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かりそめ家族、妖精の国へ ~寂しがり姫を偽母として甘やかしていたらカタブツ学者さまに愛されました~  作者: 山田あとり
内堀までも埋まってく

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第19話 村はずれの少年

 ✻ ✻ ✻


 翌朝、ラーツの町を発った馬車の中には、またマルーシャとミュシカ、そしてダニールがそろっていた。

 昨夜のパジャマパーティーではしゃぎ過ぎ疲れたのか、ミュシカはまだ眠そうだ。マルーシャにもたれて幸せな顔をし、揺れに合わせてうとうとしている。


「眠ってもいいのよ。寝る子は育つだわ」

「うん……わたしおおきくなって、おまじない、うたう」


 とろとろしながらミュシカは言う。冬を告げる歌のことだろう。大人になってもきちんと役目をまっとうする気なのだ。

 背中をポンポンとして寝かしつけているマルーシャの微笑みを、ダニールは尊敬のまなざしで見た。

 子どもの世話とはこうやってするものなのか。いや、ラリサがやっているのはわかっていたが、すでに三人の子持ちのラリサとマルーシャでは違う。どうしてこんな優しい仕草が身についているのだろう。

 だがこれが大人として普通なのかもしれない。ダニールは研究以外何も知らない、とイグナートに言われるわけだ。


「マルーシャさんは、すごいですね……」

「はい?」


 思わずつぶやいたダニールに、マルーシャは疑問の視線を返した。声は、小さめで。


「……僕は、好きな学問をやるだけで他のことはからっきしですから。家業も弟に押しつけてしまいましたし、人としての能力が低い」

「そんな」


 否定しきれなくてマルーシャは困る。この会話すら、ただの自己分析であって世間話とは言いがたかった。

 この際さっさと教師としての能力を発揮してもらえばいいのか。マルーシャは、一番知りたいことを尋ねてみた。


「私が母から教わった歌は、〈春〉のものなんでしょうか」

「……だと思います。歌の第三節の部分が季節ごとに異なっているのですが。もしよければ、軽く歌ってみて下さい」

「おまじないとして効いたりしませんか?」

「危なければ僕が阻止します」


 さらりと言うダニールを信じることにする。すうすう寝息を立てるミュシカに目を落とし、マルーシャは小さく口ずさんだ。



 今日の日(ユーデル セ)幸あれ(ドーニア)

 風が(ヴィ―テル)らを守り(バルミーナス)


 光が(ジェリク)らを導く(リベラーナス)

 大地は(ゼーニャ)こしえなり(ナブセージェス)


 春は(ヴェーナ、) 生み育てる(テルビエーテ)

 命を言(ユーミルディ)ぎて(ツェーレ)


 季節の(グラ―ディス テ)恵みに( コン ブレーナ)

 心より(ブラーゴス)の感謝を( エ ポーシェ)



「正しく伝えています。〈春〉の歌ですね」


 ダニールはうなずいた。小声でも伝わるマルーシャのかすかな力に研究者としての興味をそそられた。

 だが、まるい響きの歌声が心地よくて仕事中なのに笑んでしまう。ダニールにしては珍しいことだった。


「やっぱりそうなんだ……お母さんの歌ですものね」


 ファロニアを出たアレーシャは、何を思ってこれを娘に歌い聞かせたのだろう。

 娘が春に愛された妖精となることを知っていたのか。それともただ、妖精の国と春という季節を愛していたのかもしれない。


「でもどうして歌うんですか? おまじないは唱えるだけなのに」

「これもおまじないの一種には違いありませんが、旋律の効果を加えることで大きな波動を生み出すんです。言葉は物事の本質を把握するものですね? それを声と音階で表し、音律と成す。歌はとても効果があります。儀礼に用いるものとして特別に発達したのでしょう」


 軽い気持ちで訊いたことにスラスラと解説が返ってきてマルーシャは目が点になった。


「……ちょっと、難しいです」

「そう……ですか。申し訳ない」

「いえ、私には耳慣れない言葉づかいなだけですよ、きっと」


 サラリと気づかわれ、やはりマルーシャはすごいなとダニールはへこんだ。


 そしてマルーシャが歌詞の意味を教えてもらっていると、馭者台のイグナートから休憩の声がかかった。起こされたミュシカはすっかり元気になっていて、「おひるごはん!」と馬車から飛び降りる。

 そこはタタという村の端だった。

 薄曇りの空の下、広がるのは刈り取られた小麦の畑。秋の種まきのために耕されているところもある。手前は野原で、ここに家畜を放しておくのだろう。ぐるりと柵が見えた。


「――気持ちいい!」


 道端から野原に入ったところに布を敷く。風にはためきそうなのを慌てて座って押さえ、マルーシャはそんなことも楽しかった。

 軽食の詰まったバスケットは宿で作ってもらってきた。みんなが一斉に手を出す。サンドイッチを頬張りご機嫌のミュシカに〈春〉の歌を勉強していたと伝えたら、座ったままピョンピョンされた。


「お母さまうたってたの? わたしもききたかった」

「いい子守唄だったでしょ? ぐっすり眠ってたもん」

「じゃあ、わたしもうたう!」


 宣言したミュシカはすっくと立ち上がった。それはマルーシャも聴いてみたい。でもミュシカは、歌うと嬉しくなって力をいっぱいに解放しかねないのだそう。ダニールは苦笑いで禁じた。


「やめなさい。この村に冬が来る」


 それは一大事だ。

 吹き出したマルーシャだったが、ふと野原から出てくる少年に気づいた。

 向こうもピクニック中のこちらに目をとめた。村に戻るためにすぐ脇を通るのだが、表情は強ばっている。よそ者を警戒しているのだろうか。


「お兄ちゃん、こんにちは!」


 ニコニコと挨拶するミュシカを、少年は無視した。なんだか悲しそうに見えた。


「あの、ごめんなさいね、突然」


 ぶしつけを詫びるマルーシャたちの団らんをチラリとして、少年はぶっきらぼうに言い捨てた。


「邪魔だからどっか行けよ。もうすぐ葬列が通る」



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