80 魔道士アコカンテラの執着
「水を一杯くれるかい?」
僕は、テーブルの上の水差しから、コップに水を注いでばあちゃんに持っていった。
僕は、ばあちゃんをそっと起こしてやり、手を添えて水を飲ませた。
起き上がると、ばあちゃんの細さがよけいにはっきりとした。
ばあちゃんは、一息つくと、また話しだした。
「パーティーが迷宮を去る決断をした夜、ワシは変な夢を見た。
枕元に毛玉のような生き物が立ち、小難しいことをぬかしよる。
要するに、カバンを見つけて、持って逃げろということじゃった。
ワシはなぜか、そのいかがわしい毛玉の言う事を聞いた。
そうしたほうが、いいような気がした。
夜中に目が覚めてすぐに、誰にも言わずに、毛玉に言われた通りに迷宮の奥深くに進んだ。
なんども困難なトラップを抜けた奥に、その小汚いカバンがあった。
ワシはなんの悪い冗談かと思ったよ。
大賢者の残した宝が、キラキラ輝く秘宝ではなく、小汚いカバンじゃと。
でも、ワシが疑ったその瞬間、その小汚いカバンからはワシにも感じとれる妖しい力が溢れた。
ワシにはよく理解できんが、とにかくとてつもない代物だということはなんとなくわかった。
ワシは、言われた通りに逃げることにした。
だが、出口はひとつしかない。
慎重に動いたつもりだが、出口のところでワシを待っておったパーティーと出くわした。
ワシは、何も言わずに逃げるつもりだったから、心臓が止まるかと思ったよ。
とっさに、眠れないから朝の散歩に出たんだとごまかした。
みんなは疑っていなかったが、魔道士だけは鋭い目でワシを見とった。
魔道士アコカンテラだけは。
ワシは、今日は体調が悪いから宿で休むと言って、宿に1人で戻った。
それまでにも、そんなことがなかったわけじゃないから、止められなかった。
ワシは、アコカンテラが来るのではないかと、ヒヤヒヤしながら急いで荷物をまとめ、宿を出た。
急用のためパーティーを断りもなく抜けると、詫びの書き置きをリーダーに残した。
街道を行ったんでは追われそうで、険しい崖を下った。
ワシは身が軽かったから、険しい地形の移動はお手のものじゃった。
数百メートルの崖を下りきってしばらく歩くと、やっと安心できた。
じゃがそこで、嫌な気配を感じた。
ねっとりとした、恨みがましい気配じゃ。
ワシは崖の方を振り返った。
はるか後方の崖の上には、アコカンテラが不吉な瘴気をまとって、立っておった。
ワシは、アコカンテラの魔法はすべて知っていたから、ここまで届くことはないと確信していた。
それでも、不吉な気配に、ワシは震えた。
その不安は、間違いではなかった。
ワシの肩は重くなり、呼吸は速くなり、嫌な汗は止まらなかった。
そして、視界から色を失った。
ワシは、アコカンテラの視線を引き剥がすように、振り返って歩き出した。
その後、この身体を蝕む不調は、ずっとワシにまとわりついている。
それが、黒い森の民に伝わる呪いだと知ったのは、後のことじゃ。」
ばあちゃんは、絶望的な眼差しで、自分の手を見ていた。




