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かりそめ家族、妖精の国へ ~寂しがり姫を偽母として甘やかしていたらカタブツ学者さまに愛されました~  作者: 山田あとり
揺れる二人の心はどこへ

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第26話 ファーストバイト

 風邪をひいたせいでパルバの町に二泊することになったが、一日ゆっくり眠ってマルーシャの熱は落ち着いた。なんだか頭もスッキリしている。

 旅を再開した馬車で、マルーシャは外套を着ることを条件に馭者台に出してもらっていた。膝掛けもちゃんとして暖かくする。でないと全員が渋い顔になるから。

 倒れたのは自分なので言う通りにした。でも外の空気や息づく自然、そんなものに触れていた方が元気になれる気がするのだった。


「お母さま、さとうづけたべた?」


 車内との間にある小窓越しにミュシカが訊いた。


「まだよ。ミュシカが選んでくれたんだもん、もったいなくて」

「やあん。ねえ、いっこたべてみてよぅ」


 まだ疲れていないのだけど。

 おねだりされて、大事に置いてあるお見舞いの小箱を開けると中身は薄紅のさくらんぼと黄緑のアンゼリカだった。ミュシカが自慢げに胸を張る。


「お父さまも、たべていいよ」

「え、僕は」

「ダニールさん、甘いの苦手ですか?」

「いえ。手が汚れていますから」


 ダニールも仕事の合間に糖分を補給することはある。でも今は、馭者台の泥を払ったり手綱を握ったりしているので遠慮した。


「マルーシャちゃんに口に入れてもらえ」


 後ろからイグナートが割り込んできた。その言葉にマルーシャはすごい勢いで振り返り絶句する。そんなことできない!

 なのにラリサとミュシカも退路を断ちにかかった。


「ああそうね、せっかくのミュシカの気持ちだし、マルーシャが食べさせてあげてよ」

「お父さまお母さま、なかよしだもんね!」


 馬車内からの圧がすごい。

 これは彼らがボソボソ打ち合わせた末のことだった。ダニールは鈍くてどうしようもないので、まずはマルーシャの方を焚きつける作戦に出たのだった。

 男性に免疫のないマルーシャは物理的な距離が近いだけでもうろたえる。それは花を咲かせるおまじないの件で実証済みだ。後ろに立たれただけで焦っていたのだから、こうして追い込みダニールを男性として意識させればいい。


「美味しいかなー。ミュシカが選んだんだもんなー」

「おいイグナート」

「いいからダニールは口開けてなさい」


 無慈悲な友人夫婦にピシャリと言われダニールは何も言えなくなった。あまり拒否するのもマルーシャに失礼なのだろうか。世間の常識にはとんと自信がない。

 マルーシャもこうなると退けなくなった。オロオロしながらさくらんぼを一粒つまみ、遠慮がちにダニールの口に持っていく。


「……どうぞ」

「あ、はい」


 照れくさそうに小さく開けた口に押しこむと、指先が唇にかすってしまった。マルーシャの心臓はバクバクし始める。


「……甘いですよ」

「お母さまもたべて!」


 思考力が麻痺したマルーシャは、喜ぶミュシカの言う通りにアンゼリカを食べてみた。甘い中にもほろ苦く、さわやかな香りが広がる。美味しい、と微笑みかけたけど、そこで気がついた。

 ダニールに渡したのと同じ指で、自分も食べてしまったじゃないか!


「あ、えっと……甘いしスッキリする。とっても元気になるわね。ありがとうミュシカ」

「えへへ、どういたしまして!」


 動揺を押し隠すマルーシャだったが、どう見ても挙動不審だった。




「――もうそろそろ、バルテリスの領域ですね」


 しばらく無言で馬車を走らせていたダニールが周囲に目をやった。あたりは何もない野原だ。


「国境はハッキリしていないんですか」

「田舎はそんなものです。住人にはわかっていますし」

「……あの、往来が多い道を通った方が安全じゃないでしょうか」


 マルーシャは思っていた懸念を伝えてみた。

 強盗の心配もある。そして何より誘拐犯に〈冬告げの姫〉はミュシカの方だと知られてしまったら、襲われるかもしれないじゃないか。遠回りでも危険を避けるべきなのでは。

 だがダニールは肩をすくめた。


「こんな所で強盗は待ち伏せません。ろくな獲物が来ませんから。ルスランとリージヤを連れ去った奴がこちらを狙ってくれるなら望むところです」


 犯人に接触できればそれが手っ取り早い。意外と好戦的なことを言われてマルーシャは目を丸くした。それをチラリとして、ダニールは申し訳なさそうに頭を下げた。


「大丈夫、あなたのことは守ります」

「おまじないで?」

「はい。人に見せてはいけないものですが、そんな場合なら仕方ないので」


 賊の足元をぬかるませたり、相手の馬を脅かしたり。この田舎道でなら、やりようはいくらでもある。

 マルーシャは想像して犯人に同情しそうになった。不可思議に見舞われ、さぞ恐ろしく感じるだろう。


「すごいですね……」

「マルーシャさんもすぐ覚えられると思います。あ、だけど人前で使うのは本当に気をつけて――薪を守ったのは、ぎりぎりの線でした」


 やや苦々しくそう言われると肩身がせまい。助けなきゃ、と思って慣れないことを勝手にやり、そのうえ風邪をひいたのだ。


「僕がそばにいる時は、まずいと判断したらおまじないを解きますので」

「え。人が掛けたのを無効化するなんてできるんですか?」

「もちろん」


 なんでもなさそうに言うダニールは、とても頼もしい。またドキンとして、マルーシャは自分の反応に戸惑った。ごまかすように微笑みを浮かべる。


「難しそうですね」

「あなただって、たぶんできますよ」


 マルーシャは口をつぐんで遠くをながめた。

 突然マルーシャから拒絶されたような気がして、ダニールは落ち着かない気分になる。何かまずかったろうか。

 でもマルーシャのその反応は、教師な時のダニールを思い出したせいだ。間近で見た真剣な姿を思い出すだけでなんだか心が乱れる。そんな自分にマルーシャ本人も困り果てていたのだった。



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