第2話 春を告げる妖精って、私が?
この家に応接間なんてものはない。なので仕方なく、台所に招いてお茶を出すことにした。クリフトが食事していた器をマルーシャはあわてて片づける。
椅子を勧められたダニールはミュシカをぎこちなく膝に座らせた。その謹厳実直な雰囲気と、にこにこ愛らしい幼女が絶妙に似合わなかった。
あらためて自己紹介される。
ダニール・ジートキフ、三十歳。妖精族の歴史や習俗、能力について研究する、ファロン侯爵のお抱え学者だそうだ。
まずその「妖精族」という存在そのものにマルーシャは頭を抱えているのだが、クリフトは五歳のミュシカとダニールの関係に声をあげた。
「え、伯父さんなのかい?」
「僕は独り身でして……ミュシカは弟の娘なんですが、一時的に預かっています」
「いや、いやなの! お父さまでいてよう」
「ああ大丈夫、わかってるよミュシカ」
ダニールは膝に抱いたミュシカを不器用な手つきでなだめる。
「弟夫婦は今、行方不明なんです。それでこの子は少し不安定で……僕が父親がわりというか」
「おや。穏やかじゃないねえ」
「そうですね、手は尽くしていますが。その弟の妻というのがリージヤ……アレーシャさんとはやや年が離れた妹です」
アレーシャ。それはクリフトの死んだ妻の名。マルーシャが九歳の頃に亡くなった母のことだ。ということは。
「リージヤ叔母さんの娘が、ミュシカ……なら私たち、いとこなの?」
「お母さま、いとこ?」
ミュシカはがんとしてマルーシャを「お母さま」呼びする。ダニールの膝から飛び降りると、今度はマルーシャによじ登ろうとした。
「ミュシカやめなさい」
「あら、いいんです。おいでミュシカ」
マルーシャは子どもが好きだ。町のちびっこたちともいつも仲良し。
ミュシカをひょいと膝に座らせてやると、甘えて見上げるミュシカと笑い合う。それをクリフトとダニールはしみじみ見つめた。
「……やはり似ています」
「従姉妹同士だしな……あのお姉さんっ子のリージヤが、結婚して母親になったのかぁ」
クリフトはバツが悪そうにつぶやいた。
ファロニア侯国を訪れアレーシャと恋をした頃を思い出すと懐かしい。だがその末に、アレーシャは故郷との縁を断つはめになってしまったのだ。
ダニールとミュシカが暮らす妖精族の秘密の国、ファロニア侯国。
人族と変わらぬふりでその地を治めるのはファロン侯爵、つまりマルーシャの祖父だそう。
「お母さん、領主さまの娘だったのね……なのに親と縁を切ってここで暮らしてたの? 信じられない、お父さん何しでかしたのよ!」
「ちゃんと結婚の申し込みはしたよ! そしたら侯爵閣下とアレーシャが喧嘩しちゃったんだ。それきり物別れでさ……」
「侯爵閣下は今、自分も意固地になっていたと後悔していらっしゃいます。アレーシャさんとの再会はならずとも、忘れ形見に気持ちを伝えたいと。それでお迎えに来ました」
ダニールは淡々と用件を伝える。それをフーンとながめながら、クリフトはブツブツ言った。
「だけどどうしてミュシカときみが使者なんだい? 子連れでそんなの変だと思うんだが」
「……実は、弟夫婦の失踪事件の調査も兼ねた旅なので」
「ミュシカのご両親か」
「弟は実家の古物商を継いでくれていました。商談のためにバルテリス王国へ旅行に出た時の事件だったんです。僕らも同行していたのですが、街で別行動の間に……こちらに来るにもバルテリスは道すじにあたりますので、聞き込みをしながら」
そこでミュシカがイヤイヤしながらマルーシャの胸に顔をうずめる。五歳の子にはつらい話だろう。マルーシャはきゅ、と幼女を抱きしめた。
「悲しいのねミュシカ……それ、いつのことですか?」
「二十日ほど経ちます。この子も家にいるより気がまぎれますし」
孫娘を気づかった侯爵から、連れて行くよう指示されたのだそう。
だがダニールが指名されたのには他にも理由があった。妖精学者としての用件なのだという。
「ファロニアで新しい〈春告げの姫〉が生まれていないのです」
「え、アレーシャが亡くなってもかい?」
「はい。なのでもしや、アレーシャさんの娘が祝福を継いでいるのではと」
「マルーシャの半分は人なんだが」
またわからないことを言われてマルーシャは眉間を押さえた。
「春告げ……?」
「ファロニアには〈四季を告げる姫〉というのがいて。アレーシャさんは、その〈春〉の後継者でした」
ダニールはかみ砕くように話してくれた。
「妖精は自然の力とつながる存在なんです。僕らは季節とも絆を結ぶ。四季の姫たちは季節の始まりを告げ、それにより季節はそのあるべき姿でやってきます」
春告げの姫が呼ぶことで春は、なお春らしくなる。
薫る風と光に満ち、やわらかな雨をもたらし、新しい命の誕生をことほぎ。
そうあれかし、と春の力を引き出すのが春告げの姫なのだ。
「――すてき」
マルーシャはつぶやいた。
そう聞いただけで春の喜びが体によみがえる気がした。これから秋という今なのに。
「今の春告げ姫はもうお歳で引退を考えています。でも跡を継ぐべき者が見つからなくて」
妖精族の伝統を守るべく、ダニールは力を尽くしているらしい。
「本来これは血筋に左右されるものではないはずですが、ファロニアに後継者たる春の愛し子が現れない。なのでもしかしたらアレーシャさんの娘がそうなんじゃないかと」
「愛し子――」
自分がそんなものだとは思えなくて、マルーシャは目を伏せた。その様子を観察しながらダニールは訴えた。
「あなたが春の姫なのかどうか。その力を見きわめるためにも、ファロニアへ招きたいのです」




