099
「今回は俺に譲れ」
雷鳴が鳴り響き、空が割れる。
まるで空間そのものを切り裂くような轟音と共に、ピカッと光った雷の光で、再び彼の表情を鮮明に見ることとなる。
窶れた表情の中、花蓮との契約神であるシヴァの神器を強く握り締める彼は、勢いよく一歩を踏み出す。
「っ!」
来る。
彼の実力がどれほどのものかはわからない。
悪羅百鬼の記憶の断片を探ってみるが、彼に関する記憶のほとんどは思い出すことができず、重要な情報は見当たらない。
下手をすれば悪羅と同格の反転セカイもちである可能性も考えられるが故に、下手な加減はできない。
いくらセカイでも、反転セカイを用いれば確実なダメージが入るし、あの日空中庭園で悪羅と戦ったように、お互い死ぬ可能性がある戦いになるはずだ。
彼が放つ突きを回避し、七色に輝く炎を見る。
「ゲヘナ」
「マ…ジで殺す気か!」
「当たり前だろ。俺は俺の夢を叶えるために、邪魔なお前を排除するだけだ」
「そりゃあシンプルでわかりやすいな…!」
話し合いも何も必要ない。
ただ目の前にいる男を排除するだけ。
排除というのは、単純にこの世界から抹消する。つまり殺すということだ。
単純明快な答えを聞いた悠馬は、暴風の吹き荒れる闇夜の中、氷の異能で刀を生成する。
「俺自身と戦うのはいつだって変な気分だな…」
悪羅百鬼と戦い、エルドラの国で騎士団長の暁悠馬と戦った悠馬は、3度目の自分自身との戦いだ。
3人とも契約している神も違うし、攻撃系統も違うため、一概に1人の人間として一括りにできるような簡単な敵ではない。
明確な殺意を向けられる悠馬は、氷の刀を振りかぶり、勢いよく投擲する。
「っ!刀を投擲…ヤケクソか!」
「違えよ。お前に格の違いを見せてやろうと思ってな」
氷の刀を投擲すると同時に、悠馬の背後には複数の武器が展開され、浮かび上がる。
悠馬の背中で円を作るように浮かぶ武器は、夕夏のセラフ化状態を意識させる。
トリシューラというワールドアイテムクラスの神器を相手にするなら、並大抵の武器では打ち合えない。
無論氷の密度を極限まで高めれば数発は打ち合えるかもしれないが、一本だけ武器を生成して破壊された時にリスクを負うよりも、最初から複数本用意しておいた方が断然いい。
それに相手の攻撃パターンがわからない以上、近距離と遠距離のどちらでも柔軟に対応できるのだと威嚇しておいた方がいいだろう。
こちらの手数を想像させて、相手の思い切りのいい攻撃を、未然に防ぐための一手だ。
容赦なく放たれた氷の刀のせいで、近距離に踏み込むべきか距離を保つべきか考える彼を前にして、闇を纏う。
全身に闇を纏い、顔だけ露出させている悠馬の姿は、スタイリッシュでありながら禍々しさを感じさせる。
シヴァの再生が適応されないというパラレルワールドの都合上、治癒の異能頼りでは心許ないため、いわば超火力対策の完全防御だ。
闇を纏うことで防御力を上げつつ、こちらも超火力で攻撃を可能にする、攻防一体の異能と行ってもいい。
「チッ、混沌の…」
「これを知ってるんだな」
こっちはリーフの異能のおかげで知った闇の応用だが、コイツはどこで混沌のこの異能を知ったのだろうか?
「セラフ化」
「最初から全力かよ」
「当たり前だ。俺の強さは俺が1番わかってる」
「確かにそうだ」
彼の言う通りだ。
自分の強さは自分がわかっている。
これまでの歴史上の人間の中で、時間遡行を決行し成功させられたのはたったの2人。
そのうちの1人は初代異能王エルドラで、2人目は悪羅百鬼。
しかし目の前にいる男は、特異点を進めることに成功し、悪羅百鬼と対峙するにまで至っている。
つまり何が言いたいかと言うと、パラレルワールドで生きる暁悠馬の殆どは、決意と覚悟があれば時間遡行をある程度まで進められるということだ。
それが成功するのか、失敗するのかまではわからないが、他の人物が時間遡行を行うよりも遥かに、時間遡行を成功させる確率が高いのは事実。
一定の水準以上の実力を有しているのはわかっているから、一度攻撃を交えただけで躊躇いなくセラフ化を使った彼は、白銀のオーラに身を包み、白髪にエメラルド色の瞳で悠馬を見つめる。
「我ながらカッケェな…」
高校時代の姿の暁悠馬のセラフ化。
白銀のオーラに身を包み、神々しさすら感じる圧巻のオーラに、自画自賛してしまう。
漂う緊張感を肌で感じる。
目の前にいる彼は、悪羅百鬼に及ばずともそれに準ずる力を有している。
「光塵」
悠馬はセラフ化状態の彼へと右手を向けると、そこから光り輝く流砂のようなものを放出する。
「っ!?」
キラキラと輝く光の流砂が、真っ暗だった視界に急激に映り込むことで、周辺視野が失われる。
だがこの程度では彼のセラフ化は突破できない。
いくら視覚を失ったとしても、暁悠馬のセラフ化は白銀のオーラを周囲に放ち、範囲内に入り込む物体を自動で粉砕するというもの。
もちろん無意識下であれば、同じ暁悠馬なのだからオーラの範囲内に踏み込むこともできるだろうが、警戒状態の彼のオーラ内に入り込めば、ミンチになっておしまいだ。
背後に浮かんでいる氷の剣を手に取り、聖異能を発動させる。
剣先に光り輝く力の本流が凝縮されると同時に、突き伸ばす。
「白夜ッ!」
光塵で視界を奪うことで、同じ聖異能の白夜を放つことを悟らせないようにした。
これまでの経験から、暁悠馬が最も嫌う異能を発動させた悠馬は、彼が瞳を閉じている中で、正確に白夜を躱したのを見逃さなかった。
「!?」
なぜ躱せる?
今の白夜は当たっていないとおかしい。
自分自身だから断言できるが、セラフ化状態の暁悠馬は攻防を兼ね備えているが故に、下手に動いて攻撃を貰うよりも、動かずに視力を戻すのを優先するはず。
それに今の回避は、明らかに白夜が見えている動きだった。
「まさか…」
「第3の目。残念だったな。そんな小細工、視力を失ったところで俺には当たらねえよ」
「羨ましいな…俺もそれ欲しいかも」
第3の目。
それはシヴァの結界の恩恵のひとつで、悠馬は再生の恩恵しか得ていない都合上、使うことができない力のひとつだ。
超直感とも言える、第3の目から悠馬が放つ攻撃を予感していた彼は、徐々に取り戻されていく視野の中で、黒髪の暁悠馬を睨みつける。
「随分と余裕そうだな。こっちはセラフ化使ってるっていうのに、この程度セラフ化を使わずに戦えるとでも?」
「俺はセラフ化だけが全てじゃないと思ってる。それにまだ、ハデスほどの威圧感は感じない」
「ハッ…出し惜しんで死ぬ直前で言い訳すんなよ?」
「ニブルヘイム」
「ムスプルヘイム」
氷と炎の領域が激突し、周囲の地形は大きく変貌する。
足元に生えていた、雨に滴る雑草は一瞬にして凍りつき、その後熱気で一瞬にして灰になっていく。
まるでこの世の終わりのような光景が、視界に映る。
「それじゃあ火力を上げるぞ」
サーチの異能を発動させ、生体反応を確認する。
近くには人間の反応がないから、大規模火力の異能を使っても問題なさそうだ。
そう判断し、来栖の死の王に放った魔法陣のようなものを展開させた悠馬は、右手を伸ばして衝撃波を放つ。
地面が抉れるほどの衝撃波と共に、黒い雷と電磁波が吹き荒れる。
「くっ…!お前…!」
彼は堪らず地面を転がり、白銀のオーラでは防げない衝撃波の余波を喰らって両膝を地につける。
「セラフ化を使わずとも、こういうこともできる」
「化け物野郎が…」
「お前に言われたかねえよ」
これだけの規模の攻撃ならば、シヴァの第3の目で攻撃を直観していても、セラフ化を発動させていてもある程度は通る。
真っ黒な髪を雨風に揺らし、冷静な眼差しでセラフ化状態の彼の動きを見る悠馬は、氷の剣を投げ捨てると、背後に浮かんでいる槍を掴んで投擲する。
悠馬が投擲した槍は、時速80キロほどのスピードで彼へと向かい、彼の腹部に突き刺さる前に、ギャリギャリと音を立てて白銀のオーラに粉砕される。
「鳴神ッ!」
「チッ、鳴神!」
間髪入れずに攻勢に出る。
バランスを崩し、彼がこちらの実力を感じ取った今がチャンスだ。
同じ暁悠馬と戦うという警戒心、セラフ化を自分だけ使用しているという焦り、そして実力が相手の方が上なのではないかと感じる不安。
それらの感情が先行し、悠馬が鳴神を発動させるのと被せて、彼も鳴神を発動させる。
人間、不安を感じた際は周りと動きを合わせるものだ。
ミラーリングをすることによって、相手に近い動作を行うことで、自身の中に渦巻く不安を掻き消そうとする。
「だけどそれは悪手だろ」
「は?」
「せっかくもう一つ目があるのに、目に見えることだけを優先させたな」
「っ!?」
鳴神は一瞬周囲に雷を放出することから、発動時に使用の有無の判断がしやすい。
だから悠馬は、鳴神を発動させた裏で、静かに身体強化を発動させていた。
鳴神に身体強化を重ねがけしていることで急加速した悠馬は、一気に彼の間合いへと入り込み、白銀のオーラが反応するよりも早く、腹部へと拳を打ち込む。
「かはっ…」
彼が第3の目を使用したままだったなら間合いに踏み込むことすら許されなかっただろう。
しかしミラーリングをして不安を払拭しようとしたことで、彼は目に見える情報だけを優先しようとした。
メキメキメキっと腹部から不快な音が響き、十数メートル吹き飛ぶ。
「加減はナシだ。シヴァの再生があるなら、このくらいで死ぬことはないだろ」
「てめ…」
「言葉遣いがなってねえな。どっちが格上かはもうわかってんだろ?」
腹部に大きな損傷を負ったことで、セラフ化が激しく乱れている。
不安定な白銀のオーラと、一撃で意識を半分以上刈り取るような腹部への一撃でできた大きな隙に、背後に浮かんでいた氷の刀を手に取り、投擲する。
「ぐ…」
悠馬が放った氷の刀は、次は白銀のオーラに粉砕されることなく、彼の肩へと突き刺さった。
「もういいだろ。俺の勝ちだ」
「くっ…殺せよ」
「殺すつもりはない。…言ったろ。俺はこの世界を救いに来たって」
「だからこそだろ。…俺はこの世界の住民じゃない。謂わば部外者だ」
「確かに部外者ではあるが…だからってお前を殺す理由にはならない」
システムウィンドウからの指示は、この世界を救うこと。
その過程において目の前の暁悠馬を生かすも殺すも指示されていない。
しかもこれまでの特異点…パラレルワールドを乗り越えていく中で、誰1人として殺していい存在はいなかった。
もちろん戦うことにはなったし、多少争いはしたものの、前提条件としてこの世界を救ってくださいに含まれる対象は、パラレルワールドに辿り着いた時点で存在している人々を救えということではないのだろうか。
…そもそもの問題だが、目の前の彼が花蓮を失ったのは全くの別時間軸の話であって、悪羅百鬼が時間遡行で干渉したことにより、大前提が崩れてしまっている。
その上悪羅百鬼が敗れ完璧な暁悠馬が誕生したのだから、おそらく彼はこの特異点に取り残された残留物。
彼の元いた別時間軸の世界自体は特異点でないため、今は存在していないと思われる。
だからおそらく、このパラレルワールドを無事に救済すれば、彼は元いた世界に戻れるはずだ。
それが時間を巻き戻した状態なのかどうかはわからないが…
「星屑…いるか?」
彼の名前を口にする。
すると雨粒に紛れて、微かな声が聞こえてきた。
「別次元の君に干渉するつもりはなかったんだけど…何かな?」
悠馬が名前を呼んだ後、クリーム色の髪色をした少年は、懐かしい顔を見たような様子で歩み寄ってくる。
こいつ、ほんっとにどこにでも現れるな。
星屑が神であることは知っているが、監視でもしているのだろうか?
「何かな?…じゃねえよ。色々と聞きたいことがあったが、俺の世界のお前は干渉力をほとんど使い果たしていて話すことができない。…だがこの世界ならワンチャン話せるんじゃないかって思っただけだ」
これまでの特異点において気にしていなかった部分だが、最初からこうして星屑を呼んでいればよかった。
そうすればパラレルワールドの周りくどい考察なんてせずに、スムーズに話を進められたのに。
我ながら盲点だったというか、自分の頭で星屑のことをこれまで思いつかなかったことに肩を落とす。
「それで?そっちの僕は君と仲がいいようだし、可能な限りで答えてあげるよ」
「ありがとう。…それじゃあこいつ、この暁悠馬はこのパラレルワールドを救済した場合、どうなる?どこへ行く?」
「人の心配より自分の心配したら?君、死相が見えてるよ」
星屑は真剣な眼差しで呟く。
真っ直ぐにヘッドパープルの瞳を見つめ、全てを見透かそうとする彼の眼差しに、咄嗟に俯く。
「俺のことは俺がなんとかする。ひとまず俺の質問に答えてくれ」




