第3話 寂しがり屋が言うことには
マルーシャが〈春〉ならばと言われ、クリフトのまなざしが揺れた。
「――きみは妖精学者だ。その目から見て、この子はどうかな」
「可能性はありますが、まだなんとも。屋内でしか拝見していないですし。できれば外の、光や風のあふれる環境に出てほしいですね。可能なら郊外に。町の中は緑が少ないので妖精族の力は弱まります。環境をととのえたことでマルーシャさんが妖精として目ざめるようであれば、とても興味深い事例になるのですが」
専門分野を語るからか熱心につらつら話しはじめるダニールとは逆に、クリフトは鼻にしわを寄せた。
「あのさ、マルーシャは研究サンプルか何かかい?」
「あ、いえ。そういうつもりでは」
「いいや、そういうつもりに聞こえたよ。そんな言われ方すると不愉快だ。君にとっては〈興味深い事例〉とやらにすぎないんだろうけど、マルーシャはうちの大事な娘なんだからね!」
クリフトが珍しく声を荒らげて、マルーシャはあわてた。遠くから訪ねてくれた人に失礼じゃないか。
「ちょっと、お父さん。いいでしょ、それがダニールさんのお仕事なんだから」
「仕事だからってね、愛がなきゃダメだよ! 僕はいつだって時計に愛をそそいでるだろ?」
「お父さんは、そそぎ過ぎなの! 妙なカラクリ時計ばっかり作って!」
「だって、だってさあ! マルーシャがファロニアに行っちゃったら、僕はどうすればいいんだよう」
クリフトが泣き声になってきて、マルーシャは目をつぶった。これは――。
「すみませんダニールさん、父は駄々こねてるだけですから」
ため息が出てしまう。
クリフトは、愛する妻の忘れ形見であるマルーシャのことが大好きだ。普段は面倒をかけられっぱなしだが、父の愛を疑ったことはない。
その一人娘が母の故郷へ旅立つかもと考えて寂しくなっただけなのだ、きっと。
「駄々、てマルーシャ! ひどいな僕のことなんだと思ってるんだ」
「お父さんだと思ってる。いいトシして、シャンとしなさいよ」
ピシャリと言い返し、マルーシャは膝の上のミュシカをなでた。
「ねえ? ミュシカがこんなに頑張ってるのに。おじさんがおかしいわねえ」
「お母さまのお父さま、おじさま?」
妙な言い回しだが、考えてみればミュシカにとってクリフトは伯父か。
「伯父サマ……!」
珍しい呼ばれ方にクリフトの胸がときめいた。こんな可愛らしい姪を前にヘタれているわけにはいかないのだ。
「ぼ、僕はただ、心配なだけだよ。マルーシャは嫁入り前の娘だしね、いくら親族とはいえ男性の迎えだなんて」
「そこは」
慌ててダニールが片手をあげた。そんなことはないのだ。
「ちゃんと女性もおりますので、ご安心下さい。ファロニア騎士団員のイグナートと、その妻のラリサが宿で待機しています。どちらも僕の友人です」
「わたしがいくなら、お父さまだけじゃダメって。ラリサきてくれたのよ」
あどけなくミュシカが告げ口し、マルーシャは笑ってしまった。預かった小さな姪っ子を四六時中お世話するなど、この学者然とした男性にいきなりは無理だろう。
う、と言葉を詰まらせたダニールはやや恥ずかしそうにうつむき、早口になった。
「……まあそういう理由もありまして。マルーシャさんが来てくれるのなら、宿ではラリサとミュシカと同室にすることも、お一人部屋にもできます。馬車は侯爵家のもので、馭者は僕とイグナートが務めます。もちろん旅費はすべて負担しますし、復路も同じようにお送りしてきます。いかがでしょうか」
ダニールが並べる言葉は反論の種をつぶしていく。ごく当然のことを述べただけだが、破格の好条件ではないぶん信用できた。特にマルーシャにとっては金がかからないのが何より嬉しい。
クリフトも言い返しづらいのか声が小さくなった。
「ファロン侯爵……祖父に会うのは、まあ。僕だって申し訳なく思ってたから、ありがたいよ」
「では」
「だけどさあ、〈春告げの姫〉のことは……マルーシャがそうだったとして、その後どこで暮らすんだい?」
しょんぼりしつつもクリフトはゆずらない姿勢を見せた。
だってクリフトは知っている。季節を告げる、その儀式はファロニアの侯爵邸で行われるのだ。
故郷を出奔したアレーシャだったが、請われれば〈春告げの姫〉としての役目は果たすつもりがあったらしい。マルーシャがすくすく育つのを見ながら、「毎年みんなで旅行するのも悪くはないわ」と言っていたから。
「だけどそれはアレーシャだからだ。マルーシャはこれから結婚したり子どもを育てたりするかもしれないんだよ。毎年春が来るころ他所に行っちゃう嫁なんて嫌がられるじゃないか!」
「はい……確かに」
「そんなことでモテなくなったらどうしてくれるんだよ?」
「やめてよ、お父さん。元々モテてないんだし……」
さすがに恥ずかしくてマルーシャはもぞもぞした。
父の尻を蹴飛ばしかねない勢いがあるマルーシャは、同年代の男性から敬遠されていた。生活感丸出しの女性では恋を語る気になれないらしい。
「ええー? お母さま、かわいいよ」
膝の上からミュシカがはげましてくれて、マルーシャは苦笑いだ。
「ありがとミュシカ。でも私、近所の男の人たちからは母親みたいだって思われちゃってて」
「わあ! なら、わたしのお母さまになろ? お父さまとけっこんしてよ!」
「は?」
「ミュシカ!」
さすがのダニールもうろたえて制止した。




