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かりそめ家族、妖精の国へ ~寂しがり姫を偽母として甘やかしていたらカタブツ学者さまに愛されました~  作者: 山田あとり
あなたのためのおまじない

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第47話 〈春〉の帰還

 マルーシャは黄金色の陽光が降る庭園の小径をたどっていた。そこかしこが紅葉し、木の実を小鳥がついばみに来ている。


「素敵な庭――」

「ここでミュシカもよく遊んでる」


 隣で言ったのはダニールだ。二人そろって身なりをととのえ、やや緊張した表情。今日はファロン侯爵に会いに来たのだった。

 やっとたどり着いた旅の目的地、ファロニアで侯爵邸を訪ねると、二人は庭園へと通された。執務室などではなく家族と過ごすくつろぎの場所でマルーシャを迎えたい。侯爵はそう言ってくれたそうだ。


「お祖父さんに会えるのね……」

「やっと任務が果たせるよ」


 ダニールがここを発った時にはその旅がこうなるとは思いもしなかった。マルーシャとともに事件を解決し、そのうえ交際することになるだなんて。

 マルーシャだって最初はただ、母アレーシャが生まれた国を見てみたいと思っただけだった。ダニールのことは素敵な人だと感じていたけど、恋し恋されるとは思わない。その後の冒険も何もかも、嘘のような出来事だった。

 二人そっと、視線を合わせる。微笑み合う。


「――私たち、へんてこね」

「ああ。でも間違ったとは思わない」


 だって、並んでいて幸せだから。


「僕らは妖精だ。心が感じたことを信じるのがいいと思う」

「うちのお父さんは人なのに、妖精族より直感的に生きてるわ」

「……否定はできないね」


 一緒に吹き出してしまった。

 直感でアレーシャと恋をして、そのまま妻にしたクリフト。

 そこから産まれた娘マルーシャが、めぐる季節の末こうして祖父に会いに来るなんて。当時の誰も思わない。


 紡がれる時間は、別れの悲しみや誕生の喜びや行き違う心の切なさを織り上げながら果てしなく続いていく。

 春、夏、秋、冬。

 四季をこうあれかし、と繰り返しながら。

 ずっと、ずっと。

 

「あ――」


 ひらけた先のこじんまりしたテラスに、お茶の用意されたテーブルがあった。

 そこに上品で貫禄のある男性が立っている。六十過ぎと聞いていたが、まだまだ老いた感じはなかった。

 前まで進み出て、ダニールが黙礼した。振り向いてマルーシャをうながす。


「――お祖父さん? 初めまして、マルーシャ・アヴェリンです」


 祖父は嬉しそうにマルーシャと同じ淡い栗色の瞳をきらめかせた。


「初めまして。そして――おかえり、私の〈春〉」


 ファロン侯爵は愛おしげに細めた目でマルーシャを見つめた。その向こうに長女アレーシャ――侯爵の〈春〉のおもかげを探しているのだとマルーシャにはわかった。


「母にはあまり似ていないかも」


 ポツリと言ったら、微笑んで首を横に振られた。


「いいや、よく似ている。心が強いところ、自分のつとめを果たそうとするところ、あと、恋をしたらゆずらないところもな」


 ダニールに視線を移し、ハッハッハと大きく笑う。


「まさかこのジートキフを落とすとは。聞いて仰天したぞ」

「……おそれいります」


 いたたまれない顔でダニールがつぶやいた。ザラエを発つ時にその報告を上げたのはイグナートのはずだ。どう伝わっているのか一抹の不安がある。


「いいんだ、いいんだ。おまえと結婚することになれば、マルーシャはファロニアへ来てくれるだろう? でかしたなジートキフ、これまでで一番の功績かもしれん」

「は」


 バンバンとダニールの背を叩き、侯爵は二人に座るよううながした。マルーシャは口ごたえしてみる。


「ダニールの研究はとても役に立っています。この旅の間、何回も人を助けたもの」

「それはマルーシャがやったんだ。僕が気づかないこと、ためらうことに突っこんで行って」

「なんか言い方がほめてない気がするんだけど」

「ほめられることばかりではなかったと思うんだが」


 つい言い合ったら、侯爵がまた大声で笑った。


「なるほど、マルーシャはそんなか。ますますアレーシャのようだ」


 しみじみと嬉しそうに言う。

 思い出を探り、記憶が巻き戻っていく。そんな遠い目。


「あと少しでアレーシャが出ていった年齢になるのだな――こんなに良く似た娘を遺していたなんて」


 侯爵は不意にくちびるをふるわせた。


「早くあれに――会いに行けばよかった」


 マルーシャに娘の姿を重ね、侯爵は深い深い後悔を吐き出す。


「家族そろってこちらに招けばよかった。あの馬鹿娘と阿呆婿と喧嘩すればよかった。ずっと意地を張って何をしていたのやら。あんなに若くしていなくなると思わないじゃないか」

「お祖父さん……」

「おまえにも、もっと幼いうちに会いたかった。アレーシャに抱かれている姿を見たかったよ」


 乗り出して伸ばす手がマルーシャの頬にふれる。もうミュシカのように幼くはない、大人のすっきりした顔立ち。

 マルーシャはその手を優しく取った。

 父も母も、心に従って生きた。だがそれによって捨てたものも傷つけたものもあるのだと、この手は教えてくれる。


「ごめんね、お祖父さん。知っていたら会いに行きたいっておねだりしてたわ」

「アレーシャは何も言わなんだか。頑固な奴だ、誰に似たかな」

「……お祖父さんでしょ?」


 言われて侯爵は苦笑いした。

 たくさんのものを背負ってきた、そのがっしりした手。ぎゅっと握ってマルーシャは笑い返す。

 母は幸せに暮らしていたと祖父に伝えたいと思った。母はずっと妖精の誇りを持ち続けていたと。


「お母さん、私におまじないを教えてくれたんですよ」

「……そうか」

「私、春の歌うたえます。ちゃんと伝えてるってダニールも太鼓判です」

「そうか、そうか。アレーシャは〈春〉を捨ててはいなかったんだな」


 侯爵がうなずく。

 母アレーシャはいつも故郷とつながっていたのだ。春という季節の恵みによって。だからマルーシャは、それを継いでいきたいと思う。


「――私は春告げの姫になれるでしょうか。お母さんができなかったこと、私がかなえたい」


 マルーシャが言うと侯爵は目を見張り――そして、うるませた。


 風が吹く。

 秋の陽ざしに透けて、マルーシャの淡い栗色の髪が薄紅に輝いた。それは春をその身に宿すしるし。


 本当に春はファロニアに戻ってきたのだ。

 長い時を越えて。



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