第18話 カタブツ学者はわりとオススメ
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「……それは、自然とつながったからですよ」
妖精学者ダニールの見解としてはそういうことだった。ひとたび目覚めた妖精の血は、これからもマルーシャに力を与えるのだという。以前はたいして効かなかったおまじないも、今後取り扱い注意になる。
宿の食堂で夕食をいただき部屋に戻る途中、ダニールは少し悲しそうだった。それをうっとうしげに見てイグナートがつぶやく。
「しつっこいな、こいつ」
「だってマルーシャさんの初めてのおまじないを見逃してしまった……」
町の子どもたちと何があったのか聞いて以来、ずっとこう。マルーシャ本人もそろそろ、申し訳ないよりあきれてきていた。
ダニールは、妖精の力に目覚めたマルーシャの記録を取りたかったのだ。それに失敗し研究者としてひどく落ち込んでいる。
あの時駆けつけるのが遅れたのは、近くの革製品店に気をひかれていたイグナートのせいだった。そう恨みごとを言われてもイグナートは反省せず、面倒くさそうだ。
「何が起きたのかは教えてもらえたんだからいいだろ」
「見たかったんだよ! この目で! その力の発露を僕も感じたかったんだ!」
「うるせえな! おまえマルーシャちゃんの追っかけか!」
「……追っかけ?」
言われた意味がわからなくてダニールが不審な顔になった。イグナートはここぞと友人の無知を笑ってやった。
「学問以外はほんとに物知らずだな。大好きな人のことを追いかけ回して、なんでも調べ上げる奴のことだよ」
「だいす……! いやそんな、そういうことじゃないぞ!」
「お父さまは、お母さまのこと大すきでいいの! わたしそれがいい!」
かりそめの娘ミュシカが強引にその場をまとめてしまった。マルーシャにはダニールの職業的こだわりが理解しきれるわけではないが、いちおう謝罪する。
「勝手におまじないを使ってごめんなさい。また明日、練習しますから教えて下さいね」
「あ、いやあなたは悪くないので謝らないで下さい……すみません」
「ダニールさんも悪くないですよ」
ふふ、とマルーシャは笑った。その笑顔は本当に春のよう。ダニールはハタとなって自分の振る舞いを振り返った。
駄々っ子のようだった、と思う。なのに年下の女性に受けとめてもらったのではなかろうか? なんと情けない。
「それじゃ、今日はもう休みます」
「おう、慣れない旅でマルーシャちゃんお疲れだよな。ゆっくり眠りなよ」
女性陣が部屋に引き取るのを見送って、ダニールは大いに反省した。
ふう、と寝る支度を始めたマルーシャをラリサは気づかった。
「ごめんね一日引っ張り回して。そのうえダニールが訳わかんない態度だし……」
「ううんいいの、楽しかったから……まあダニールさんは、ちょっと変かもね」
さすがにマルーシャも苦笑いだった。
初めて会った時の謹厳実直な雰囲気。実務にあたる大人な姿。妖精の力について語る熱量。おまじないを使ってみせる余裕。研究に夢中な少年の心。どれもがダニールなのだ。
「お父さま、へんかなあ」
「あはは、ごめんねミュシカ。とてもいい人だし、私は好きよ」
唇をとがらせて考えるミュシカを、マルーシャは抱っこした。とたんに甘えん坊の顔になったミュシカがねだる。
「すき? ならお父さまとけっこんして」
「そういうことは代わりに申し込んじゃ駄目でしょ」
隙あらば「お父さま」を売り込むミュシカに頬ずりして黙らせた。このままじゃうっかり婚約させられそう。だけど今度はラリサまでつぶやく。
「まあダニールは、夫としてはオススメよ」
「ちょっとラリサ」
「あ、ごめんね。でも本気。真面目で稼ぎが良くて浮気の心配ナシ。たぶん好きになった相手には一途だと思うわ。どう?」
真面目に分析されてマルーシャはうろたえた。
「そんな本気のご紹介は……」
「あーそっか、ちょっと年上だしな。マルーシャってもしかして年下がいい?」
「そん、そんなことわからないけど。どうして?」
なんだろうこれは。もしかしてパジャマパーティーとかいうものだろうか。泊まりがけのガールズトークな。参加者の一人は幼女だけど。
「マルーシャって面倒見がいいし母親キャラだって言うし。男性のことも包み込みたいのかと」
「えぇ……私、お父さんの世話が焼けたせいでこうなってるだけだし。そんなのわからない」
「あ、じゃあ逆に守られたらキュンとしちゃうかもね」
ラリサは楽しそうに笑いこけた。でも内心で脈アリかもと計算する。
最近の行動から推認するに、ダニールは意外と庇護欲が強い。ミュシカに振りまわされながらも突き放せないのが、その証左。年若い者や女性や老人、身体的に自分より弱そうな相手は気づかうべきだと教育されてきているのだろう。
つまりダニールは、心優しい男だ。だけど不器用なせいで世の女性からはやんわり避けられてしまう。というかそもそも出会いがないのかもしれない。
そこに現れた苦労人のマルーシャ。ダニールを受けとめられる広いふところがあるが、本人は甘やかされた経験が少ない。年上男性に包みこまれたら恋に落ちてくれたりしないだろうか。
ラリサとイグナートは、近しい友人としてダニールの将来を本気で案じているのだった。なんならこの旅の間にマルーシャへのアピールをしてみよう。まあ本人たち次第ではあるけれど。
そうすればミュシカも喜ぶし、とあちこち気を回すラリサは、たんに世話好きなのだった。




