99.9
シンプルな作りの部屋の中に、手足を鎖で繋がれた男が収容されている。
長い金髪を靡かせ、片方の瞳に眼帯をつける男は、俯き加減で椅子に座り、大人しくしている。
そんな彼を、ガラス越しに見つめるアルデナ。
先日悠馬が捕えたユディット・オルランドの様子を見に来ているアルデナは、特に変わったそぶりのないユディットを見て、興味を失ったように視線を逸らす。
「ミュランくん。ずっとこの調子だが、彼は精神病患者かなにかなのか?」
横に立っている銀髪の総帥秘書、ミュランへと訊ねる。
「いえ。精神的には健康体だと報告を受けております。もしかすると片目の視力を失ったことで、ショックを受けているのかもしれません」
「あれだけ派手にやらかしたんだ。そんなタマではないだろう…。兄の方は?」
「ネリット・オルランドは受け答えが正常にできるレベルにまでは回復していますが、暁悠馬を襲撃した際の記憶がチグハグで、無理に質問をすると気が狂ったように暴れるそうです」
「……そうか」
何かを知っているアルデナ。
ネリットに無理な質問をすると暴れると聞いても、驚くそぶりもなくそれを受け入れた彼は、ガラスへと手をついた。
悠馬の指示通り、自称悪羅事件の収束宣言は済ませている。
アメリカ支部で国家非常事態宣言が発令されているが、今から訪米するべきなのか、それとも自称悪羅事件についてもう少し詳しく調べるべきなのかは迷うところだ。
そもそもアメリカ支部には悠馬が行っているし、悠馬がいるのに総帥が複数人必要かと言われたら、かなり微妙なところだ。
軍部はローガンの同意なく送り込むことはできないし、ローガンから軍部の派遣依頼も来ていないから、現状アメリカ支部の一件は、悠馬に任せる方向でいいだろう。
そう考え、自身の中で結論を導き出したアルデナは、収容所の一室から出ようとする。
その時だった。
微かに声が聞こえてきたような気がして、立ち止まる。
「…いない」
室内に聞こえる声。
もちろんその言葉は、アルデナやミュランが発したものではない。
声を聞いて振り返ったアルデナは、ユディットの方へと向き直り、ガラスを叩いた。
「何か言いたいことが?」
「…お前たちは何もわかっていない」
「なんだと?」
ガラス越しに視線を向けてきたユディットは、その瞳から誰がどこにいるのかハッキリ見えているようだ。
このガラスはアルデナ側からは室内が見えて、ユディット側からはただの壁に見える作りになっているわけだが、彼の目にそんな誤魔化しは通用しない。
報告にあったように、彼の〝目〟が特別だと知っているアルデナは、驚くことなく彼と言葉を交わす。
「ユディット・オルランド。君は極悪人ってわけじゃない。…確かに暁悠馬と戦った際の被害範囲を考えれば、君は非難されるに値するが、被害者はこれまでただ1人だ」
ユディットが殺害したのは、イタリア支部軍の隊長1人。
しかもその隊長は、裏で悪事…犯罪行為に手を染め、悪逆の限りを尽くしていた。
もちろんその事実が判明したのは、ユディット逮捕後の供述からだ。
彼は犯罪者ではあるが、極悪人ではない。
それがアルデナの考えだった。
アルデナが声をかけると、ユディットは無表情のまま口を開く。
「コイル・アルデナ。暁悠馬はこの場にいないのか?」
「…ああ。アレは多忙だからな。いち犯罪者に長時間構っていられるほど余裕はないんだ。その〝目〟でわかってるだろう?」
「生憎と、視力も極端に落ちて、君ら程度の距離でなければ、気配を感じ取ることすらできない」
「それが代償か」
無理に力を行使した結果、ユディットは悠馬との戦闘時ほどの力を所持していない。
異能に関しては依然変わらずだが、気を感じ取れる、オーラを読み取れる特別な目は、片方は視力を失い、片方は劣化し、近距離でなければオーラを読み取ることすらできなくなった。
以前のように、遠距離やテレビ越しにオーラを感じることはできないだろう。
しかしユディットは、力を失ったというのにその点に関しては何の未練もないように感じる。
「特別な力を失ったと言うのに、随分と清々しい様子だな」
「特別な力を持たないものから見ると、そう感じるのかもしれないな」
特別な力といっても、過ぎた力は体に毒だ。
目が足枷になって苦労したユディットは、オーラを感じて眠れない夜がもうない。
視覚情報が弱まったことで、この呪いとも言える力から解放されたユディットが、清々しい様子を見せるのは自然な流れだ。
アルデナはユディットに特別な力を持たないと言われ、眉をピクリと動かす。
「…ほう?俺は特別に見えないか?」
「見えませんよ、こんな詐欺師みたいなヤツ」
「ミュランくん、君は俺の敵なのかな?」
横から味方だと思っていたミュランに不意打ちを喰らったアルデナは、ツッコミを入れる。
ユディットから見ると、アルデナは特別でも何でもない。
善でも悪でもない中途半端なオーラに、そこそこレベルの高い異能。
別にこの程度ならどこにだっているレベルだし、特別とは言えないだろう。
アルデナは自分が特別じゃないと評され、笑いながら肩を落とす。
「君は面白いな。釈放してあげようか?」
彼は使える。
今は力の大半を失っているかもしれないが、セレスのオーバーヒールがあればユディットは元の力を取り戻すだろうし、何よりも彼の〝目〟は魅力的だ。
ここで腐らせるには勿体無い…いや、腐らせてはならない存在だと言ってもいい。
彼が同意するなら、名前も身分も全くの別人にして、総帥邸で裏方をさせてもいいだろう。
そう考え、彼に釈放を提案してみる。
「ば…!何言ってるんですかアルデナ!」
アルデナの唐突な発言に、ミュランがツッコミを入れる。
ユディットはこれでも犯罪者だ。
逮捕後に反抗的な態度や危険行為はないものの、イタリアの都市を破壊するほどの力を持った人間を、そう簡単に釈放なんてできない。
アルデナがヘラヘラと笑い釈放を提案すると、ユディットは無表情のまま首を横に振った。
「お断りだ。ここの方が安全そうだしな」
「安全?」
「そうだ。これから世界は大きく揺れ動くだろう」
「何を知っている?お前は何を見た」
何かを知っているような口ぶり。
オーラを読み取ることができる特別な力が薄れたユディットだが、彼はその力を損なう寸前に、一体何を見たのだろうか?
最後の最後で、朱理に大きな反応を見せていたことを思い出したアルデナは、彼が何を見たのか問う。
ユディットはアルデナに問われると、天井を見上げて息を吐いた。
「時期にわかる。この世界が何度目なのか、そして今度こそうまくいくのか…それはあの女次第だ」
「なんだと…?」
「どういうことですか?」
ユディットは含ませ気味にそう告げると、食い入るアルデナとミュランがいる方に向けて手を振る。
「これ以上話すと、あの女に殺されそうだ」
「ふぅむ…誰かは何となく察しがつくから、これ以上は踏み込まないでおこう」
***
「ざっけんな…」
「何でここがわかったんだよ…」
ドバイ国際空港。
人々が遠巻きにカメラを向けたり様子を伺ったりとしている中で、堂々と歩く浅黒い肌の男は、白スーツの袖から出るシャツのカラスボタンを触りながら、男たちを見る。
「残念だったな。エジプトで素顔を見せた時点で、お前らの逮捕は既定路線だ」
「くそ…」
「ここはドバイだぞ!?エジプト支部総帥がこんなところで異能を使って逮捕だなんて、越権行為じゃないのか!?」
「んなわけないだろバカが。エジプト支部とUOEは条約に基づき互いに逮捕権を得ている。犯罪人の引き渡し条約もあるし、事前に申請をしている場合は越権行為に当たらない」
砂に覆われ、頭以外動かせない状態にされているテロリスト集団たちは、つい8時間ほど前に、悠馬と戦っていた人物たちだ。
エジプト支部から少し離れた中東の国、ドバイへと逃亡を図った彼らだったが、残念なことにドバイには、サハーラが先回りしていた。
素顔を見せた時点で逮捕は既定路線だったと話すサハーラは、捕獲したテロリストたちに興味はないのか、スマートフォンを取り出し、どこかに電話をかける。
「俺だ。テロリストたちは捕まえた。ああ。今からアメリカ支部に発とうと思う」
「はは…!アメリカ支部が国家非常事態宣言を発令したのは知ってるが、まさか俺たちが盗んだ研究のせいか?」
電話でやり取りをするサハーラに対し、テロリストの1人が嬉しそうに話す。
それは一種の煽りだ。
もう自分が逮捕されて助からないのなら、せめて自分を捕まえた男を煽りたい。
自分たちのせいでサハーラが苦境に立たされていることが嬉しいのか、ヘラヘラと笑うテロリストに、冷めた目を向ける。
「お前たちには関係のないことだ」
「強がるなよ。内心焦ってるんだろ?大した学のない俺たちにしてやられたって認めろよ」
「それほどでもない。逆に聞くが、お前はエジプト支部の研究程度で、暁悠馬をどうこうできると思っているのか?」
「っ…!」
暁悠馬の実力は、誰もが知っている。
負けているのに勝ち誇ったようにサハーラを煽ったテロリストは、悠馬の話を出されて言葉を詰まらせる。
「今後の俺たちのことをお前らが心配する必要はない。それにそんな余裕もないだろ。お前たちは自分たちの心配をするべきだ」
勝ち誇ったように煽っているが、結局コイツらは捕まっている。
そんな状態で調子に乗っていたところで、待っているのは暗い未来だけだ。
軽い気持ちで大金が手に入るからとデザインの研究データを盗んだのだろうが、その罪は一生かけて償っても余りある犯罪だ。
事実確認はまだだが、現にアメリカ支部西部海岸の大火災にデザインが関連していると言うなら、サハーラも非難を免れないだろうが、もちろんそれ以上にテロリストたちも非難される。
きっとローガンはテロリストたちの身柄引き渡しを要求してくるだろうし、アメリカ支部とエジプト支部も犯罪人引き渡しの条約を結んでいることから、それに応じる他ない。
デザインのデータを洩らしたのはエジプト支部なのだから、交渉の余地はないだろうし、サハーラ自身も、テロリストたちを守る気もない。
自国の民としてではなく、ただの罪人として扱うと決めたサハーラは冷たいものだ。
ちょうど事態を聞きつけたのか、ドバイ警察が駆け寄ってくるのに気づいたサハーラは、砂の異能を解除することなく彼らに歩み寄る。
「サハーラ総帥、お疲れ様です!」
「お疲れ様。他国の空港で騒ぎ立てして申し訳ない。彼らは昨日エジプト支部でテロ行為を実行した人物たちで、UOE大統領のマトゥルーヌ氏には承諾を得て、異能を使わせてもらった」
「存じております!サハーラ総帥がいらっしゃった際には、協力するようにとのお達しです!」
事前に協議を済ませ、承諾を得てから動いていたため、警察とのやりとりもスムーズだ。
外に並ぶ大量の警察車両、スポーツカーやスーパーカー、大型車両を目にしたサハーラは、敬礼する警察官の肩を叩く。
「この後はどうなさいますか?」
「ああ…護送が必要だな。空路ではなく、陸路と水路でコイツらをエジプト支部まで送り届けて貰ってもいいか?…環境は気にしない」
「はっ…!」
環境は気にしない。
その一言で、警察官の目つきが変わった。
環境が気にしないというのはつまり、人間的に扱わなくていいということだ。
もちろん殺すことは許されないが、人権を尊重させる必要はなく、食事は最低限、環境も最悪の状態で許されるということ。
現在、テロリストである彼らがどんな事件を引き起こしたのかなんてUOEの中には話が入ってきてないが、サハーラのその一言だけで、彼らがかなりマズイ事件を起こしたことだけはわかる。
「俺は今から、アメリカ支部に向かわせてもらう。詳細な打ち合わせは、うちの総帥秘書とお願いしてもいいか?」
「もちろんです!中東唯一の総帥であるサハーラ総帥の指示とあらば、必ず遂行して見せます!」
「はは、ありがとう」
別に護送と総帥秘書とやり取りしてもらうだけだから、そんな大袈裟にしなくてもいいんだけどな…
中東で唯一の総帥、しかも経済発展を大きく遂げている最中とあってか、尊敬の眼差しをつけてくる警察官に、苦笑いで答える。
これにて一旦、テロリストの件は片付いた。
ようやく偽物ではなく本物を捕えることに成功したサハーラは、足早にドバイ国際空港のアメリカ支部行きのゲートへと向かっていく。
「暁がいるから問題ないだろうが、尻拭いくらいは自分でしないとな」




