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かりそめ家族、妖精の国へ ~寂しがり姫を偽母として甘やかしていたらカタブツ学者さまに愛されました~  作者: 山田あとり
あなたのためのおまじない

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第46話 くちびるはおあずけで

 宿に戻って案の定さんざんからかわれた二人は、やや寝不足のままザラエを旅立った。

 夜に部屋が分かれてからも、マルーシャはラリサから、ダニールはイグナートから根掘り葉掘りされ、ついでに男女としての進み方なども伝授されかかって、悶々として眠れなかったのだ。


 今は馬車の中に二人だけだ。クレヴァ夫妻は「まあまあ、後は若い二人で」と言い残し、意気揚々と馭者台に陣取ってしまった。付き合いはじめの二人なのだから当然の配慮ではある。

 ――そして実はダニールには、少しだけマルーシャに確かめたいことがある。今のうちに訊いてみてもいいだろうか。

 正面に座る恋人に、ダニールは緊張のまなざしを向けた。


「マルーシャ、あの――連れ去られた時は、何もされなかったかな」

「――なにも?」


 言いにくそうにするダニールにマルーシャは訊き返した。その素直な声でダニールはうろたえる。


「いや、だから、その」


 ――知りたかったこと。それは誘拐された時にマルーシャが受けた被害について。

 メレルスは性根のゆがんだ粘着質の男だ。そんな奴にマルーシャが連れ去られてダニールの胸はどす黒く染まった。それが乱暴な救出劇の原動力となったのだが、その後マルーシャと想いを通じさせあらためて不安にかられたのだった。

 ダニールが口ごもったおかげで思い当たったマルーシャは心臓がキュ、となるのを感じた。もしかして不埒で卑猥なことをされたと疑っているのだろうか。


「え、と」


 ちょっと悲しくなりかけて気を取り直す。

 これはダニールなんだから。疑うとかじゃなく心配しているだけ。きっとそう。


「あの、私」

「あ。いや、いいんだ」


 ダニールは言葉をさえぎり片手で顔をおおってしまった。自分で尋ねたくせにマルーシャがためらうようにしたら聞くのが怖くなる。


「そうですね、連れて行かれたんだから何もってわけにはいかない。僕は気にしないことにします」

「ちょ、ちょっと」


 動揺からか丁寧語に戻っているダニール。勝手に納得されてマルーシャはムッとした。後ろめたいようなことは何もない。誓って。


「――指一本、ふれられてません!」


 キッと言い返してしまった。だって腹が立つ。勝手に思いこまれるなんて嫌だ。

 あの時は男二人相手に抵抗を諦めたふりで自分からついていった。本当に手をかすられてすらいないのだ。


「ゆび、いっぽん――?」

「そうよ」


 ダニールがきょとんとした。そして眉を寄せてグルグル考え始める。


「いや、だって。誘拐だったんだよ? そこはほら、腕をねじあげるとか、叫ばれないよう口をふさぐとか、抱えて引きずっていくとか――」

「は?」


 ひと言を口にすると、堰をきったようにダニールは気持ちを吐き出した。


「――あいつがマルーシャにさわったかと思うと僕は苦しくて悔しくて。そりゃいちばん嫌で気持ち悪かったのはマルーシャなんだから僕がそんなことを言っちゃいけないと思う。だけどあいつがマルーシャの手首をつかんだなら僕はそこに清めのおまじないをかけたいし僕が同じところをそっと握り直すし撫でるし口をふさいだなら僕はやっぱり」

「待って! 待ってよダニール」


 目をそらしたまま流れるようにブツブツ言うダニールをとめる。久しぶりの早口だった。これは研究者(オタク)ではなくマルーシャの恋人(追っかけ)としてのものだけど。


「ダニール、なにも……って、そういう?」

「え……そういう、ってどういう?」

「や、あの」


 マルーシャはもごもごした。はしたなくて言えない。婦女に対する暴行じゃなく普通の暴力のこと? なんて。


「……本当に、何もなかったの」


 もじ、と小さく言ってうつむいていると心配そうにダニールが近づいた。マルーシャの顔をのぞきこむ。


「マルーシャが嫌な目にあってないなら、いいんだ」

「平気よ」


 目を上げると黒い瞳があたたかくマルーシャを包んでいた。

 ああこの人は、もう――。


「ダニール」


 マルーシャは向かいに座るダニールにそっと手を差し出した。不思議そうにしながらダニールがその手を取る。

 そっと包んでくれる大きな手。骨ばった指。ふれられて心が落ち着くなんて、やっぱり大好き。


「――もし口をふさがれてたら、どうしてくれたの?」


 どうしても世間とずれている恋人のことがおもしろくて愛おしくて、マルーシャは試すように訊いた。その質問にダニールがうろたえる。


「え。いや、その」

「今、言いかけてたでしょ。気持ち悪かったら、どうやって治してくれますか」


 マルーシャは照れながらいたずらを仕掛けた。初々しい恋人なりに、精一杯の。

 その意図に気づいたダニールは、トンとはねた心臓に耐えて微笑んでみた。


「――こうする、かな」


 ダニールは手のひらでマルーシャの頬にふれた。そっと親指で唇をなぞる。


「――」


 ピクリと震えたマルーシャが目を伏せる。向かいの座席からダニールは軽く腰を浮かし、マルーシャに向けて屈み――。


「や、待っ、ラリサ!」

「あらバレた」

「ち、惜っしい!!」

「イグナート! おまえ目蓋が開かなくなるおまじないを掛けるぞ!」

「やーなこった!」


 とんだ出歯亀だ。

 さすがに乱暴に小窓をふさいで、ダニールは怒った顔のまま座り直した。

 でもマルーシャにはわかる。本気で怒っているわけじゃなく、これはただの照れ隠し。ダニールは笑みをふくんだマルーシャの視線で赤くなり、横を向いてしまう。

 馭者台からののぞき見で未遂におわった初めての口づけだけど、急がなくてもいい。これから二人の距離はどんどん縮まるはずだ。



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