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最強の魔術師を兄に持った、規格外の「呪い解き(デバッガー)」の物語。  作者: たま


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中編 聖域の解体 ――誘拐犯が絶望した「再定義」の夜――

数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。

拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。

聖域の解体 ――誘拐犯が絶望した「再定義」の夜――


アストレア侯爵家の地下、幾重もの結界に守られた密室。

そこには、十二年前に兄・エドワードを誘拐し、その魔術回路を呪いで焼き切った実行犯――元宮廷魔導師のガイルが捕らえられていた。


彼は、エドワードの魔力が回復したという噂を聞きつけ、国外逃亡の直前に私――リリアが仕掛けた「自動追跡式オート・トレーサー」の術式によって捕縛されたのだ。


「……ふん、小娘。運良くエドワードの呪いを解いたようだが、あれは私の最高傑作だった。偶然の産物だろう?」


鎖に繋がれたガイルは、いまだに余裕を崩さない。彼は「呪詛学」の権威であり、自分が編み出した呪いは神の領域に近いと自負していた。


私は、彼が座らされている椅子の前に、静かに一脚の椅子を置き、対面に座った。手元には、一冊の分厚い魔導書と、奇妙な形状をした銀色の万年筆。


「最高傑作、ですか。……ガイル様、あなたは一つ大きな勘違いをされています」


私は冷淡に、しかし優雅に微笑んだ。


「私は兄様の呪いを『解いた』のではありません。あなたの拙い(つたない)コードを『デバッグ(修正)』し、より高次なエネルギー源へと『最適化』したのです」


ガイルの顔から余裕が消える。


「……何を言っている。あの呪いは、コアに直接干渉し、魔力を通せば通すほど術者を内部から破壊する『不変の等式』だ! 解く方法など、術式を消滅させる以外に――」


「いいえ、消滅させる必要はありません」


私は万年筆を回し、空中に青白い光の数式を展開した。

ガイルが血を吐くような思いで構築したはずの、呪詛の基幹式だ。


∮ Cz−CoreCurse(z)dz=2πi⋅Pain


「あなたの理論は、この留数計算に基づいていますね? 魔術の核を特異点に見立て、そこに向かう魔力の流れをすべて『苦痛』へと置換する。……確かに、十二年前の魔術体系アーキテクチャとしては秀逸でした」


私は数式の一部を、ペン先で軽く叩く。

パリン、とガラスが割れるような音と共に、数式の「Pain(苦痛)」という変数が書き換えられた。


「ですが、現代の『多次元魔導幾何学』から見れば、これは単なる『ポール』の設定ミスに過ぎません。私はここを複素平面上の『虚数軸』へとバイパスしました」


「な……!? 何を、何をしたと言った!?」


「簡単に言えば、あなたが兄様に植え付けた呪いのエネルギーを、すべて兄様の**『予備バッテリー』**に変換したということです。兄様がいま、全盛期以上の魔力を誇っているのは、皮肉にもあなたが十二年分も溜め込んでくれた呪詛エネルギーのおかげですよ。……感謝いたしますわ」


ガイルの目が大きく見開かれる。

自分が兄を苦しめるために植え付けた「毒」が、妹の手によって、兄を最強たらしめる「糧」へと作り替えられた。

その事実が、彼のプライドを内側から削り取っていく。


「嘘だ……! そんなこと、人間一人の脳で計算できるはずがない! あの呪式を解析するだけでも、魔導図書館の演算機を十年は回さなければならないはずだ!」


「ええ。ですから、私は新しい**『言語』**を作りました」


私は机の上に、私が独自に開発した「アストレア式魔導言語」の辞書を置いた。

それは、従来の呪文詠唱を数千倍に圧縮し、現象を直接定義する論理体系だ。


「ガイル様、あなたは自分が『天才』だと思っていた。でも、私から見れば、あなたは未開の地で石を積み上げて塔を作ろうとしている子供と同じです。私はすでに、鉄骨とコンクリートで高層ビルを建てる術を知っている」


私は立ち上がり、彼がかつて誇っていた呪詛の杖を取り出した。証拠品として押収されたものだ。


「この杖に刻まれた術式も……ああ、悲しいほどに非効率バグだらけです。例えばここ。三行目の詠唱短縮のせいで、出力の15%が熱として逃げている。だからあなたは、長い戦闘ができなかったのでしょう?」


「やめろ……。私の魔術を、そんな風に……!」


「さらにここ。対称性の破れを考慮していない。これでは、結界を張った際に北東の角だけ強度が3%落ちる。私が潜入した時も、そこから糸を通すように術を流し込みました。気づきませんでしたか?」


一言一言が、鋭い刃となってガイルの精神を切り刻む。

彼は魔術師だ。武力で負けることよりも、自分の「知性」と「技術」が、年若き少女に「稚拙だ」と論理的に証明されることこそが、何よりも耐え難い屈辱だった。


「黙れえええ! 私は……私は大陸一の呪術師だ! お前のような、歴史も知らない小娘に……!」


「歴史なら知っていますよ。あなたがこの呪いを編むために、どれほど多くの実験体を犠牲にしたかも。でも、その犠牲の果てにたどり着いた結論が、私の『十五分間の計算』で塗り替えられる程度のものだった。……それが、あなたの人生の総括です」


ガイルは、がっくりと項垂うなだれた。

もはや反論する言葉も、怒る気力も残っていない。

彼の瞳からは、魔術師としての光が消え、ただの抜け殻のような老人の姿があった。


「さて。殺すのは簡単ですが、それではあなたの『罪』が清算されません」


私は冷ややかに宣告した。


「あなたの体には、あなた自身が開発したあの呪いを、私なりに『改良』して刻ませていただきました。……ご安心を、苦痛はありません」


ガイルが、震える手で自分の胸元を触る。そこには、以前の彼が作ったものとは比較にならないほど、精密で、幾何学的に美しい紋様が刻まれていた。


「この呪いは、あなたが今後『魔力を使おうとした瞬間』、その魔力を自動的に回収し、王都の貧民街を温める魔導ヒーターの燃料として転送します。……一生、人々のために身を粉にしてエネルギーを供給し続けてください」


「く、屈辱だ……。殺せ! 私を、殺してくれ!」


「いいえ。あなたは、自分が見下していた者たちの『だん』として生きるのです。それこそが、知性を悪用した者への、最も知的な報いでしょう?」


私は椅子を引き、優雅に一礼して部屋を出た。


背後から、ガイルの絶望に満ちた叫び声が響く。

だが、その声もすぐに、私が張った防音結界によって遮断された。


地下牢から出ると、そこには夜明けの光が差し込んでいた。

城壁の上には、朝の鍛錬を終えた兄・エドワードが立っていた。


「……終わったかい、リリア」


「はい、兄様。ゴミ掃除は完了しました」


兄様は、かつてないほど清々しい顔で空を見上げている。

その背中には、もう呪いの影はない。私が書き換えた新しい術式が、彼の魔力をかつてない高みへと押し上げている。


「リリア。お前が私の妹でいてくれて、本当によかった」


「ふふ、当たり前ですわ。兄様を支えるのは、世界で私一人だけで十分ですから」


私は兄の隣に並び、昇り始めた太陽を見つめた。

知性は、誰かを傷つけるためのものではない。愛する人を守り、理不尽な運命を書き換えるためにあるのだ。


……まあ、その過程で、邪魔なゴミを少しだけ「有効活用」するのは、効率的でいいわよね。


私は心の中で、誰にも聞こえないように、小さく毒づいて笑った。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけたなら、

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