第23話 それぞれが目指すもの
夕食のため、濡れた服から着替えたマルーシャを見てミュシカが歓声をあげた。
「お母さま、かわいい!」
「あ、ありがと」
マルーシャは少し照れる。
身に着けたのはベルドニッツで新調したワンピースだ。シックな茶色は大人しい雰囲気だが、タックを寄せゆとりを作った胸、編み上げ紐で締めたウエスト、腰からふわりと広がるスカート。
体の線をダニールに見られた懸念を考えると、もう少しゆったりした服にしたかった。でもラリサとミュシカがこれにしろと決めてしまったのだ。マルーシャを上から下まで検分し、ラリサは満足げだ。
「似合うわよ。ゴテゴテしない方がマルーシャの良さが出るのね。かわいいんだから、自信持って」
「かわいいなんて、近所のおじいちゃんおばあちゃんにしか言われたことないもの」
マルーシャの訴えにラリサは声を上げて笑う。それは確かに信用できない評価だ。
でもこの姿、ダニールへの売り込みはできると思う。体格はそこそこ大きいダニールの目に、小柄なマルーシャは女性らしく映るはずだ。だけどラリサは心配になってひょいとマルーシャの胴をさわった。
「この細さ。ちゃんと食べてる?」
「た、食べてはいるわよ。だけど無駄づかいできないし。文句はうちのお父さんに言って」
「ほんとに倹約家の主婦よね、マルーシャって」
ため息をつかれたが仕方ない。事実そうなのだから。
「旅の間に少し肉をつけたいわ。とくに胸と腰」
「なんでそこ!?」
「いいじゃないの、マルーシャも女の子らしくなりなさい」
姉貴分の威厳をこめて、ラリサは言い渡した。
「さあそれじゃ、お食事に行きましょう。マルーシャを育てなきゃ」
「わたしも、おおきくなりたーい!」
ミュシカも決意を述べる。幼女が成長するのは喜ばしいことだが、マルーシャの場合は家畜の肥育に近いのではないかと微妙な気分だった。
食堂でダニールとイグナートも合流し夕食にした。昼間は軽食で済ませているので温かいシチューが嬉しい。胃にしみていく。
あまり食べつけない煮込まれた肉を噛みしめていると、ガツガツ食べていたイグナートがふと手をとめた。
「マルーシャちゃん、たくさん食べてる? ゆっくりなだけ?」
「食べてますよ」
このままでは同行者全員から餌付けされるかもしれない。マルーシャは危機感におそわれた。今はいいが、朝や昼にあまり食べては馬車に酔ってしまいそうだ。
「――あのう、お食事中失礼します」
「あ、パン屋さん?」
横から遠慮がちな声がした。見れば先ほど屋根修理人の騒動があったパン屋の店主だ。わざわざ探しあてて挨拶に来たらしい。まあ見慣れぬ旅人など、宿にいて当然だが。
「お礼も申し上げず失礼を。おかげさまで職人は怪我で済みましたし、薪も確保できました」
「それはよかったです」
「ここにはウチのパンを卸してるんで。明日の朝のパンは奥さまのおかげですよ」
「……じゃあ美味しくいただきますね」
奥さま。
そう呼ばれてマルーシャの笑顔がぎこちなくなった。誰と夫婦のように見えたのか――流れを考えればダニールだろう。また妙に意識してしまう。
頭を下げて帰っていくパン屋を見送り、ミュシカがコソッと尋ねた。
「お母さま、さっきおまじないしたんだよねえ?」
「……バレた?」
「わたしわかるもん!」
雨よけのおまじないを使ったのを馬車にいながら感じたのか。さすが〈冬告げの姫〉なのだが、マルーシャのこともほめてくれる。
「お母さますごい!」
「ダニールさんが教えてくれたおかげだから」
「お父さまも、お母さまがおまじないできたらうれしいよ」
ミュシカは満面の笑みだ。しかし突然ダニールが思い詰めた口調になった。
「僕は――研究しているだけなんです」
「はい? それはすごいことですよね?」
「でも暮らしに活かすのは難しい」
ダニールは顔を上げ、マルーシャを見つめた。
「花を咲かせて商売にする可能性なんて僕は気づかなかった。村の少年が花を探していることも僕だけじゃわからなかった。パン屋を助けた方がいいかとは思ったけど、動くよりまず考えてしまった。それじゃ、いくら知識があっても駄目なんです」
マルーシャはきょとんとなって食事の手を止める。この人は何を言っているんだろう。
「マルーシャさんの行動力を僕は見習うべきかと。情けない言い方で申し訳ありませんが」
「おまえが見習うべきは、マルーシャちゃんの生活力だと思うぜ?」
苦笑いのイグナートがバシンと友人の背を叩いた。
ダニールも行動だけならできる。調査研究にも必要不可欠な力なのだから。ただ学問に没頭し浮世離れしていたせいで応用がきかず、世間に対応できないのだ。
「そう……か」
「おう。旅の間は一緒にいられるし、おまじない教えたりもするんだろ。二人で理解を深め合えるじゃないか」
「迷惑でなければ、もちろん」
おまじないの知識は豊富だが使いみちがわからない。そんなポンコツのダニールは真剣に考え込んでつぶやいた。
「僕も人の役に立てるでしょうか。マルーシャさんのように」
「私、そんなたいしたものじゃないです……!」
真っ直ぐすぎる志を表明されてマルーシャは赤面した。感じたままに動き、話しているだけなのに、尊敬する口ぶりなどされても困ってしまう。
そしてマルーシャの可愛らしさをアピールする作戦だったラリサとイグナート。この話の流れに首をひねってしまう。
ダニールの感覚は、やっぱり捉えどころがなさすぎるのだった。




