12話
「なんですか? 茂木先輩。私が何かしましたか?」
「……いいや」
「それなのに、私のことを睨んで来るなんて、酷くないですか?」
「ほぼ毎日遅刻しているんだけどねー」
あれから数週間がたった。
生徒会では、相変わらず私は嫌われていて、茂木先輩に嫌味を言い、遠藤先輩に嫌味を言われる日々を過ごしていた。
まぁ、私が遠藤先輩に嫌味を言うことも、かなりあるんだけど。
「でも、仕事はしっかりこなしてますけど?」
「……なんで、仕事は完璧にこなしてるの? ムカつくんだけど」
「短気ですね、遠藤先輩」
遠藤先輩は返事をせず、書類をめくる手を早めた。
紙が擦れる音が、生徒会室の静けさにやけに響く。
「黒瀬ちゃん、今日も元気だね」
「生徒会長も元気そうですね」
「早寝早起きしているからね」
生徒会長がそう言った時、生徒会室の扉が控えめにノックされた。
「アンケートを持ってきました」
入って来たのは、同じ一年の桃井と大江だった。
二人とも書類を抱えていて、部屋の空気に少し緊張している。
「二人ともありがとね。机の上に置いてくれない?」
「わかりました!」
生徒会室の机の上に、集められた紙がばさっと広がり、机の部分が見えなくなるほど覆いつくした。
そして、私はなんとなく目についたアンケート用紙を奪い取り、何が書いてあるのか確認した。
『金髪の一年生は、生徒会にふさわしくないと思います』
「うわぁ」
思わず声を出してしまう。
アンケートに書かれていたのは、私への抗議の声で、手にとったアンケート用紙以外にも、同じような内容が書かれている物もあった。
なんで、こんなことが書かれているのだろうか? 授業とかは、一ミリたりとも聞いてないが、生徒会のしごとは真面目にしてるのにね。
「どうしたの? 黒瀬ちゃん」
「何でもないです」
「遠慮しないでって……あ、そういえこと」
生徒会長も、散らばったアンケートを見て、生徒たちの私に対する評価を認識した。
「気にしなくていいからね。わたしは、黒瀬ちゃんのことを、生徒会の一員だと思っているから」
「気にしてませんよ。生徒会になれなかった人の負け惜しみか、文句を言わないと自分を保てたい弱い人間の戯言のどちらかだと思ってますから」
「……ぶれないね、澪ちゃんは」
遠藤先輩が冷めた目を向けてくるが、気にしなければどうってことない。それどころか、未だ私のことを嫌ってくれていることに、心の中でガッツポーズしてしまうくらいだ。
とはいえ、私に対する意見がこれほどあるのだから、少しばかりは言い訳しておこう。
そうでもしないと、茂木先輩に嫌味を言われそうだからね。
「それに、一応言っておきますけど、私が生徒会に入れたのは、一年三組に私以外の立候補者がいなかったからなんですよね。文句があるなら、そっちに言えばいいのに」
「あ、黒瀬ちゃんのクラスはそうだったんだ。桃井ちゃんと大江ちゃんのところは?」
「あ、あたしは、立候補者のじゃんけんで決まりました。大江ちゃんは?」
「私も同じですね」
へぇ、どうやら他のクラスは、生徒会に立候補した人が複数いたらしい。
だったら、こんな意見が来るのも仕方が無いのかな。でも、恨むのなら自分の運の無さを恨むべきなのに。
「しょうもないですね。自分の運の無さを他人にぶつけるなんて」
「黒瀬、そういう事を言うな」
茂木先輩が私に注意してきた。声は低いのに、語尾だけが少し強かった。
「事実ですよ」
「事実でも、言っていいことと悪いことがある」
茂木先輩は書類を置き、腕を組んだ。
その動きが、いつもより少しだけ大きい。
「……ほんと、澪ちゃんは敵を増やす天才だよね」
「望むところです。そっちの方が面白いので」
「そこまで、他の意見も確認していくよ」
先輩たちと口喧嘩をしそうになった時、生徒会長が手を叩いた。
乾いた音が、生徒会室の空気を一度だけ揺らした。
「ほらこれ、生徒会がどういうことをしているのかわからないって意見もあるよ。それについて、考えないと」
会長は散らばったアンケートの束から一枚を抜き取り、軽く掲げた。
紙の端が光を反射して、白く揺れる。
少し話が脱線していたが、このアンケートは新入生たちが高校生活において、不便に思っていたり、疑問に思っているところがないのか探るためにしている政策だ。
生徒会の仕事の中でも、面倒なわりに重要度が高いもの。だから、ちゃんと話し合わなければならない。
「生徒会がすることですか、終礼とかで伝えるのはどうですかね?」
「良い案だね。でも、休みの子や話を聞き逃しちゃう子に伝わらないから、予備の案も欲しいかな」
「すぐそこに、話を聞かない子がいるしねー」
「誰のことですか? 遠藤先輩」
大江が提案し、生徒会長が賛成しながらも、別の案を求める。
その流れに、遠藤先輩がいつもの調子で口を挟んだ。
私が睨むと、遠藤先輩は肩をすくめて笑った。
その笑い方が、妙にわざとらしい。
「日頃の行いを鑑みれば。……まあ、でも紙で配るのはどう? プリント一枚なら、全クラスに回せるでしょ」
「確かに、それがいいかもね。先生にプリントが配布出来るかどうか聞いてみるよ」
「これはどうする? 『校則がわかりずらいです。重要なところを教えてください」ってあるけど」
そうして、生徒会の人たちは、アンケートに書かれていた物を一つずつ拾い上げ、議論を続けていた。
たとえ議論する必要が無いほどの内容であっても、ソレに真剣に向き合い、よりよい学校生活を送れるようにする。
それが、この生徒会のやり方だった。
「これ、購買のパンがすぐ売り切れるって。毎年あるよね」
「うん。でも、購買の人に言っても、仕入れ数は限界があるって……」
「じゃあ、人気のパンだけ増やしてもらうとか?」
「それ、去年も言ったけど、結局無理だったんだよね」
そんな時だった。
『怒っても、いいですか?』
小さく、か弱い文字で書かれたその一文が、紙の上でひどく浮いて見えた。
他の意見とは違う。要望でも、質問でも、苦情でもない。ただ、誰かが、誰にも言えないまま書いた声だった。
「すみません、用事が出来たんで帰ります」
できるだけ自然に言ったつもりだった。
誰にも気づかれないように、アンケートをそっと重ねて隠し、鞄を持って立ち上がる。
「は? ふざけないでよ。生徒会の活動はまだ続いてるの」
茂木先輩の声は、いつもより少しだけ低かった。
机に置いたペンが、わずかに揺れる。
鬱陶しい。それくらい、良いでしょ。
「急ぎなんで」
「理由になってない。あなた一人抜けたら、その分の作業が誰かに回るの。そういうの、わかってるよね?」
茂木先輩が立ち上がる。椅子の脚が床を擦り、短い音が生徒会室に落ちた。
視線がぶつかる。
茂木先輩は、私から視線を逸らさず、正面から受け止めていた。
当然だ、これは茂木先輩の方が正しく、私の行動はすべて間違っている。
でも、間違いだとか正解だとか、私にとってはどうでもいいこと。今しなくてはならないことが目の前にあるのなら、私はそれをしないといけないんだ。
「生徒会をくびにしますか? それでも、いいですけど」
「……ふざけてんの? それが何を意味するのかわかってる?」
茂木先輩だけではない、遠藤先輩も、桃井や大江すらも、私のことを一斉に見ていた。
空気が、わずかに重くなる。
誰も声を荒げていないのに、生徒会室の温度が一度だけ下がったように感じた。
鞄の持ち手を握る指先に、力が入る。
返事をすれば、何かが決壊する気がした。
「いいよ」
生徒会長が口を開いた。
「雪乃!」
「わたしが許可するから行っていいよ。大事なことなんだよね」
茂木先輩から反対されても、生徒会長は私がしようとしていることを許してくれた。
私の事情など、何も知らないはずなのに。
「……感謝はしませんよ」
「無くても大丈夫だよ。感謝されたくてしたわけじゃないから」
それだけを言い残し、私は生徒会室を出た。
その間に、振り返ることはせず、生徒会長の姿は一度も視界に入れなかった。




