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dear…  作者: 平平方
終章Ⅲ
98/103

098

 アリスは飲み物を用意しないことを宣言し、早速本題に入ろうとする。


 ローガンは彼女の向かい側の長掛けのソファに腰掛け、彼から1番離れたところにルクス、オリヴィア、セレスの順で座っていく。


 悠馬はアリスが本題に入ると発した瞬間、視界に何か映ったのか、一瞬眉間に皺を寄せたが、すぐにセレスとローガンの間に腰掛ける。


「ローヴェル・アルベルトは、お察しの通り第5次世界大戦中にPTSDを患い退役した軍人だ」


 悠馬が腰をかけると同時に、話を始める。


「んなこたぁわかってる。俺たちが知りたいのは、データベースで調べられる情報じゃなくて、アリス、お前が目で見て言葉を交わしたローヴェル・アルベルトの情報だ」


「…一言で言うと、野心家…だな」


 ローガンから自分の主観で話をしろと言われ、思ったことを口にする。


 濡れた髪をタオルで拭き取り、手入れを欠かさないアリスは、ローヴェルを野心家だと評価した。


「実力は伴っていなかったが、総帥や異能王を夢見ていたのだと思う」


「ハッ、ザッツバームルートを期待した輩か」


 どこの国にも、軍部から総帥、総帥から異能王とステップアップを狙おうとする人は少なからず存在している。


 現在の総帥の中で軍人上がりなのはロシア支部総帥のザッツバームだけだが、これまでの歴代総帥の中で、軍部から総帥になった人物は各支部それなりの数がいるし、割合としては4割近くを占める。


 軍部以外から総帥に選ばれる人間は、基本的にフェスタで優勝していたり、異能島を卒業しレベルも学力も優れていたりとかなりの実績を有していることが多いわけだが、学力が足りなかったり実績を残すことができなかった人々が総帥になるチャンスを得るには、軍人になるしかないと考えてもらえたらいい。


 ザッツバームのように、軍人から成り上がる考えをしていたローヴェルを嘲笑うローガン。


 ルクスはアリスの話を聞いて、首を横に振る。


「やれやれ。ザッツバームクンみたいなのは特別な人間さ」


「ああ、そうだ。軍人から総帥になれるのは特別な人間だ。だからローヴェルは総帥になれなかった」


 いや、厳密に言うと総帥になる以前の問題だった。


「ヤツはシベリアで漆黒…この女と出会い、連合国軍が壊滅させられるのを見て戦うことができなくなったんだ」


 ルクスが…覚者が軍部を蹂躙する光景は、凡人にトラウマを与える。


 自分には特別な力があると勘違いしている軍人たちは、大抵覚者を前にして、現実を知るものだ。


 ローヴェルの場合は、ルクスという覚者を目の当たりにすることで、自身がちっぽけな存在なのだと思い知らされた。


「そこからはとんとん拍子だ。しばらく軍医に診てもらったし、腕の立つと言う病院を紹介したが、戦後数年間PTSDが治ることなく、退役を進めた」


「最後の面談は?」


「ひどく狼狽していたが、このままでは命を落とすだけだと告げると、大人しく退役を選んだよ」


「なるほど…特に問題はなさそうだな」


 その過程において何か強い恨みや憎しみの感情があった可能性は低い。


 自身の命と野心を天秤にかけて、ローヴェルは命を選んだだけ。


 アリスが何かを強く指示したわけでもないため、不可解な点はないと言える。


「ローヴェルの話は無価値だな。それじゃあ、次の話題だ」


「なんだ?まだあるのか?」


 ローヴェルの話から欲しい情報が得られなかったローガンは、次の話題へ移ろうとする。


「ああ。…アメリカ支部にお前が建てた隠し研究室…もしくは俺が知らない実験施設はどこに何個ある?」


「…意味がわからないな」


「惚けてんじゃねえ。お前が世界大戦中に人体実験してたのを知ってんだよコッチは」


「…アリス。正直に答えろ。こっちはアダムもアルカンジュも知ってんだぞ」


 研究施設や実験施設の話はしたくないのか、誤魔化そうとした彼女に、2人は間髪入れずに問い詰める。


「…アラスカ州のプロスペクトクリーク…政府のデータから抹消した最悪の施設があった場所だ」


 観念したように、バツの悪そうな表情で呟くアリス。


 おそらくそこで、彼女は人工結界の実験と人工セラフ化の実験をしていたのだろう。


 今は完全に廃棄された忌まわしき歴史なのか、できれば思いだしたくなさそうなアリスは、「それ以外は知らない」と付け足す。


「アメリカ支部の貴重なデータを抹消するなんて、ほんっとにお前はクソだな」


「うるさい。不要なデータと問題になる記録は、すべて抹消すべきだと判断したまでだ」


 誰かが研究記録を見て、再び研究を再開しないように、記録を消しただけ。


 施設はすでに破棄しているし、当時の研究者たちも殆ど制圧している。


 暴走した研究者たちを抹殺した記憶を覚えているアリスは、苦虫を噛み潰したような表情で、手を払う。


「帰れ。嫌なことを思い出した」


「ああ。お前は用済みだ。いくぞ暁」


「………ああ。行こうか。ルクス」


「?うん」


 ローガンから名前を呼ばれ、数秒間無言だった悠馬は、突然ルクスの名前を口にすると、アリスへの挨拶をせず、そのままリビングを後にする。


 セレスは悠馬が挨拶をせずに去っていた姿を見て小さく首を傾げると、アリスへと向き直り深々と頭を下げた。


「夜分遅くにありがとうございました」


「気にするな」


「アリス、また会おう」


「ああ。オリヴィア。気をつけろよ」



 ***



「これは…」


 大雨が降り頻る空間で、小さな声を吐き出す。


 周囲は雷雨。

 まるで大災害が起こっているのかと錯覚するほどの雨の中、黒髪の少年は顎に手を当てる。


 高校時代の姿にまで戻っている悠馬は、視界に映る赤いシステムウィンドウを前にして、戸惑っていた。


 〝ユーザーが一定期間不眠だったため、強制的に特異点へ移動します。残り時間 0分0秒〟


 そう記されている。


 先ほどアリスの邸宅に入ってから突然現れた10分のカウントダウン。


 現実世界で赤いシステムウィンドウを見たのは初めてだったから、幻覚の可能性を鑑みてスルーしたが、どうやらシステムウィンドウは本物だったようだ。


「そう来たか」


 アメリカ支部に到着してから、眠っていない悠馬。


 まだアメリカ支部に到着して数時間しか経っていないものの、このウィンドウから察するに、特異点…パラレルワールドに入るべきタイミングで不眠だった場合、強制的にパラレルワールドに飛ばされるということか。


「…となると、俺はアリスの家で意識を失ってるのか…?」


 眠っている間に起こるはずのパラレルワールド移動が、起きている間に起こってしまった。


 ならば元の世界の俺の身体は、突然意識を失って倒れているということだろうか?


 あの場にはセレスやルクス、オリヴィアもいることから、意識を失っているなら大事になっているかもしれない。


 そんな不安が脳裏に過ぎると、その不安を感じ取ったのか、直後に赤いシステムウィンドウが再ポップした。


 〝ユーザーが不眠だった場合、代わり縺ョ證∵あ鬥ャ縺悟ッセ蠢懊@縺セ〟


「あ…?」


 何か重要な文章なのだろうが、途中から文字化けしていて読むことができない。


 代わりがなんだ?代わりに何かしてくれるのだろうか?


 不眠だった場合の何かがあることはわかるが、その何かがわからないのは少し不安だ。


「とりあえずはこの特異点を早急に終わらせるべきか」


 ピシャッ!と落雷が光る中、そう結論づける。


 そんな時だった。


 落雷が光った瞬間、悠馬の瞳には人影が映った。


 真夜中の雷雨。


 周りの音が聞こえないほどの雨音と雷の音で、完全に気配を感じ取れなかった。


 …いや、それよりも今の一瞬見えた人影は一体なんだ…?


 見覚えのある…というか、鏡に映った自分自身の影のような姿。


 大きく目を見開き、窶れた姿の自分が見えたような気がして、鳥肌が治らない。


 アレは自分でもないし、悪羅百鬼でもない。


 自分自身のはずなのに、自分自身じゃない何かを目撃した悠馬は、視界の端で銀色の何かが煌めいたのを見逃さなかった。


「っ!?」


 首筋を狙って飛んできた攻撃を、後ろに重心移動させて回避する。


「おい…お前は誰だよ?」


「それはこっちのセリフだ…!お前は何をしにここへ来た!?」


 雷雨の中、聞こえてくる声。


 着ている服も全身も雨で濡らす悠馬は、再び光った雷の中で、目の前の人物が暁悠馬なのだと理解する。


 直後、青いシステムウィンドウが開く。


 〝この世界を救ってください〟


 今はそんな表示、どうでもいい。


 システムウィンドウに浮かぶ文字などすぐに忘れ去り、目の前に立っている暁悠馬でもなく悪羅百鬼でもない暁悠馬を前にして、警戒心を強める。


 こんなに窶れた自分は見たことがない。


 得体の知れないほど窶れた目の前の男は、シヴァの神器、トリシューラを片手に携えている。


「トリシューラ…」


 ってことは花蓮ちゃんと付き合っているのは確定か。


 悪羅は夕夏を選んだ世界線の暁悠馬であるが故に、花蓮と共にしたシヴァの結界を失っている。


 だが目の前にいる男はトリシューラを手にしているということはつまり、コイツは花蓮ちゃんと繋がりがあるということだ。


「花蓮ちゃんはどこにいる?」


「…るせぇ…黙れよ」


「黙って欲しいなら質問に答えろ。花蓮ちゃんはどこにいる?今どういう状況だ?」


「黙れって言ってんだろ!テメェは何しに来た?今度は美哉坂朱理を蘇らせるとでも吐くんじゃねえだろうな!?」


 窶れた彼の口から出てきた言葉で、何かの記憶がフラッシュバックする。


 大雨の中、断片的な記憶を思い出す悠馬は、その記憶が自分自身のものではなく、悪羅百鬼のものだと気づく。


 そう。コイツ…今目の前にいる暁悠馬もまた、悪羅百鬼と同じく時間遡行を目論んだ1人の人間だ。


 悪羅百鬼が美哉坂夕夏が生かすために時間遡行をしたように、目の前の男は…


 ピシャッと再び雷が落ち、悠馬はレッドパープルの瞳で彼の真っ黒な瞳を見つめる。


 そう。この男は花咲花蓮を生かすために時間遡行をした、暁悠馬だ。


 どうして考えつかなかったのだろうか?


 悪羅百鬼が美哉坂夕夏を生かすために時間遡行をしたように、他の世界の暁悠馬は、また他の彼女たちを生かすために時間遡行をする可能性。


 そして当然だが、ある一定の力を有している暁悠馬ならば、時間遡行が可能だということを。


 全く考えていなかった可能性を知ると同時に、悪羅百鬼の記憶が流れ込んできた悠馬は、額に手を当てて険しい表情を浮かべる。


「少し、話をしよう。お前はこれが2回目だな?」


「…どうしてそれを…」


 攻撃的にトリシューラを構えていた彼は、悠馬の2回目という発言を聞いて、たじろぐ。


 どうやら前回の記憶は有しているらしい。


 もちろん前回の記憶と言っても、前回は悪羅百鬼が可能性を破壊した記憶なのだから今とは全くの別物だが、この反応だけで、何をどう話せばいいのかはある程度纏まった。


「先に結論を伝える。俺は花蓮ちゃんとも結婚してるし、元の世界では30代だ。時間遡行をしているわけじゃない」


「んな…」


 大雨が滴る中、口をぽかんと開ける。


 理解ができないだろう。


 自分自身は時間遡行をするためにこのパラレルワールドに迷い込んでいるというのに、そこに突如として現れた全てを手に入れたはずの自分。


「じゃあ…お前は何しに来たんだよ?」


 彼は問う。

 暁悠馬は一体、何をしに来たのか。


「この世界を救いに…かな」


 正直に答える。


 目の前にいる彼がこの世界を破壊するためにこの特異点に訪れたとするなら、悠馬はこの世界を救うために、このパラレルワールドに訪れている。


 その言葉を聞いた瞬間、彼は一度下ろしかけた神器を再び構え直す。


「ならばお前と俺は平行線だ」


 お前も構えろと言わんばかりの殺意。


 その殺意からは、これまで彼がどれだけの困難に立ち向かってきたのかが滲み出ている。


 並大抵の旅路ではなかったはずだ。たくさん傷つき、自分の運命を呪ったことだろう。


 おそらくここが、最後の特異点、パラレルワールド。


 そんな予感がある。


 これまで八神の結末や夕夏、エルドラにティナと4つのパラレルワールドを渡り歩いたが、想像出来うる限りの残りは混沌。


 それ以外に何か可能性があるようなタイミングがあったのかはわからないが、星屑の話した全ての可能性は、ここで終わりの可能性が高い。


 悠馬はレッドパープルの瞳でじっと彼を見つめる。


「この状況で俺たちは殺し合わないといけないのか?」


「当たり前だ。お前が世界を救わないといけないように、俺はこの世界を壊さなくちゃいけない。互いに成すべきことが真逆なんだから、殺し合う運命だろう」


「そうか。そうだな」


 確かに、彼の言う通りだ。

 互いに成すべきことが違うのだから、争わなくちゃいけない。


 彼には譲れない目的があるわけだし、正直言ってこっちよりも切実なのだと思う。


 どうしてもやり直したい人生がある彼は、止まることはない。


「一度は譲った。今回は俺に譲れ」

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