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嫌われ者と生徒会長〜優しさに触れて、解けていく〜  作者: 月星 星成


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17話

『へぇ。いじめてないんだ?』

『してないよ。だって、あの子が調子に乗ってるから、ちょっと言ってるだけでしょ』

『そうそう。注意してあげてるだけ。むしろ感謝してほしいくらいだし』

『靴箱にゴミを入れたり、私物を盗むのも?』

『そうだよ。だって、言葉で言っても理解してなかったんだから』


「これ、茜ちゃんはどうしたい?」


 その日の放課後、いつもの校舎裏で茜と話していた。

 生徒会には用事があるから休むと連絡していて、ちゃんと許可も貰っている。


 だから、こうして放課後に、茜と2人で作戦会議をすることができるのだ。


「えっと……どうしてそんな音声を……」

「いじめてる連中に呼び出されたから、ちょうど良い機会かなって」

「それって、危ないんじゃ……」


 危ない? そんな理由で止まるわけないじゃんか。

 茜は覚悟が足りないよ、覚悟が。いじめをどうにかするには、より酷い目になる可能性を受け入れないと。


 けれど、茜は運が良かったね。

 その危険性は、私が代わりに受け入れてあげるし、茜の方には、危害が及ばないようにするからさ。



「それで、どうするの? 校内に流す? 先生に提出してする?」

「それは……」


 茜は私から目を逸らし、誰もいない校舎の方に目を向けた。

 放課後になり、人けの無くなった校舎は、普段とは違う雰囲気を纏っている。


「そう言えばさ……」


 ふと、私は気になっていたことを口にした。


「茜ちゃんって、どうして先生を頼らなかったの?」

「……っ」


 茜は、胸の奥の薄い膜をいきなり指で押されたみたいに、肩を跳ねさせ、息を詰めた。

 握っていた袖が、ぎゅっと縮む。視線は私に戻らず、校舎の影へ逃げ込むように沈んでいく。


 放課後の空気が、ふたりの間でひとつ分だけ重くなった。


「……だって」

「先生が、いじめてくる人たちの味方になると思ったから?」

「えっ?」


 茜が、はじかれたように私の方を見た。

 表情は固まっているにも関わらず、目だけが大きく開いて瞳孔が揺れている。


「中学校の時? 確かに、いじめっ子の味方をする先生って存在するよね」

「は、い……」

「ははっ、私もそれをされたことがあるから、先生に頼りたくない気持ちもよくわかるよ」


 私だって、過去に何度もいじめられた。だから、茜の気持ちはよく理解できる。

 人間、いじめる側の気持ちは理解できるが、いじめられた側の気持ちは、いじめられないと理解できない。だからこそ、私は茜の側で寄り添っているのだ。


「前から思ってたんだけど、黒瀬さんはどうしていじめられていたんですか……?」

「茜ちゃんがそれを言うの? いじめられる理由が無くても、いじめられることがあるってわかっているでしょ」

「そ、それは……そうなんですけど……」

「ま、言いたいことはわかるよ」


 私は肩をすくめた。

 茜が聞いてはいけないところに足を踏み入れたのはわかっている。でも、何故か怒る気にはならなかった。


「確かに、私は金髪にピアスで、周りから浮いてるけどさ。それと同時に怖がられるタイプでもあるからね。でも、昔は違ったんだ」


 言った瞬間、自分でも気づいた。

 茜が初めて、私の過去に踏み込んできたからだろう。普段なら絶対に話さないことを、つい口にしてしまう。


 放課後の風が、校舎の影をゆっくり揺らす。

 その静けさが、言葉を続ける背中を押した。


「昔の私は、もっと普通だったよ。髪も黒かったし、ピアスもしてなかったし。目立つことなんて何ひとつなかった」


 茜が驚いたように目を丸くする。


「え……そうなんですか……?」

「そうそう、違うところは、父子家庭だったってところかな。幼い時に、お母さんが事故で死んじゃったから、それからは父親と暮らしていたんだ」

「で、でも……黒瀬さんは、父親に恨まれてるって……」


 確かに、それは……茜に伝えたことだ。

 でも、その理由は誰にも伝える気は無いし、脅されたって言いやしない。


「うん、言ったね」


 私は軽く笑った。

 明るい笑いじゃない。どこか乾いた、線を引くような笑い。


「理由は言わないけど、それは本当。いじめられたのは、そのせいでもあったかな。父子家庭って、ただでさえいじめられやすいのに、父親は私のことを助けてくれなかったから」

「それは……」

「ま、気にしなくて良いよ。終わったことだし、茜ちゃんの,過去の方が知りたいから」


 別に父親のことを恨んでいるわけじゃない。

 もちろん、今更父親ずらしたり、目の前に現れたりしたら、殺意さえ湧いてくるのだろうが、私に金だけを渡して、もう二度と関わろうとしないのなら、陰口すら言わないよ。


 だって、あんな奴のことなんて、気にするだけ時間の無駄なんだら。


「わたしの、ですか……」

「うん、興味があるから教えてくれない」

「……はい、いいですよ」


 茜は地面を見つめながら、静かに、そして重く口を開いた。


「わたしは……お金だけを渡されて、暮らしていました」

「ネグレクトってこと?」

「いや……お金はあったので……」


 うーん、お金があったとしても、それ以外欠けているものがあったら、ネグレクトになった気になるんだけどね。この調子だと、本当にお金だけだったっぼいし。


 けれど、私は第三者。他人の家庭の在り方を、勝手に言い表す権限なんてないはずだ。

 そうしてしまったら、私の家族の在り方も、誰かに決めつけられてしまう可能性が出てくるのだから。

 

「苦労してたんだね」

「黒瀬さんほどじゃ……」

「ううん、苦痛に差なんて存在しないよ」


 ネグレクトされていた子供もいるとは思っていたけど、まさかここまで身近にいたなんて。

 いや、待って……茜の性格と金があった環境から考えれば――

 

「もしかして、金づるにでもされていた?」

「……はい」

「ま、だろうね」


 気が弱くて、金は余っている。そんな人物がされることなんて、簡単に想像できるし、そうする気持ちも理解できる。

 これを防ぐには、強い意志で断るのか、誰かに助けを求めるしかない。けれど、そんなことが出来るような人間なら、茜はいじめられることなど無かった。


「人生って不条理だよねぇ」


 私がそう言うと、茜は小さく瞬きをした。

 慰めでも励ましでもない言葉に、どう反応していいのか分からない――そんな戸惑いが、表情の端に滲んでいた。


「……はい。ずっと、そう思ってました」


 茜は地面を見つめたまま、指先をぎゅっと握りしめる。

 その姿は、誰にも言えなかった言葉をようやく吐き出した後の、かすかな疲れと安堵が混ざっていた。


「けれど、それは仕方がないことだよ。人間が本当の意味で平等なのは、生まれた瞬間と死ぬ瞬間だけ。それ以外は、ずっと不平等。でも、不平等こそが公平なんだよ」


 茜がゆっくり顔を上げた。

 その目は、理解しようとする揺れと、どこか救われたい気持ちが混ざっている。


「公平、ですか……?」

「そう。誰かが恵まれてて、誰かが損してて、誰かが守られてて、誰かが放り出される。最近は、平等や多様性とか言われているけど、この世の真理は弱肉強食ただ一つ。だからね、自分が不利な場所にいるって気づいたら、そこから動くしかないんだよ。誰も助けてくれないなら、なおさら」


 この世では、停滞は衰退であり、弱肉強食である以上、衰退すれば全て食われる。だから、辛い時、追い込まれた時にこそ、動かなければらない。

 もちろん、それで事態が好転するとは限らないし、悪化することの方が常だろう。


 でも、止まったままより、ずっとマシだ。


「動くしかない……」

「そうだよ、茜ちゃん。……このことを踏まえて、これからどうするのか決めてみて」


 校舎の隙間から太陽の光が差し込んで来る。夕方の光は弱いのに、茜の頬だけがほんの少し明るく見えた。

 茜はその光を見つめたまま、ゆっくりと息を吸い込んだ。震えているのに、逃げようとはしていない。


「わたし」


 その時の茜の横顔は、今まで見たどの表情よりも強かった。

 それが、いいことなのか、悪いことなのかわからない。でも、茜が一歩前へと進めたのなら、それは祝福すべきことだろう。


「――――――――――――」

「……そっか。それなら、私も協力するよ。だって、私好みのやり方だしねぇ」


 そう言って笑うと、茜は驚いたように目を瞬かせた。

 夕方の光がふたりの影を重ね、校舎裏に静かな決意だけが残った。

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