097
無事に会見を終え、ローガンが用意していた車へと乗り込む。
「私が運転します。ローガンさまは右腕を治癒したばかりなので、安静にしてください」
「私が運転するぞ。一応免許はアメリカで取っているからな」
「やめておきなよオリヴィアクン。死人が出るよ」
「なっ…!なぜ私が運転すると死人が出るんだ!?」
「クソうるせぇな…オイ異能王、もうちょっと大人しい戦乙女を連れてくる選択肢はなかったのか?」
車内で誰が運転するか言い合っている戦乙女たちを見るローガンは、呆れたように呟く。
多分だが、ローガンが言っているのはなぜ美月や夕夏、愛菜を連れてこなかったのかということなのだろう。
ルクスとオリヴィア、朱理は特に思ったことをはっきり口にするし、その過程で言い合ったりもするため、ローガンとも口論になる可能性が高い。
「悪いな。夕夏は日本支部の事務処理、美月はエジプト支部で動いてもらったから休んでもらってるんだ」
「だからって主張の強い元冠位を2人も連れてくるか?」
せめて片方だけにしろよと言いたげなローガンに、セレスは申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「申し訳ございません。悠馬さまがエジプト支部で対応中だったため、今回の戦乙女選出は私の方で行いました。中継からして、これが最適な人選だと判断しました」
「……なら仕方ないか。気にすることはない、隊長。これはこれで助かってるからな」
オイ、ローガン。
さっきまで文句言ってたくせに、どうしてローゼがこの選出を行なったと言った途端に優しくなるんだ?
ぐちぐちと悠馬に対して小言を言っていたのに、この判断はセレスが下したと聞いて、急に優しくなるローガン。
悠馬はハンドルを握るセレスを横目に、ローガンを睨む。
「そう言うんだったら朱理と花蓮ちゃんを選出してやればよかったな。お前が喜ぶ2人」
「…やめろ。その2人と俺の相性が最悪なのは、お前が知ってるだろ」
「でも実力は確かだ。好き嫌いで仕事してられる立場かよ」
「くっ…」
異能王は当然だが、総帥も好き嫌いで仕事をできる立場ではない。
外交を行なっていく都合上、嫌いでも顔を合わせなければならない人もいるし、その嫌いという感情を隠して対応しなければならないことも多い。
悠馬からぐうの音も出ない正論を突きつけられたローガンは、不服そうに車の窓から見える景色へと視線を移す。
「目的地はアリス前総帥のご自宅、ワシントンO.C.でお間違い無いですか?」
「ああ。クソチビは引っ越してないからな」
「アリスはまだあんな大豪邸に1人で住んでいるのか?」
「当たり前だろ。あの性格で再婚できると思うか?」
「君が言えたことでは無いけど、難しいだろうね」
「あ?黒いの、今なんつった?」
「君が言えたことでは無いって言ったんだよ。ほら、君ってアメリカくんだから、ちょっとヤバいやつじゃん」
アリスが再婚できないと馬鹿にしていると、不意打ちで攻撃されたローガン。
独身だということをネタにされ、君が言えたことでは無いと言われた彼は、額に青筋を浮かべてルクスを睨む。
「愛国心が強いと言え」
「極右」
「右で何が悪い」
「悪いなんて一言も言ってないよ」
「チッ、暁悠馬…コイツを黙らせてくれないか?」
「ルクス、その辺にしてやれ。図星を突かれて可哀想だ」
「それは申し訳ないね。悠馬クンがやめろというなら、この辺でやめておくよ」
「くっ…!お前らが異能王と戦乙女じゃなければ、絶対に一発ずつ殴ってた」
「上司は殴れないよなぁ…」
「いつか殴る」
普段はローガンが食ってかかってくるから、こういう何気ない仕返しが1番気持ちいい。
ありがとうルクス!
お前のおかげで、この狂犬を虐待することに成功した!
いつもは黙って好きなことを言わせていたが、ルクスの飼い犬を躾けるような流れる暴言から逃げ出したローガンに、トドメを刺すと気分が良くなる。
「その様子からしてもう身体のダメージはなさそうだな」
「おかげさまでな。お前らの煽りのおかげで、右腕も調子が戻ってきたところだ」
「そりゃあよかった。うちのローゼに感謝しろよ」
「聖女〝には〟感謝してる」
「おっと…キミらを助けたボクに感謝はないのかい?」
「お前はローヴェルを攻撃しただけだろ。火災を鎮火してくれた戦神、お前にも感謝する」
「アメリカは私の祖国だ。当然のことをしたまでだから感謝する必要はない」
オリヴィアはローガンの感謝になど興味がないのか、過ぎていく外の景色を眺めながら返事をする。
「全く…そのローヴェルクンに手も足も出なかったクセによく言うよ」
ルクスがぼやく。
「ていうか、レッドは大丈夫なのかよ?」
会見に続いてアリスに会いに行っているから、レッドの存在を忘れかけていた。
セレスが完全に治療をしたのは知っているが、彼が戦力として機能するのか気になる悠馬は、確認を入れる。
「一応意識は戻っていたが、腹部に風穴が開いていたこともあって絶対安静らしい」
「仰る通りです。いくら治癒で完治していたとしても、すぐに激しい運動をしていいわけではありません。私の異能は巻き戻しではなく、あくまで治癒。細胞一つ一つの細かな繋がりまで治せているわけではありませんから」
これは悠馬にはわからないことだ。
シヴァの結界の恩恵で、ほぼ巻き戻しと同じ超再生を手にしている悠馬は、セレスの治癒に頼ることがない。
疲労に対してセレスに治癒をしてもらったり、ちょっとしたことで試しの治癒を受けたことのある悠馬だが、欠損からの治癒を受けたことがないため、コクコクと深く頷きながら彼女の話を聞き届ける。
「あの傷で戦えるようになるには何日見ておいた方がいい?」
「1日…最低でも24時間はお待ちいただいた方がいいかと。それまでに激しく動けば、違和感が長引く可能性があります」
「なるほど…ローガンの方は?」
「あと半日ほど激しく動かさなければ、ボクシングが可能な程度にはなると思われます」
「まあ、オレが戦力になるかは甚だ疑問だがな」
「……」
レッドが最低1日は戦力にならないと聞かされ、自分は半日で戦力になると告げられたローガンは、自嘲気味に呟く。
確かに、彼の言う通りだ。
ローガンは周りが見えてないように見えるが、客観的に自分が今できる事を考えている。
だから自身のプライドを捨てて国家非常事態宣言を発令したし、異能王という彼自身が最も不要だと考える暁悠馬を、大人しく受け入れた。
それは単純に、ローヴェルがアメリカ支部の手に負えないと判断したからだ。
普通なら、見栄やプライドで強気な事を言ってもおかしくない。
人間には虚栄心があって、自分が他人より劣っているのを簡単に認めることはできない。
もちろん中には簡単に認める人もいるだろうが、そんな人にだって、認めたくない線引きはあるはずだ。
「アメリカクン。キミは無茶をしなくていいよ。キミの仕事は、国民を安心させることであって、特攻隊になることじゃない」
ルクスが呟く。
黒髪を指先で弄りながら、何気なく呟いた彼女の言葉。
そう、ローガンの仕事は、負ける戦いに特攻することではなく、アメリカ支部の国民たちを安心させることだ。
ルクスの言う通り、彼が1番優先すべきことは、アメリカ国民に安心感を与え、この国は大丈夫だと思わせること。
別に自分が戦力にならないからって落胆することはないと遠回しに励ましてきたルクスに、ローガンはフッと鼻で笑って見せた。
「そうだな。そうかもしれねえな」
***
「目的地に到着しました」
20分ほどの微妙な時間のドライブを終えて、目的地に辿り着く。
アメリカ支部のセレブたちが住んでいるのか、道路も真っ白な石畳で作られた閑静な住宅街の中、グレー色の大型住宅の前でセレスが目的地だと告げる。
「すっげ…総帥って儲けてんのな…」
アリスの奴、こんなに儲けてるならちょっとくらいいい贈り物くれたっていいじゃん。
多少なりともアリスとともに仕事をしてきた悠馬は、彼女の家が豪邸なのだと知り、心の中で愚痴をこぼす。
あの女、これまでお土産とか何もくれなかったもんな。
賄賂が欲しいとか、そういう接待を求めたわけじゃないが、こんなに金があるなら多少何かして欲しかったと思うのが人間の性だ。
ちなみに悠馬は、これまでアリス…というか各総帥に向けて、年に数度プレゼントを贈っていたりする。
そんな風に心の中で愚痴をこぼしていると、徐に住宅の前にあった門が動き始め、扉が開く。
「チッ、出迎えるつもりもないから入って来いってか?」
ローガンは電動で開かれた門を前にして、舌打ちをする。
前総帥の分際で、現総帥と異能王を直接出迎えねえのか?と言いたげなローガンは、インターホンを鳴らすこともなくズカズカと門の中へと入っていき、玄関の扉へと歩みを進める。
「アリスとローガンって、そんなに仲悪いのか?」
オリヴィアに聞いてみる。
2人は業務を引き継ぐ過程以外で仕事をともにしたことはないだろうから、仲の悪くなりようがないと考えていたが、その考えが甘かったのか?
「さあ?まぁ、アリスもローガンも思想が偏ってはいるから、敵を作りやすいタイプではあるだろうが…」
「まぁ、たしかに…」
アリスは率先して世界を引っ張っていこうと考え、そのために悪となり得る芽は早めに摘もうと考えるような女だ。
その過程で国際法を破っていたとしても、彼女は止まらない。
しかしローガンは、アメリカンファーストであるが故に、アメリカの品位を意識し、国際法を破るような暴挙には出ない。
つまり何が言いたいかというと、汚れ仕事でもなんでもやるのがアリス、真っ当な仕事を真っ当に行うのがローガンということだ。
2人の性格からして、仲が悪くなることはあっても、良くなることはないだろう。
まるでこの家の主のように玄関の扉へと向かっていくローガンを追い、悠馬たちもアリス邸へと上がり込む。
「これはこれは…夜中に侵入者かと思えば、ローガン総帥と異能王様じゃないか」
ローガンが玄関へと辿り着く寸前で開いた扉から、黒色のバスローブに身を包んだ女性が現れる。
もう成長が終わっているから、相変わらずの低身長で、堂々とした姿を見せたアメリカ支部前総帥 アリス・ホワイトライトは、風呂上がりなのか金髪にタオルを巻き、少し熱っているように見える。
もう色気がある…という年齢でもないし、見た目もロリ寄りだからか、アリスのバスローブ姿を見た瞬間、ローガンは舌を出してあからさまにゲンナリとした表情を見せた。
「その貧相なスタイルを隠そうとは思わないのか?クソババア」
「深夜帯に人の邸宅に入り込んできた輩には言われたくないな」
そもそも支度の時間も与えず、アポイントも取らずに訪れたのはお前たちだろうと言いたげなアリス。
彼女の言いたいことはごもっともだ。
深夜帯に突然押しかけているのだから、彼女がどんな格好をしていようが、こちらがとやかく言える立場ではない。
「それで?こんなにゾロゾロと豪華なメンバーを連れていると言うことは、西部海岸の件だろう?」
「ああ。あのローヴェルとか言うやつについて教えろ」
「それが人にモノを頼む態度か?…まぁいい。立ち話もなんだ。入れ」
「お邪魔する」
若干不服そうなアリスが部屋の中へと案内すると、オリヴィアが躊躇いなく入っていく。
第5次世界大戦を共に戦い抜いた者同士、アリスとオリヴィアは、この場において1番信頼度が高いと言ってもいい。
シンプルながらも洗練された廊下を抜けて、黒色のカーペットの敷かれたリビングの中へと入る。
悠馬はアリスの家のリビングに入った瞬間、一気に空気が重苦しくなったように感じた。
「…」
悠馬の視界に映るのは、若き日のアリスと、幼少期のキング・ホワイトライトの写真。
17年前、フェスタの決勝で激突し圧勝した結果、ティナの駒となり、悠馬がトドメを刺す形となった人物。
アリスが息子であるキングの写真をいまだに飾っているのを見ると、なんだか気まずさがある。
もちろんあれはキング自身の選択で、彼が死んだのは仕方のないことと言えるだろうが、当事者の悠馬には少なからず思うところがある。
セレスは悠馬が立ち止まったのを見ると、不思議そうに背中に触れて様子を伺う。
「悠馬さま?」
「ああ…悪い。懐かしい顔を見たものだから」
「お前にとっては懐かしいだろうな。私は特に気にしていないから、お前も気にするな。あれは全面的に私の愚息が悪かった」
アリスは悠馬が何を見たのか気付いたようで、写真立てをパタリと倒すと、1人がけのソファに腰掛ける。
「飲み物は必要ないだろう?早速本題に入らせてもらおうか」




