくていいだ。ムカつく、私が最も言えない言葉のはずなのに……)
でも、その思いは口にしなかった。
わざわざ他人に言うほどのことではないし、何より……それは私の弱さであり、それを他人に曝け出すことは出来なかったから。
「……うん。じゃあ、次の棚、見よ?」
「そうだね」
私は倉庫の奥へ歩き出した。
茜の足音が、さっきより少しだけ慎重に、私の後ろをついてくる。
(ほんと、面倒くさいのはどっちなんだか)
そんなことを思いながら、私は眠気をごまかすように大きく伸びをした。
「せいとかいちょー、終わりましたよー」
「お疲れ様。茜ちゃんもごめんね、迷惑じゃなかった?」
「め、迷惑じゃないです。わたしが望んでしたことですから」
用具の確認が終わり、わたしたちは生徒会長がいるところへと向かった。
そこでは、生徒会の人たちや風紀委員の人たちが、校則違反をしている人たちを注意していて、朝の空気は妙に張り詰めていた。
「あ、金髪とピアスを付けるのは校則違反だよ」
「……なんですか、急に」
「ノルマ達成のために注意しただけだよ」
「ふざけているんですか? ノルマなんて無いでしょうに」
生徒会長がふざけたことを言っているが、ふざけているだけだから注意する気にもならない。
それでも、眠気とさっきの自己嫌悪がまだ残っていて、返事は自然と刺々しくなる。
(いや、刺々しい返事をするのは元からか)
「でも、黒瀬ちゃんに注意すると一回で二つ達成できるから、お得なんだよね。金髪とピアスで」
「お得って言い方やめてください。私、商品じゃないんですけど」
「うん、知ってるよ。でも黒瀬ちゃんは目立つから、ついね」
生徒会長は悪びれもせず笑う。
その笑顔が、また癪に障る。
(……ほんと、こういうところが)
私が言えない言葉を、あの人は平気な顔で言ってしまう。私が乱した空気を、あの人は何もなかったみたいに戻してしまう。
こんな空気だと、本当に居心地が悪い。居心地が悪すぎて、胸の奥が妙に静かになるのが、もっと気に入らない。
まるで、寒い場所にいるのに、手だけは勝手に温まっていくみたいで。そんなはずないのに、そんなふうに感じてしまう自分が、一番腹立たしい。
「じゃ、教室に戻ってきます」
「あっ……でも、することないか。いいよ、また放課後ね」
「どうせ、昼に校舎裏に来るんでしょ」
「あ、バレちゃった?」
うるさい。
吐き捨てるように言って、私は踵を返した。眠気も苛立ちも、全部まとめて振り払うみたいに歩き出す。
背後で茜が小さく慌てる気配がして、生徒会長の笑い声が、妙に静かに響いていた。




