第15話 野原に花を咲かせましょう
季節外れの花。
マルーシャの提案はこうだ。客の要望する花を注文に合わせて咲かせ、高値で売ればいいのだと。
「季節じゃないけど想い人の好きな花を贈りたいとか。葬儀にその人の愛した花を飾りたいとか」
「ああ、そういうのは需要ありそうね」
「なーるほど。見栄っ張りな金持ちのパーティーとかにもいいかもしれないな」
ラリサとイグナートがうなずいたのに、ダニールとミュシカはキョトンとしている。五歳児のミュシカがピンとこないのは仕方ないが、ダニールにもわからないのか。
「……妖精の力って、あまり商売に使っちゃ駄目なんですか?」
「あ、いや。そうではありませんが」
そこでラリサがため息をついた。生活感のない、浮き世離れしたダニールには実感できないだけなのだった。
妖精の力を仕事に活かすのはかまわないとダニールは言う。ただ、おまじないを人間に見せたり教えたりするのは禁じられているそうだ。
「妖精族の存在が知れ渡ると危険なので」
人族から敵視されたり、逆に利用するために陥れられたりするかもしれない。なので気をつけるようにと言われた。
つまり花を売るのはいいが、その入手方法を取りつくろわなければならないらしい。金銭的に苦労してきたマルーシャは考え込んだ。
「……そうなると面倒かも。簡単にはいかないのね」
「でもマルーシャちゃん、花を咲かせるのはやってみなよ。春の愛し子なら、そっちの適性があるんじゃないか」
イグナートが言い出した。そのおまじないをとんでもないと言ったくせに、勝手なものだ。だがダニールは真面目な顔になった。
「――それもそうか」
「え。だって難しいんでしょう?」
「いや難しい……のか? そうかな」
この件に関してダニールの見解はあてにならない。研究していたらできたという言い分は、天賦の才もあるだろうが努力を努力と感じない者の言い分だ。
「春は育む季節です。草花は春に芽吹くものが多いし、マルーシャさんには向いていると思います」
ダニールは期待するような口調だった。
でもマルーシャが妖精としての力を初めて感じたのは今さっき。まだ自分を信じられない。
「やってみませんか。教えます」
ためらうマルーシャを、ダニールは熱心に説得した。
実のところダニールの研究に参加できる人材というのはあまりいないのだった。細分化し専門化した難しいおまじないは、確かに術と呼ぶにふさわしい。妖精族といえどもそのレベルで力を操る者は少なかった。
マルーシャが強い力を持つのなら、共に学問ができるかもしれない。そういう期待がダニールの胸に生まれる。
「ツェラム ジニ ツェトゥ ラスタ」
まずはおまじないの言葉と意味を教わって、マルーシャは口の中で繰り返しつぶやいた。不思議な響きだ。
「じゃあさっきの花の近くでやりましょう。同じように種がこぼれているはずだから感じてみて下さい」
なんでもなさそうに言われてマルーシャは振り向いた。地中の種を感じる?
「ダニールさん……感じてって、そんな」
「え?」
ダニールは当然の顔だが、いきなりその要求は無邪気にすぎる。これだから誰もこいつの研究についていけないんだよな、とイグナートはため息をついた。
すると困惑するマルーシャの横にミュシカが寄ってきた。
「おめめとじて、じめんのなかをみるの」
「ミュシカも教えてくれるの? ありがとう」
隣でミュシカがするのを真似る。これなら遊びのようなものだからマルーシャも気が楽だ。目をつむり意識を地中に向ける。
マルーシャは――何か小さな光をとらえた気がした。
「キラキラいのちがいたらね、いいこいいこ、するのよ」
楽しげなミュシカの言葉にみちびかれる。
見つけた何かに心で手を差し伸べた。
「それで、いうの。ツェラム ジニ ツェトゥ ラスタ!」
「ツェラム ジニ ツェトゥ ラスタ」
ミュシカの声と同調し、ほとんど無意識につぶやいた。
ぶわ、とマルーシャから何かがあふれる。
ハッとなって目を開けた。
「――きゃ!」
目の前の地面が、爆ぜた。
その瞬間グイと後ろに引かれる。ダニールが両手にマルーシャとミュシカをかかえ、跳びすさったのだ。
パラパラと土が舞い落ちる。小さな穴が地面に空いていた。
「――そうきたか」
腕に二人を入れたままダニールはつぶやいた。ちょっと想定外だ。
マルーシャは自分が何をしてしまったのか、ぼう然とする。するとミュシカが妙な声で言った。
「……はえやっひゃ」
べーっ、と口を開けたまましゃべっている。舌に土がついていた。「食べちゃった」と言ったらしい。
「あらあらあら」
ラリサが慌てて駆けよってハンカチで拭き取った。口をゆすがせに連れていく。
ハッとなったダニールが手を放し「失敬」とつぶやいても、マルーシャは動けずに地面に空いた穴を見つめていた。
「マルーシャさん」
ダニールが申し訳なさそうに声をかけた。
「たいした失敗じゃありません。少し力が大きかったみたいですね」
「ダニールさん……」
マルーシャは小さく震えていた。たいしたことじゃないと言われても、十分たいしたことだ。地をえぐるなんて。
「ミュシカの力が重なったせいでしょう。あれも強い子なので」
目を上げたマルーシャを真っ直ぐ見つめて、ダニールは小言で告げた。
「ミュシカが何者なのか、話していませんでした。あの子はなかなかあなたから離れてくれないので。ちゃんと、教えます」




