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かりそめ家族、妖精の国へ ~寂しがり姫を偽母として甘やかしていたらカタブツ学者さまに愛されました~  作者: 山田あとり
外堀だけが埋められる

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第5話 おまじないの専門家

 ✻ ✻ ✻



 市場の真ん中、マルーシャは腕組みし林檎(リンゴ)を見つめた。

 これとポロ(ネギ)で豚肉を煮込んだら。


「いけるわ……!」


 確信を持ってうなずく。

 おいしくなるはず。奮発して肉も買おう!


「おやおやマルーシャ、気合入れちゃって」


 アッハッハと笑う果物売りのおばさんは顔見知り。というか、市場の人は全員がマルーシャの保護者のようなものだった。頼りないクリフトに業を煮やした近所の皆さんが、マルーシャを総出で見守り育ててくれたのだ。


「今日は父さんの時計が納品だから、ごちそうにしようかなって」


 あと、できればダニールたちにも振る舞いたい。これから旅に出て世話になるかもしれないし。


「――お母さまぁー!!」


 遠くで聞こえたはずむような声にマルーシャが振り向くと、走ってきたミュシカに飛びつかれた。


「ミュシカ! どうしたの?」

「おさんぽしてる!」


 元気に答える後ろからダニールがせかせかと来た。少し怒った顔だ。それを市場の人々は意味深な視線でザワザワと見守った。


 あのマルーシャを「お母さま」と呼ぶ、愛くるしい幼女。

 上等な服を着た、不機嫌そうだが見てくれのいい男。

 ――これは事件だ!


「こら、ひとりで走らない約束だったろう、ミュシカ?」

「ごめんなさい、お父さま。でもお母さま、みつけたから!」


 その言葉にワッと歓声が上がった。マルーシャはこの男の後妻に入るのだと誰もが思ったのだ。

 相手が子持ちの再婚なのは、やや引っかかる。だがどうやら金持ちっぽいし、まだ若いのだから悪くはない。

 父親は謹厳実直に見えるが娘は愛嬌たっぷり。ならば実は愛情深い男なのだろう。娘がマルーシャにべったり懐いているのも好印象だった。きっと仲の良い家族になれるはず。


「なんだいマルーシャ、そんなことになってたなら教えてくれなきゃ!」

「よかったなあ、幸せになれよ!」


 口々に祝福されて、マルーシャとダニールは周囲の誤解に青ざめた。

 そう思われるのも無理はないけど、二人はそんなんじゃない!


「あの、あのね、違うのよ」

「お母さま、ちがうって? しあわせじゃないの?」


 どう言い訳したものか口ごもると、ミュシカに不安げにされた。それでますます皆がはやし立てる。


「なんて可愛いお嬢ちゃんだろ」

「そうだよな、これが幸せじゃなかったらなんなんだい」

「うん! わたしお母さまだいすき!」


 満面の笑みで言い切るミュシカを否定するわけにもいかなくて、マルーシャは悩んだ。アワアワとダニールに視線をやると、市場にあふれる祝福の圧力に目を点にし動きを停めていて――どうして? この人、研究とか使者の仕事とかはできるのに!

 諦めを感じ、マルーシャは仕方なく宣言した。


「私、結婚するわけじゃないから!」

「そんなぁ! お母さまになってよう!」


 悲しそうにすがりつくミュシカをよいしょと抱き上げる。近くなった顔は愛くるしくて、思わず頬ずりした。


「もちろんミュシカのこと大好きだし、お母さまの代わりをするのはいいのよ。そのお話も、おうちでしましょうね?」

「ほんと?」

「うん、ほんと」


 マルーシャに優しくうなずかれて、やっと安心したらしい。ミュシカはほわほわと笑った。人々もつられてほっこりしたが――。


「ユーリィ! ユーリィ、どこ?」


 ――若い女性の声が響き、市場の空気はピリッとなった。

 すぐそこの角から走り出てきてキョロキョロする女性の手には、小さな靴が片方ぶらさがっている。皆の視線がそちらに集まり、気づかわしげな声が飛んだ。


「どうしたのさ、ノンナ? ユーリィがいなくなったのかい?」

「そうなの、うちの前で遊んでたのに」


 泣きそうになりながら息子を探しているその女性は、一本裏の通りにある木工屋の嫁、ノンナ。ユーリィのことはマルーシャも知っているが、まだ二歳かそこらの男の子だったはずだ。

 ノンナは震えながら、手にある片方だけの靴を示した。


「落ちてたの。ユーリィの靴よ。歩いてどこかに行ったんじゃないんだわ」


 ――連れ去りか。どうりでノンナが青ざめるわけだ。

 事件にざわつく市場の中で、スッとダニールがノンナに近づいた。


「それは、いなくなった子の靴ですね?」


 見たことのない男から尋ねられ、ノンナは警戒する顔になった。マルーシャが慌てて口をはさむ。


「あやしい人じゃないわ、私の知り合いで」

「靴を見せていただいても?」

「ダニールさん?」


 落ち着いてノンナの手から靴を取ったダニールは、ほんの小声で唱えた。


シェイディ (持ち主)コン ブラーデレ(へ導け)


 マルーシャは、ふわ、と何かを感じたような気がした。風の行方を追うように顔を上げる。

 そんなマルーシャをチラリとしてから、ダニールは靴をノンナに返した。


「早く見つかるといいですね」

「は、はい?」


 首をひねるノンナに背を向け、ダニールはさっさと歩き出した。


「追います」

「え? え?」


 きょとんとするマルーシャの腕からミュシカを抱き取る。ダニールにかじりついたミュシカはニッコリ笑った。


「お父さまのおまじない(・・・・・)、やっぱりきれい!」

「おま、おまじない?」


 確かに何かを唱えていたのは聞こえたけど。マルーシャの知らない言葉だった。


「僕は妖精学の研究者ですよ。妖精のおまじないは専門分野です」

「おまじないが専門?」


 そんな可愛い専門家ってあるだろうか。ぽかんとしながらマルーシャはダニールの隣をついていった。



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