第14話 とんでもないおまじない
「興奮してしまって、失礼しました……」
小さくなったダニールに謝罪され、マルーシャは吹き出してしまった。
元の背が高いのに小さくなられても見上げるのは変わらない。でもなんというか、可愛く思えたのだ。
「別に気にしませんよ。面白かったです」
「おもし、ろい?」
「研究者に優しい〈春告げの姫〉……!」
ダニールはやや傷ついたようだったが、イグナートはゲラゲラ笑った。ラリサも吹き出し、するとミュシカもつられて笑う。
「お父さまよかったね! おもしろがってもらえた!」
「良くはないと思うが……」
「そんな、私、悪い意味で言ったんじゃ」
「いえ気にしないで下さい」
失言にあわてるマルーシャと平静をよそおうダニールを、クレヴァ夫妻は意味深な視線でながめた。
この二人は意外と似合いかもしれない。ベルドニッツの町では住民からさんざん冷やかされたが、あながち的外れでもなかったのだろうか。
「とにかく、マルーシャさんがおまじないを使えたのは喜ばしいです。これからもいろいろやってみましょう」
「はい……たくさん種類があるんですか?」
「もちろんです」
やや調子を取り戻してダニールはうなずいた。
妖精たちは生活のあちこちでおまじないを使う。個人差があるのでほんのりしか効果が得られない場合も多いのだが、もう文化や習慣として根付いているのだ。
「自然から力を借りるもの、自然へと働きかけるもの、さまざまです」
「はあ……たとえば?」
これまでにマルーシャが見たおまじないといえば、迷子のユーリィを探し出したあれだけ。ダニールは研究者で教育者なのだ、きっとすごいおまじないを知っているのでは。
マルーシャが向けた期待のまなざしに、専門家であるダニールは――たぶん浮かれたのだと思う。やや大技を試そうと決めた。
「では、野原ならではのものを」
おもむろに一歩前に出たダニールは、地面に手をかざし唱えた。
「ツェラム ジニ ツェトゥ ラスタ」
マルーシャはふわりと強い力を感じた。
土の中に熱が生まれる。それがなんなのかわからないままに見つめた。
ダニールはその熱の上にそっと手を添え、待つ。
ぽこん。しゅる。
土がふくらみ、草の芽が吹いた。
「――!」
目を丸くするマルーシャの前で、見る間に茎が伸び、いくつもつぼみができ、ほころんでいく。
そこに咲いたのは、うつむき気味な青紫のオダマキの花。咢がシュルと長く美しい。
「どうでしょう。草花の種に働きかけ、芽吹きを進めるおまじないです」
「種……進める?」
ダニールはやや得意げだ。マルーシャはぽかんとして花の前にしゃがみ、しげしげとながめた。
「きれい。これを、おまじないで咲かせたんですか?」
「はい。地中の種から育てたんですよ」
そこに寄ってきたイグナートとラリサは、ほとんどひきつり笑いだった。
「相変わらず、とんでもないな」
「ほんと。マルーシャ、これが妖精族の普通だと思っちゃだめよ。ダニールはおかしいの」
「え?」
マルーシャは首をかしげた。おかしい、と評されたダニールは不満そうだ。
「研究していたらできるようになっただけだ。習熟の問題だと思うよ」
「んなわけあるかーい。おまえのはもうおまじないじゃなくて術の領域だろが」
「いやだって、僕はおまじないの専門家なんだから」
イグナートに言いきられダニールは渋い顔だ。でもラリサが言うには、普通の妖精族は種からあっという間に花を咲かせるようなことはできないらしい。ダニールのおまじないは超強力なのだった。
どうせなら停まったついでだ、五人は乾いた野原に布を広げて腰をおろし休憩をとった。
自然の中でこんなふうにするのは初めてでマルーシャは深呼吸した。体に力をもらえる気がする。自分は妖精族なのだと血で理解できた。
ダニールが咲かせたアクイレギアがそこで揺れている。
季節外れの花はそれでも強く、喜びに満ちていた。このまま種を落とし、命をつなぐのだろうか。
ファロニアが小国のわりに栄えているのは妖精族の力が豊かな実りをもたらすからだった。
だがそれも、農民たちが毎日ゆっくりと大地の恵みを引き出すおかげ。小麦を急激に育てて二期、三期と収穫したりはできない。この花はあくまで例外だ。
「みんながダニールみたいだったら、やれるのかもねえ」
「食糧を増産できたら大国に対抗できるだろうな」
「いや」
ラリサとイグナートの軽口に、ダニールは首を振った。
「そんなに豊かな土地なら、と侵略されるだけだ。だから侯爵閣下もこのおまじないを広めようとはしなかった」
「世知がらいな、おい……」
もしそんなことが起こったら。
妖精の力が加わらないファロニアなど狭い国。広大な平野よりも収量はおとるだろう。侵略後、期待外れだと打ち捨てられ荒廃するのがオチかもしれない。
「僕の研究は、あまり役に立たないんですよ」
ダニールは少し悲しそうに告白した。それを受けてマルーシャはしばらく考える。そしてポンと手を叩いた。
「農業全部に使うわけにはいかないんでしょうけど、ピンポイントなら商売になるかも」
「え?」
「季節外れの花が欲しい人もいるものですよ」
マルーシャはにっこり笑った。




