第20話 さよならに花束を
「葬列……」
マルーシャは少年を見つめた。かたくなな表情はそういうことだったか。きっと誰かの死を受けとめきれずにいるのだ。
「……ご家族がお亡くなりなの? 御愁傷さまです」
マルーシャが頭を下げると、少年の瞳が揺れた。
「俺の家族じゃ――姉さんの旦那だ」
「おはな、どうぞしなきゃ」
ミュシカが唐突に言った。訴える目が真剣だ。
「さよならのおはな、どうぞってしたの」
「そうか、ご近所の葬儀に花を手向けに行ったことがあったね」
ダニールが記憶をたどって言うと、少年は不意にきつい声で吐き捨てた。
「花なんて、咲いてない!」
そして走り去る。見送って、マルーシャは合点した。あの少年はたぶん花を探して野原に行ったのだ。義兄に贈りたくて。あるいは姉にそうさせてあげるために。
「花が見つからなかったのね……」
「そうなんですか?」
ダニールが不思議そうにする。こんな状況だがつい吹き出してしまった。ラリサとイグナートも苦笑いになる。何故わからないのか、本当に鈍感だ。
「絶対そうです」
マルーシャが断言してみせると、ダニールはうなずきながら言った。
「じゃあ咲かせましょう。マルーシャさん、お願いします」
「え」
「大丈夫、練習だと思って」
どうしてそうなるの。
昨日は土を吹き飛ばして終わった挑戦だ。尻込みするマルーシャを、ダニールは期待を込めて見つめている。そこに悪気はなかった。純粋におまじないが大好きなのだとヒシヒシ感じる。
ダニールの気持ちはわからなくもなかった。でも前科のせいで自信がないマルーシャは小さくため息をついた。
「また爆発するんじゃ……」
「怖いですか? じゃあ、何かあれば抑えられるよう僕が待機します」
「はあ……」
そこまで言われると断れない。
立ち上がって野原に出ると、植生を見ながら「このあたりで」とダニールに示された。そしてマルーシャのすぐ斜め後ろにダニールも立つ。
え。
気配の近さに心臓が跳ねて振り向いたら、真剣にうなずかれた。たぶんこれが「待機」。マルーシャの失敗にそなえているのだろう。
――だが、距離感。
照れもしないダニールは研究のことしか考えていなかった。その点ブレない男なのだ。見守っているラリサとイグナートの方は、動揺するマルーシャに同情しかない。
「おまじないは覚えていますか?」
「は、はい」
ツェラム ジニ ツェトゥ ラスタ。
マルーシャは心の中でつぶやいた。
「今回はマルーシャさんだけなので、力がぶつかったりしません。静かに種を包んで育ててみましょう」
「は、い」
軽くかがまれたら、吐息が耳にかかった。どんどん集中力がなくなっていく。
マルーシャはもう一度背後をチラリとしてみて、間近な黒い瞳に悲鳴を上げたくなった。ダニールは人間全般に対して経験値が足りないらしいが、マルーシャだって男性との経験値はないのに!
「落ち着いて」
ダニールにも焦りが伝わったらしい。でもそれをおまじないへの緊張からだと解釈して教師の顔で励まされ――恥ずかしさにマルーシャは開き直った。もうヤケだ!
「――いきます!」
背中に意識を向けない! 前しか見ない!
目を閉じて、土の中を見た。
いのちの在りかを探す。
種ではなく、眠る根がそこにあるのがわかった。宿根草だ。
すくい上げ、言いきかせる。
「ツェラム ジニ ツェトゥ ラスタ」
スウと力が土中にしみこんだ。
マルーシャの心は波立たない。つかまえたいのちたちに向けてはたらく。
ぽこぽこ。しゅるしゅる。
伸びた新芽が、葉をしげらせ花開く。
丸い花弁をつらねたそれは、白と黄のリュウキンカ。背の低い、小さな花がいくつも咲いた。
「――でき、た」
小さくマルーシャはつぶやいた。自分で見ていても信じられない。不思議な光景。
離れて見守っていたミュシカが歓声をあげた。イグナートもラリサも息をのみ、拍手する。そして頭の上からは興奮に震えるささやきが降ってきた。
「やった――」
不意打ちの近すぎる声にマルーシャはビクリとした。振り向くとガシリと両手を取られた。大きな骨ばった手に包まれてブンブン祝福される。
「あの、えっと。ダニールさん?」
「僕は何も手を出しませんでした。あなたの力だ」
それはなんとなくわかった。ダニールはただ後ろにいて、万一に備えてくれただけ。そして生徒の成果に勝手に感極まっているのだ。
この人って。この人って!
咲かせた花よりもダニールに困惑し、マルーシャは立ちつくした。
タタ村の教会には村人が集まっていた。
働き盛りの男の死。それを悼むために仕事の手をとめ、皆が沈痛な面もちだ。皆の気持ちに合わせるように空も暗く、雲が厚くなってきていた。
死者の義理の弟にあたる少年は、悲しみにくれる姉を思った。
貧しい中でも朗らかだった義兄。せめて花を手向けようと思った。なのに枯れ草の原にはそんなもの咲いていなくて、馬鹿な自分に嫌気が差した。
だけど今泣きたいのは姉だ。自分は涙などみせてはいけない。少年の頬はかたくなだった。
「おにいちゃん」
とぼとぼ教会に向かう少年を、幼い声が呼びとめた。先ほど村外れで見かけた女の子――手に、束ねたリュウキンカの花を握っている。
「これ、さよならのおはな」
「……こんなの、どこに」
目を見開く少年に、ミュシカは季節外れの花を差し出した。
「お母さまと、さがしたの」
小さな手から花束を受け取り、少年は一瞬くちびるをふるわせる。だが、涙はかろうじておさえた。
「……あり、がとう」
やっとのことで礼を口にすると、にっこりして女の子は駆け出していく。その先にさっきの人たちが待っていた。息を吐いた少年は、花を握り姉のところに駆け出した。
教会の入り口でふと立ちどまり、少年は振り返った。もう、花をくれた家族はいない。
どこにも咲いていなかった花を届けてくれた女の子。まぼろしだったのだろうか。
それでもいい。この花で姉が少しでも救われるなら。
少年は落ち着きを取り戻し、しっかりした足どりで教会へと入っていった。
村の空に、弔いの鐘が響いた。




