第228話:研究とは
「さて……君のゆっくりポイントでわたしも少しだけゆっくりさせてもらった。お礼をしなければならないな」
そういうと、さっきまでコーヒーが入っていたポケットと逆側のポケットから別のコーヒーを取り出し、こちらに投げてくるのでキャッチ。
「先生からのおごりだ。ありがたく受け取り給え。何なら神棚に備えて一週間ぐらい捧げておいてもいいぞ」
「わかりました。早く飲みますね」
その場でカシュッと封を開け、飲みだす。完全にブラックで、しかもかなり重たい系のコーヒーだ。ずっしりと胃に溜まり、そして胃を重たくさせて穴まであけそうな、その漆黒さと確かな苦みを味わっていく。
「それを飲み干せるのはなかなか頑丈な胃袋をしているねえ。このコーヒー、私以外にはあまり人気がないみたいなのだよ。お店に頼んでおいてもらってはあるんだけどね」
ほぼ占有かよ。まあ、確実な売り上げが見込めるなら冷えてなくても確保はしておいて損はしないんだろうが……それにしても、今日はエネルギー切れで動けなくなったりはしてないんだな。
「そういえば、今日はちゃんとコンビニまで買いに行ける体力は残してあったんですね。流石に前回から学びましたか」
「当然だとも。私は研究者だよ? 自分の失敗を含めて、同じ失敗は繰り返さないようにバージョンを上げ続けていく必要がある。今の私は大泉曜子バージョン13というところかな! 」
つまり、過去には12回ほど致命的なバグを内包していた、ということになるのか。
「ちなみに、君に介護されたエネルギー切れの時もちゃんとバージョン情報として残してあるし、あれからは一度もエネルギー切れは起こしてないね! 」
「あまり自慢できる話ではないですが、まあ問題がなくて何よりですね。それより、せっかくの休みなのに休みを取らなくていいんですか? 」
「休みなら今取っているじゃないか。私は研究者だぞ? 研究を終えた瞬間からただの無職になってしまう。強いて言うなら、われわれ研究者にとって休みとは、研究と研究のはざまのちょっとした時間に過ぎない。研究者とはつねに社会と時間に追いかけられながら、他人がちょっと楽になれるようなことを延々し続ける存在なのだよ本条君」
凄く立派なことを言っているような気がする。その辺はちゃんと優秀なんだよなこの人は。三十代で准教授になったのは伊達ではない、ということか。
「わー、すごいなー」
「そう、もっと褒めても良いのだよ。棒読みでなく、真面目に感心してくれていいんだ。その応援が私の研究へのエネルギーにも変換されるからね」
「わー、すごいなー」
「……もっと褒めてくれてもいいんだぞ」
「……わー、すごいなー」
「君ね、おごった分のコーヒー代分ぐらいは気持ちを込めていいと思うぞ? 」
「真面目な話、そこまで根を詰めてやる段階にはまだ達していないと思うのですが、せっかくですから俺たち三人をこき使うつもりで研究に役立ててもいいのでは? 」
真面目にやれと言われたので真面目に話そう。これも貴重な学びの時間でもあることだしな。
「それもそうなんだがね、こっちとしても詰まっている部分があってね。そこを解決して、しっかり提示できる段階になるまではもう少しかかりそうだから、しっかりこちらで調整して君らに学業としての成果を上げてもらえるようにするつもりではある……というよりそれが目的でもあるからね。これからが忙しいのだからしっかりとやってもらわなくては困るよ? 」
こっちの真面目空気を感じ始めたのか、お互い真面目な話題で盛り上がることにした。
「そこはまあ、入ると決めた時点である程度は覚悟はしてるから良いのですが。曖昧な話題で切り抜けたりちょっとした実験でわーい終わったー、なんてやるつもりはないですからね。ちゃんと外に発表できるような形で実績を残して卒業したいところですね」
「そうかね。まあ、私の下でしっかり学べば修士課程も博士課程も考えてくれていいとは思うけどね。君の場合収入には困らない人生を送れそうだし、最悪大学構内のダンジョンに潜って自力で稼いで帰ってくる、という形で生活費の捻出も出来そうだし。大学も鬼ではないから私のように毎日自分の部屋で実験をしてなくても、週に一日か二日は休みをくれるから安心してくれていいぞ。その点私は仕事の虫であるだけだからな」
これにわかりました、ついていきます。と迂闊に返事をすると彩花から苦情が飛んでくるか、朝日奈から静かな殺意の目線が送られてくるだろうからほどほどにしておかなくてはいけないな。
「その辺は無理せずやっていこうと思いますので、手心を加えられながら育っていこうかと思いますよ」
「よく言う。首席入学者がそんな調子で本当に大丈夫かねと思うが、君の場合それで大丈夫なんだろうから、まああまり心配はしないでおくよ。収入に関してもそうだが、少なくともダンジョンに潜って帰ってこれるだけの実力とそれなりの収入があるとみる。まだ五月だというのにもう扶養家族の心配をしているということは、少なくとも年に400万円程度はダンジョンからの収入だけで暮らしていけると考える。そこから逆算すると、少なくとも大学に所属している間どころか、仮に卒業して何処かの会社に入るなり、個人探索者として進んでいくなり、修士や博士課程に進んでいく場合においても、君は人生の収入をある程度保証されている段階に向かっている、と言えなくもない。その点では研究者としては一部マイナスだろうが、自力で短時間高効率で食い扶持を稼げる研究者、という意味では合格点だろうね」
なるほど、空いた時間で研究を続けられるし、というのもあるわけか。そういう意味でも良物件であるとは言えるんだな。ちょっと自分に自信がついたな。
「少なくとも褒められていることはわかりました。ちなみに、一部マイナスというところを教えてくれると今後の参考になりそうなのでぜひともご教授願いたいところですが」
「うむ、研究者というのは総じて社会性がない。私のように准教授というポストを与えられて給料をもらいながら研究したり、前みたいに研究に没頭しすぎてコンビニまで歩く体力が枯渇していたり、そういう状況に追い詰められるまで集中して研究をする可能性があるが、君の場合その可能性が低い、ということだ。これらの欠点は研究においてどちらかと言えばプラスに働く。それだけ熱中しているということだからね。熱中度合いは研究の進捗に大きくかかわるパラメータでもある。そういう意味で、私は正しく研究者であると言えるだろうね」
あんまりあっちにこっちにと気を散らせてばらまくタイプは研究者としてはむかない、ということだろう。そういう意味では彩花のあの集中力は研究者向けであると言えるのかな? 明日にでも、彩花にあの合法ロリが褒めていたぞ、と伝えておこう。
「まあ、それはともかくとしてだ。私としては研究の助手としての君には大いに期待を寄せている。なにせ、私の研究課題である魔石のエネルギーの完全除去とそのエネルギーの電力化において、今のところ唯一の手段であるスキルの行使による電気化、という行使が出来る。いずれ機械や電子化、もしくは近いところでスタートアップする瞬間だけでもスキルの行使が必要になったとしても、そのたびに誰かを呼んでお願いする、という必要がないわけだからな。しっかりこき使わせてもらうとして、いずれは君がいなくても自然に起動終了が出来る設備として、その前の段階で言えば、最初の一歩だけはスキルを放ってもらうがその後はオートで動くような仕組みを考えて開発していくことにする。そのための……まあ、なんだ。そう言うことも考えている、ということだけ覚えておいてくれればいい。今の所君のその実力は、私が言うのは少し悔しいが、探索者に頼らなければならないという点においては力不足であることは確実だ。その点でオープンキャンパスで言ったように、深くまで潜る高レベル探索者の力は必要ない、というセリフは現時点では取り消さざるを得ないね、すまなかった」
明後日の方向を見ながら謝る大泉先生。素直に認めるのは悔しいが、かといってきちんと誤りは訂正しないといけない、という研究者気質は伝わった、ということでいいだろう。
「気にしちゃいませんよ。気にして拗ねたりじゃあさよなら! なんて話になっていたら今ここにいませんしね。もしくは、他の学科に入って探索者稼業を副業でやって、煽り倒しに来ているところでしょうからね。それに、そこまで子供ではないですから、きちんと自分のできないこととできることはある程度把握しているつもりではあります。できない部分は外注して、できる分は自分でやる。しばらくはそれで進んでいこうかと思いますよ」
「ふむ。いずれはやってくれる、ということでいいのかな。じゃあ目的は……とりあえず研究室へ行くか。なんだかいつもよりやる気が湧いてきた。どうせ暇なんだろうし本条君も付き合いたまえ。マイルストーンの置きなおしをするとしよう。どこまでのことが現状できていて、そしてどこが完成ということは把握しているのだから、次にどの段階を目指すのか、という点についてじっくりねっぷりと話し合うことにしよう」
今日は一日休日のつもりだったんだがなあ。まあ、せっかく自分のゼミの教授がやる気をみなぎらせてらんらんと研究を進めようとしてくれている最中なんだ。それを邪魔したり私は遠慮しておきます、と答えるのはしょんぼりさせてしまうことになるだろうし、この間手伝ってくれなかったから進捗はあまりよろしくはない、などと言われるのも好きではない。
この際だから協力するだけ協力して、時間一杯まで付き合うことにしよう。さすがに徹夜でというわけでもないし、夕飯には腹が減るだろうからそこまでで一旦研究もストップするはずだ。もし腹を空かせても気にせずに研究に没頭し始めたら、その時こそストップをかけて飯を食わせてやる必要もあるからな。
さて、ゼミの教室に向かおう。今日の午後は二人きりの特別授業だ、朝日奈が知ったらキレそうだが、休みだからと言って大泉先生を放っておく奴が悪い、ということにしておこう。
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