第37話 探り合い
商人としてのメレルスの評判は、良くも悪くもなかった。あこぎでもなく、かといって世のためになるでもない。
そんなものでいい。聞き込むイグナートはうなずいた。派手なことをやられて目立つよりは。
だが人物としてはあまり好かれていないようだ。いわく、得体が知れない。嫉妬深い。意地が悪い。
どうやら政界に進出しようとして失敗した経験があるらしい。以来扱いづらくなったとか。その証言にイグナートの記憶が引っかかった。
「雨乞いって……王都で名を売るためにやったのか?」
名声を得て王侯貴族に食い込むのが目的だったのに、ダニールが邪魔をした。
「……そういうことか」
勝手な逆恨みが犯行の理由なのだ。面倒くせえ奴、とイグナートはあきれ果てた。
だが暗い執念は人を突き動かす。はたから見ればくだらなくても、ロジオン・メレルスにとっては一生の恨みなのだった。
メレルスの邸は町の中心ではないが、それなりに繁華な場所にあった。
多くの商店や工房が建ち並び、人通りも多い。邸そのものにも従業員や客の出入りがひんぱんで忙しなかった。
「誘拐、監禁しておくには人の目がありすぎる……」
すると郊外に所有するという荘園が本命かもしれない。だがそれ以外に別宅などもあるとしたら、調べるのにどれだけかかるか。ひとまず明日は町外れの倉庫を探りに行こう。
「ファロニアからの応援がほしいよ。バーベリさんさっさと来てくれねえかな」
情けなさそうにつぶやく。
騎士団の誰かしらと協力してしらみ潰しにする。あるいはザラエの街と交渉してメレルスの関係先を一網打尽にできれば。それなら早く確実で安全だ。だが最低あと二日は誰も到着しないはずだった。
「ま、そんなの待ってたらミュシカが泣いちまうし」
イグナートが剣を捧げた侯爵の血すじであり、ファロニアを豊かに支える四季の姫の一人、それがミュシカ。あの幼女はイグナートが大切にするべきものとしてかなり上位にある。
それとは関係なく、誰であれ弱い者は助け、守る。そんな騎士としての誇りは普段からしっかりとイグナートの胸にあった。だからこの大通りで出会ったひったくりのことも素通りはできなかった。
「おっと!」
逃げて走ってきた男をよけるふりでスイと足を引っかける。すると犯人は勢いのままもんどりうち、追ってきた者らが取り押さえた。
こちらに耳目が集まる。イグナートは知らん顔でス、と人波にまぎれた。
ところでイグナートは、ロジオン・メレルスの顔を知らない。人物の評判と邸の場所を探るので今日は精いっぱいだった。
だからわからなかったのだ。
この時メレルスが邸に戻ろうと通りを歩いていて、騒ぎがあった方をチラリと眺めたことを。
そしてそこに妖精族の姿を見かけて警戒心を抱いたことを。
メレルスは見知らぬ妖精族が邸近くにいることに不審を抱いた。
見た目は人族と変わらないが、そのたたずまい、感じるかすかな力。妖精族だと確信する。
今メレルスが荘園に閉じこめている女はファロニアの領主ファロン侯爵の娘で、しかも〈冬告げの姫〉だ。実際は〈冬〉ではないが、メレルスはそう信じていた。妖精族はその行方を必死で追っていると思う。
あのいまいましいダニール・ジートキフを出し抜いて〈シェイディ コン ブラーデレ〉を邪魔してみせたのは痛快だった。だがもしかしたら、捜索の手が伸びたのかもしれない。通りで見かけただけとはいえ、その妖精族が何者なのか知る必要があるだろう。
だがおまじないは使えない。遠くから見たにすぎない相手とつながることはさすがにできないし、何かできたとしても気づかれるだろう。おまじないにも制約があるのだった。
なのでメレルスは地道な方法を選んだ。目と足で、尾行するのだ。
✻ ✻ ✻
「なーんか楽しそうだね、おまえら」
イグナートが宿に戻ると、部屋でミュシカとダニールが向き合って座っていた。ミュシカはニコニコだが、ダニールは疲れた顔だ。
「僕は、そろそろキツいかな……」
「お父さま、おててあそびへたなの!」
歌に合わせて決まった仕草で手を合わせる子どもの遊び。横でラリサが苦笑いしているので、たぶんイグナートも家でやらされたことのあるやつだ。意外と難しいんだよな、と同情した。
「今日はそんなことしてたのか」
「いろいろやりましたよ」
マルーシャもやや疲れた風だった。子どもの相手を一日するというのは、けっこう体力がいる。
最初はおまじないの復習からだった。だがミュシカはすぐに飽きる。それから宿の中をブラブラし、部屋に戻ってあやとりをし、カードを教えてみたり踊ってみたり。なんとか夕方まで乗りきったというのがマルーシャの正直な感想だった。
「かなりネタ切れです」
「……明日も、頑張ってくれる?」
「ううむ……」
ダニールがうめいた。明日。明日はどうすればいい。
一時間や二時間おまじないを教えるのとはわけが違った。これまでも一人でミュシカを引き受けたことがあるし問題ないと思っていたが甘かったようだ。そんな時はいつも街や庭園にいられたのだから。街を散歩していれば、ミュシカの気を引く物がそこらにあふれているのだし。
「こんなに外に出たくなるなんて、生まれて初めてかもしれない……」
「そうよねえ。あしたはおそとにいこうよ、お父さま」
便乗しておねだりされるが、そういうわけにもいかない。
「我慢しましょうねミュシカ」
微笑んでたしなめながら、マルーシャも実はほとほと困ってしまっていた。




