第6話 迷子は見つけたけれど
「今のは、身に着けていた物と持ち主のつながりをたどるおまじないです」
飛んでいくおまじないを追いながら、ダニールは説明してくれた。
妖精族は生活の中におまじないを取り入れているのだそうだ。さっきのはごく初歩の、簡単なものらしい。
「じゃあユーリィはみつかりますか?」
「たぶん。ただ、無事かどうかは保証しません」
「――そんな」
「だから急ぎましょう」
淡々とした態度ながら、ダニールもユーリィの身を案じてくれてはいるらしい。基本的に冷静なだけなのだと判断し、マルーシャはホッとした。一緒に旅に出るならばあまり冷たい人は嫌だ。
「マルーシャさんにも、おまじないが感じられたみたいですね」
「え、私?」
「何か変だと思ったんじゃないですか。視線がさまよっていた」
気づかれていたのか、さすが研究者。やはり観察されているとわかって気恥ずかしくなる。マルーシャは目を細めて向かう先をながめた。
「……今はよくわからないです」
「慣れていないからでしょう。はっきり世界の力とつながったことが、まだないのでは?」
「つながる……」
水、土、木々、風。
そしてそんなものの果てにある四季。
世界を彩るそれらとともに生きるのが妖精たちだ。
マルーシャがこのささやかなおまじないを感じ取ったことでダニールは期待を高めていた。ほとんど何も教えられないまま人として育ったはずなのに。マルーシャは強い力を宿しているのかもしれない。
「あ」
ミュシカがあたりを見回した。ト、と感触があったのだ。
それはおまじないがユーリィにたどり着いたあかし。もちろんミュシカにもこのおまじないが追えていた。
「ミュシカにもわかったね。近いよ」
「この辺りにいるんですか?」
ここは町外れに近い街道だった。もし町から連れ出されてしまったら。本当に誘拐だったら。
マルーシャは必死で景色を見つめた。おまじないの跡がキラキラと視界に浮かぶような気がした。
「あ! あれ!」
弾かれたように駆け出す先にはガタゴトと行く馬車がいた。町の端を流れる川辺にある粉ひき小屋の馬車だ。荷台に小麦の袋を積んでいる。そのすき間にチラリと茶色い頭が見えた。
「待って! 停まって! 荷台に子どもが乗ってるの!」
全力で追いかけて叫ぶマルーシャにダニールは慌てた。こちらはミュシカを抱いていて走れないのに。
相手が人さらいなら、馬にムチを入れて逃げてしまう。そうなれば馬の気をそらすしか――ダニールは身がまえたが、馬車は停まった。
「なんだあ、俺のことか?」
「そうよ、おじさん。荷台を見て」
「あん? ありゃあ、この子は!」
粉ひき人夫はパン屋に小麦粉を届けていたのだ。そのすきに、はす向かいの家のユーリィが荷台によじ登った。小麦袋の陰に隠れたのはただの思いつき。靴が片方ぬげたのも、登る時にぶんぶん足を振ったせいだ。
そうして隠れんぼに成功したユーリィは満足したらしい。馬車に揺られてウトウトと、お昼寝を決め込んでいた。
「もう、ユーリィったら。お母さんが心配してるのに」
子どものいたずらだったことで安心して、マルーシャはユーリィを抱き上げた。馬車を町に戻してもらうのは申し訳ない。自分で送り届けるつもりだ。
「あ、僕が」
「いえ、ミュシカもいるし」
「わたしあるく! もうおおきいもん!」
お姉さんぶるミュシカをおろし、ダニールは眠る男の子をマルーシャから奪い取った。上着に小麦粉が散る。仕立ての良い服が台無しで、マルーシャは頭を抱えたくなった。
「ああもう、だから言ったのに」
「あ――いえ、気にしないで下さい」
粉にまみれた自身を見て、ダニールがかすかに笑ったような気がした。照れたような笑み。
そうされると意外と可愛げがある、と失礼にもマルーシャは考えた。相手は十二も歳上の男性なのに。そう思った自分に照れ、マルーシャは体をバンバンはたいてごまかした。
眠るユーリィを抱くダニールと、ミュシカの手をひいたマルーシャ。
並んで町の中心部へと戻りながら、マルーシャは気になっていたことを訴えてみた。
「あの、ダニールさん。私に向かってあまり丁寧にされると落ち着かないんです。年齢を考えると」
「そう言われても。あなたは閣下の孫娘で、僕の仕事はあなたの迎えです」
「孫娘というならミュシカも同じでしょう」
「まあ……でもミュシカは僕の教え子でもあるので」
「教え子?」
「弟に頼まれたんですよ。ミュシカは妖精として強い力を持っているから。言ったでしょう、僕は妖精の専門家です」
さっきのおまじないなども含め、妖精としての生き方を教育しているのだそうだ。そう託された責任感もあり、姪の父親がわりをしているのかな、とマルーシャは考えた。
「ミュシカ、才能あるのね」
「わたし? さいのう?」
「いろいろなことを覚えて頑張れということだよ」
「うん、がんばる!」
とても素直な返事にマルーシャは微笑む。それをダニールは、横目でしっかり観察していた。
一緒に歩いてみて思った。やはりマルーシャは〈春告げの姫〉なのでは。その期待がふくらんで、探究心にウズウズしてしまう。
だがそれをあからさまにすると不快に思われるだろう。なのでダニールは必死に冷静をよそおっていたりするのだった。
「あ、いた!」
市場に近づいたところで向こうにいる男性から指差された。短めの赤毛と弾む足取りでこちらに来る。隣の女性がいたずらな表情でダニールの抱く男の子に目をやった。
「迷子は回収できたのね。よかったわ」
「お父さまのおまじない、だいせいこうなの!」
にこにこするミュシカと男女を見比べて、マルーシャは思い当たった。
――この二人が、ダニールに同行して来た騎士とその妻か。




