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かりそめ家族、妖精の国へ ~寂しがり姫を偽母として甘やかしていたらカタブツ学者さまに愛されました~  作者: 山田あとり
内堀までも埋まってく

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第21話 雨の日のおまじない

 ✻ ✻ ✻


「わたしもぎょしゃだい、いきたいな」

「あら駄目よミュシカ。ダニールとマルーシャだけでいっぱいだもの」


 馬車は休憩したタタ村を出て、今夜宿泊する町パルバへ向かっていた。

 馭者を務めるのはダニール。そしてマルーシャがその隣に座っている。ラリサとイグナートは馬車の中でミュシカに入れ知恵を試みていた。


「なあミュシカ。ダニールとマルーシャちゃんが本当に結婚したら嬉しいか?」

「うん!」

「そうよね、お似合いだと思うの」

「うんうん!」

「だろ? だからあいつらのこと、俺らでいい雰囲気にしてやろうぜ」

「ふんいき?」

「この人って素敵だな、てお互いに思うようにするのよ。あと、なるべく二人きりにしちゃう」

「わあ! おもしろそう!」


 クレヴァ夫妻の悪のりは幼女を巻き込む。三人は、とても楽しげにヒソヒソ話をしていた。




 その外の馭者台では、マルーシャが速まる鼓動と戦っていた。

 折々こちらに向けられるダニールのまなざしが誇らしげに輝いていて、なんだかいたたまれない。花を咲かせるおまじないを二日で習得した生徒マルーシャが自慢なのかもしれなかった。

 だけどマルーシャにはその成果が本当に「とんでもない」のか実感がなくて困る。一般的な妖精の使うおまじないのことがわからないから。


 それよりも気になってしまうのは、先ほどおまじないを使った時のダニールの立ち位置だ。男性に免疫のないマルーシャにとってあれは異常事態だった。

 あらためて見るとダニールは格好いい。落ち着いた知的な男性というのが周囲にいなかったマルーシャにはまぶしい存在だ。まあぜんぜん違う一面もあるのは知っているけど。

 なんだか意識してしまうのは昨夜ラリサに「オススメ」されたせいだろうか。


「空が暗いですね……」


 困った時は天候の話題。マルーシャは空を見上げてつぶやいた。

 タタ村にいる頃から曇っていたが、ますます雲が厚くなっている。もう夕暮れ近いが夜は雨になりそうだ。


「たしかに。宿に着く前に降られるかもしれません」

「ここ、濡れませんか?」


 馭者台にも屋根はあるが、足はどうしても雨にあたるだろう。


「雨よけのおまじないを付与した膝掛けがありますよ」

「へえ。面白いですね」

「水をはじいて布が濡れないようにしています」


 普通の膝掛けやマントがだんだん湿ってきてしまうのと違い、薄地でも快適らしい。


文言(もんごん)は、オシュ アン ボルシス」

「……あれ、痛いの飛んでけと似てる」


 マルーシャは母に習ったおまじないを思い出した。

 あれはオシュ アン イディ イディ。


「水よ去れ、なんです。痛みを去らせるのと共通部分はあります」

「あ……」


 飛んでいけじゃなくて、去れだったのか。母は子ども向けに調子をととのえて翻訳してくれたらしい。


「子どもに使うことが多いので、普通はそういう言い回しで教えますね」

「私も子どものうちに習いました……でもそれで本当に痛みが消えちゃうなんて思わなくて。おまじないってすごかったんですね」

「そんなに効いたんですか?」


 ダニールが険しい顔をした。


「……おかしいですか」

「普通は少し楽になる程度です。痛みがないと治療もしなくなるし、むしろ良くない」

「あ、ラリサが手当てするように注意してたのってそういうこと……」

「練習すれば力加減もできるようになりますから。頑張りましょう」


 とても楽しげなダニール。曖昧にうなずきながらマルーシャは口の中でつぶやいた。

 オシュ アン ボルシス。水よ去れ。

 ひとつ、覚えた。機会があったらやってみよう。



 ポツリ。ポツポツ。

 パルバの町に入る直前、予想通り雨が降りはじめた。


「あと少しだったのに」


 マルーシャは膝掛けを二人分出した。

 見る間に強まる雨足が、布に当たるとサラサラと表面を流れ落ちていく。これは便利だ。


 すぐに石畳の通りにたどり着いたが、町はどんより暗かった。外仕事の人々がいまいましげに片付けに追われている。


「おいダニール、やばい雨になったな。行きに泊まった宿にするか?」

「ああ」


 小窓越しに車内のイグナートと話したダニールは手綱をあやつる。町の中で速度を上げるわけにもいかずゴトゴトと進んだ。


 カッ!

 空に光が走った。


「やあんッ!」


 ミュシカの泣き声が外まで響いた。雷鳴がとどろく。それとかぶるように、近くで太い悲鳴が聞こえた気がした。

 ダンッ、バキバキッ!

 ダニールは手綱を引き馬車を停めた。


「屋根から人が落ちたか?」

「ですよね……でも誰も出てこない」


 派手に落ちたはずだが、物音が雷鳴にかき消されたのだろうか。マルーシャは馭者台から飛び降りた。


「マルーシャさん!」

「助けなきゃ」


 止める間もない。ダニールも慌てて追った。

 人が転落したのは目の前のパン屋の屋根からのようだ。横の薪小屋の屋根がひしゃげている。

 店の入り口へと走るマルーシャがどんどん濡れていき、ダニールは急いで唱えた。


オシュ アン(水よ) ボルシス(去れ)!」

「すみません! 屋根で仕事している人がいませんでしたか!」


 おまじないをかけられたことには気づいただろうか。振り向きもせずマルーシャはパン屋の戸を開け声をかけた。

 泡をくって出てきた店の人々により、薪小屋から屋根修理の男が助け出される。怪我はしているが生きていた。マルーシャとダニールは安堵して馬車に戻りかけたのだが、そこで店主が叫んだ。


「薪が濡れちまった! 明日のパンが焼けないぞ!」


 従業員たちが凍りつくのがマルーシャにもわかった。



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