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かりそめ家族、妖精の国へ ~寂しがり姫を偽母として甘やかしていたらカタブツ学者さまに愛されました~  作者: 山田あとり
外堀だけが埋められる

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第4話 妖精たちの暮らす国

 ミュシカが言う「お父さま」とは、たぶんダニールのこと。あせった様子のダニールは姪っ子を叱りつけた。


「そんなわけにはいかないよ。申し訳ありません、気にしないで下さい、子どもの言うことですから」

「は、はあ……」


 必死に否定されるのも微妙な気分でマルーシャの笑顔が引きつった。だがその胸にしがみつき、ミュシカが言い張る。


「やだ、お母さまがいい! お母さまにお母さましてほしいのよう!」

「そんなの駄目だよ! 今日会ったばかりの男にマルーシャを嫁にはやらないよ!」


 ミュシカの我がままにクリフトが真剣に反対した。親と引き離され寂しがっている五歳の女の子に言うセリフとして、ものすごく大人げない。


「ひっ……うぇっ……いやあよぅ……!」


 案の定泣き出したミュシカを抱いて、マルーシャは父親をにらみつけてしまった。

 ダニールがあわててミュシカを抱き取る。そして「また明日、参ります」と慇懃に挨拶すると、早々に宿へ帰っていった。グズグズ泣かれては話にならないと判断したようだ。


 愛想笑いで送り出したマルーシャは、ため息とともに戸を閉めた。

 工房に静けさが戻り、チクタクと時計の音が響く。作業場と店を兼ねる工房にはクリフト自慢の珍妙なカラクリ時計がたくさんあって、けっきょく売れずにここで時を刻んでいるのだった。


「お父さん……言い方は選ぼうよ」

「すまん……」


 小さな子の思いつきに張り合うなんて。あんなのは他のことに気持ちが向けば忘れてしまう、その場限りのおねだりのはずだ。

 ダニールは独身で、生真面目だが見た目は良い。貴族ではないもののファロニア侯国の中枢にいる学者さま。結婚相手としては優良物件だ。小娘のマルーシャをどうこう思ったりはしないだろう。


「まあダニールさんから聞いた話、知らないことだらけだったから。私も返事する前に落ち着いて考えたかったけど」

「だろ?」

「だろ、じゃないでしょ」


 まったく調子がいい。これまで母の親族がいることも妖精族のことも隠していたくせに。

 妖精。

 物語だけの存在ではないなんて思わなかった。まさかマルーシャ自身、その血を受け継いでいるとは。


「あ、お父さんは人なんだよね?」

「そうだよ」


 念のため確かめたらクリフトは笑った。人と妖精が結婚することも別に珍しくはないのだ。


「妖精といっても、人とそんなに変わらないんだ。人にもいろいろ差があるね? その程度のものなんだってさ」


 人間だって足が速い者、頭の回る者などさまざまだ。その素質が子々孫々伝わることも多い。それと同じなのだと。


「……そんなものなの?」

「自分にできないことは、魔法のように見えるものだよ。僕のこの時計も、正確に時を計るなんて昔の人が見たら驚くさ」


 釈然としないマルーシャを、クリフトは目を細めてながめた。娘の中に妻の面影を探すように。


「妖精は自然の力とつながるとダニールくんが言ってたろう? 本来なら人のものではない力を借りていたせいで、人ではないとされてしまっただけでね」

「元はそんなに違わないのか……」

「アレーシャを思い出してごらん。妙な生き物だったか?」

「お母さんはお母さんだったわよ」


 所作がきれいだったし教養もあったのは、出自を知れば納得する。でもそれだけだ。普通に町にとけ込んで暮らしていた。


「だけどマルーシャがこの町で生きていくのに、妖精の血を引くなんて知らなくていいから黙ってた」

「……自分のことなんだから、知っておきたかったな」

「大人になれば話す気だったさ。よその子と違うなんて嫌じゃないか?」

「もう大人なんだけど?」


 マルーシャはジトッと父親をにらんだ。でもその気持ちもわからないではない。クリフトにとって、マルーシャはいつまでも小さな娘のままなのだ。

 アレーシャを病気で亡くしてからクリフトの時はゆっくり進んでいる。思い出にとらわれているせいで。工房で作り出す時計の針は正確でも、クリフト自身は過去に生きているのかもしれない。


「私が妖精だろうがなんだろうが、お祖父さんに会ってみたいのとファロニアを見てみたいっていうのは確定」

「えええ、マルーシャぁ」

「だってお母さんの故郷よ? 行ってみたいじゃない。私ベルドニッツを出たことないしね」

「そりゃまあ……」

「心配ならお父さんも行けば? たぶん駄目とは言われないんじゃないかな」

「いやあ……招かれたのはマルーシャだから……」


 クリフトは目をおよがせてゴニョゴニョ言った。二十年ほど前、アレーシャと喧嘩していたファロン侯爵のことを思い出したのだ。閣下はけっこうな頑固者。正直、怖い。


「それは明日訊いてみようよ。あ、明日は納品もあるんだった」

「そうだそうだ、じゃあダニールくんの方はお断りを」

「かち合ったら待っててもらえばいいでしょ!」


 逃げようとするクリフトをマルーシャは叱りつける。だって、どちらも嬉しい出来事だ。

 まだ見ぬ母の国の話をもっと聞きたい。

 それに時計を納品すれば――残金が受け取れる!


「やっとクジモさんに借金を返せるわ」


 クジモというのはクリフトの友人だ。

 クリフトは時計職人として良い腕を持っているのだが――何かと丹精こめすぎる(・・・・・・・)癖があった。おかげで注文以上の美麗な仕上げや細工をほどこしがちで、あまり利益率が良くない。そのせいで貧乏なのに、反省のかけらもないのだ。

 生活費が足りないと青ざめるマルーシャをあわれんで金を都合してくれていたクジモだったが、いいかげん返せと先日言われた。まもなく入金があるのでと伝えたらホッとされたのは、あちらにも金が入り用な何かがあるのだろう。なのにクリフトはケロリと言う。


「返さなきゃだめか」

「ダメに決まってるでしょ!」


 マルーシャは父を叱りつけた。クリフトは悪人ではないが、やや常識が抜け落ちているのかもしれない。


「あんまり不義理すると、縁を切られるんだからね?」

「えええ、あいつはいい奴だよ、そんなことしないって」

「じゃあお父さんは、クジモさんに対していい奴なの!?」


 迷惑ばかりかけていて、あまりいい事をしてあげた記憶はないと思う。娘の立場から見るのと男同士では感じ方が違うのだろうが、なんだか申し訳ないのだ。

 叱られてしょんぼりするクリフトを見て、マルーシャは話を戻した。


「……お父さんの心配は、私が〈春告げ〉かどうか、てとこでしょ」

「……まあな」

「お母さんと同じなら、嬉しいよ私」


 力強く言い切るマルーシャに、クリフトは懐かしむようなまなざしを向けた。

 アレーシャも心の強い女だったな、と思った。



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