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「ローヴェル・アルベルト。19年前にアメリカ支部軍を戦後PTSDで退役した軍人だ」
総帥邸に戻ったローガンは、まだ少し違和感のある右腕を優しく撫でながら、陛下…ローヴェルのデータを大画面に映し出す。
腕が欠損していた時間がそれなりにあったからか、まだ腕が自分の腕じゃないみたいな変な気分だ。
セレスには半日は腕を動かすなと言われているが、ローガンの利き手は右手だし、そうも言ってられない。
多少の違和感なら問題ないと踏んでいるローガンは、ルクスの話を元に、陛下と名乗った男と一致する情報を探し出し、悠馬たちへと見せていた。
「レベル9…?」
ローヴェル・アルベルト
退役軍人。退役理由は第五次世界大戦後のPTSD発症。
軍医からドクターストップがかかり、長期の休養を得るもその後症状が治ることはなく、退役。
目立った功績はなく、実戦経験は第5次世界大戦のみ、しかもその第5次世界大戦後に退役しているため、大した情報もない。
偏った思想を持っていた記載もなければ、退役後に何か問題を起こしたような形跡もない、ごく普通の精神的病を患った退役軍人のそれだ。
炎の異能力者で、レベルは9とだけ記されている。
真っ赤な瞳が特徴的だが、もう20年近く前の写真とあって、顔は多少変わっているな。
最も引っかかるのは、彼の記録がレベル9になっていること。
レッドに致命傷を与えるには、最低でもレベル30以上は必要だと思うが、一体この20年間、表に現れず何をしていたんだ?
顎に手を当て、考える。
「デザイン…」
「デザインだと?」
悠馬の言葉に、いち早くローガンが反応する。
セレスやルクスが反応するよりも早く、その言葉が不快なのか眉間に皺を寄せたローガンは、椅子から立ち上がり悠馬へと詰め寄る。
「この国は、この俺がデザインの研究所…いや、人権を侵害するような研究は全面禁止している…!まさかこの国を疑ってるのか!?」
ローガンは自国がデザインの研究を疑われているのだと判断し、不快感を露わにする。
事実、アメリカ支部はアリスが行った擬似結界実験、擬似セラフ化実験からはかなり慎重に研究を行なっていたからな。
アリスが総帥だった頃は、まだ多少は実験もあっただろうが、ローガンはクリーンな国にするために、研究内容を厳しく取り締まっていると聞く。
悠馬は詰め寄ってきたローガンを前にして、両手を上げて悪意はないことをアピールする。
「お前を疑ってるんじゃない。…エジプト支部がデザインの研究を続けていて、そのデータが悪神の関与でアメリカに渡ったという話をついさっき聞いたんだよ」
「なんだと!?」
「大問題だね」
「ああ…。もし仮にローヴェルがデザインを使用していた場合、デザインのデータが渡ってから流用、悪用されるまでの時間があまりに早いが、悪神が関わっていることから、俺の想定を超えた動きになってるのかもしれない」
「今のお話を鑑みれば、多少の不可能でも可能になると考えたほうが良さそうですね」
凍結したはずのデザインの研究施設が存続していたこと、そこをテロリストが襲撃したこと。
そしてそのデータがアメリカ支部に流出していることと、悪神が関わっているという事実。
まだローヴェルが悪神と関わっているのか、デザインを使っているのかはわからないが、その線を考えていたほうがいいだろう。
オリヴィアやルクス、覚者を3人相手にして逃げ切るなんて、レベル9が努力して強くなりましたでなんとかできる次元の話じゃない。
間違いなく悪神に力を与えられているか、デザインを使用しているか、もしくはその両方の可能性が高い。
「デザインを研究できそうな施設に心当たりは?」
「俺が知っている人体実験施設は、すべて取り壊しを行なってる。あのクソチビが極秘施設を建ててない限りは、ないと断言できる」
「クソチビとはアリスのことか」
「そうだ戦神。あのチビが腹黒いことは、お前も暁悠馬も知ってるだろ」
「…まあ」
自分の勝手な都合で日本支部異能島に軍隊を派遣するような女だからな。
バース副隊長の一件を思い出した悠馬は、アリスの頭のネジが飛んでいることを知っているため、クソだのチビだの言われていても、特に止めるつもりはない。
「では、一度アリス前総帥の元へ向かいましょう」
「なぜ?」
「ローヴェル・アルベルト氏について詳しいのはアリスさまのはずです。…それに施設となり得る拠点を知っている可能性もあるから、優先して当たるべき人物でしょう」
セレスは翠髪を靡かせ、進言する。
「確かにそうだな。クソチビとローヴェルは元上司と部下の関係。PTSDを患っていたなら、アリスのヤツも多少なりとも関与したはずだ」
軍部には精神的外傷を患った軍人を治療するべく、研究施設とドクターが配備されている。
もちろんそこにどの部隊の誰が診断を受けに行ったかという記録も残るし、退役時には必ず、上司として面談を行っているはずだ。
そのため、アリスが最後にローヴェルの面談をしている可能性は高い。
「そうと決まれば、アリスの元へ急ぐか。ローガン、会見はどうする?」
「会見後にすぐに向かう。暁、お前ももちろん会見に参加するよな」
「へいへい…」
正直会見は苦手なんだけどな。
あの大量の記者たちから寄せられる質問と、悪意に酔う悠馬は、ローガンから会見に参加しろという圧力をかけられ、渋々承諾する。
西部海岸の大火災は、悠馬の異能によって鎮火された状態ではあるものの、ローガンは継続して国家非常事態宣言を発令したままだし、軍部は未だ怪我人の救出に動いている。
それに中継でレッドやローガンの負傷、陛下の容姿が映し出されていることから、メディアも国民も、政府からの声明を心待ちにしているはずだ。
対策とまではいかないが、相手の素性がわかったことで会見ができる状態にまでなったローガンは、テーブルの上にあるボタンを押し、誰かに通話を繋ぐ。
「俺だ。すぐに会見の用意をしろ。西部海岸の大火災に関する会見を開く」
***
アメリカ支部の国旗が掲げられたそこそこ大きなホールの中に、メディアの関係者が続々と集まってくる。
時刻はすでに日付が変わるタイミング。
本来であれば、こんな時間にメディアが動くことの方が稀有な例だが、国家非常事態宣言が発令されていること、そして西部海岸の大火災の情報が途切れたことにより、それらの情報を集めるべくして関係者が集まる。
ルクスが極夜を放ち、オリヴィアがフロストフラワーを発動させた後、ヘリ中継のカメラが風圧により破損し、最後に一瞬悠馬が映ったところで中継は終了していた。
「さて。時間だ」
「ああ」
記者会見の定刻になったため、悠馬はセレスを引き連れ、ローガンは単独で会見会場へと乗り込む。
3人が入ると同時に、記者たちはカメラ撮影をはじめ、ローガンの腕が再生していることに一瞬どよめく。
中継中に欠損したはずの腕がこの短時間で治っているのだから、一般人からしたらあり得ない光景だろう。
セレスの異能に関しては全世界の人間が知っているわけだが、その中で彼女の治癒がどのレベルで実行されるのか、治癒速度がどのくらいなのか知っているものは少ない。
各国重鎮しかセレスの治癒の真価を知らないだけに、記者たちがローガンの腕を見て驚くのは無理のないことだ。
ローガンは自身の腕に向けられる好奇の視線など無視して、中央正面にセッティングされていた椅子に腰掛ける。
悠馬はローガンが座ったのを確認すると、セレスと同じタイミングで椅子に腰を掛けた。
「まずはお集まりいただきありがとうございます。西部海岸の大火災に関してお伝えします」
ローガンは真剣な眼差しで、単刀直入に当の話題に触れる。
軽い冗談を交えることなく、真剣な眼差しで西部海岸の大火災について話すと言われ、記者たちはボイスレコーダーやメモ、カメラを回して言葉を待つ。
「昨晩22時ごろに突如として発生した西部海岸の大火災は、化学兵器などではなく、異能による一種のテロ行為と認定し、アメリカ支部は各国へ応援を要請すると共に、ローヴェル・アルベルトを国際指名手配する」
そう言ってモニターに、軍人時代のローヴェルの写真と、中継時に陛下と名乗ったローヴェルの映像を映し出す。
各国への応援要請と、国際指名手配。
それはつまり、ローヴェルはアメリカ支部だけでなく、全世界を敵に回した扱いになったということだ。
この世で1番重い指名手配だと言ってもいい。
会場内には一気に混乱とどよめきが起こる。
これまでアメリカが正式に国際指名手配を要請したのは、悪羅百鬼とオクトーバー、そしてゲルナンのたったの3人。
全世界に対して、共通の認識でアメリカ支部が脅威だと指定したのは、100年で3人しかいないのだ。
その中に今日、4人目の国際指名手配の要請が入った。
ローガンの言葉は暗に、ローヴェルを悪羅や元総帥のオクトーバーと同格の実力者だと認めたことになる。
悪羅と同格の犯罪者が現れた可能性に、記者たちは沈黙を破り、小さな声で何かを話し合っている。
「西部海岸の大火災は鎮火済みだが、火災により建物が崩れやすくなっているため引き続き立ち入りは禁止。上空からの撮影も、事前の申請がない限りは許可しない」
これも妥当な判断だ。
勝手に報道を始めたメディアのせいで、二次被害が発生すれば溜まったもんじゃないし、ヘリコプターなんかを使っても、燃えて崩れやすくなった建物を風圧で崩し、何らかの問題に繋がりかねない。
何より発電施設や変電施設、下手をすると原子力発電所にも火災のダメージが入っているかもしれないし、鎮火はしているが安全が証明されているわけじゃないからな。
西部海岸一帯への立ち入りを禁止したローガンは、それに対して不平不満があるかどうかを見渡すように確認する。
「簡単で申し訳ないが、これから我々はローヴェル逮捕に向けての追跡を始めなくてはならない。質問時間を5分設けるから、質問がある者は挙手をしてくれ」
国家非常事態宣言の継続と、犯人の指名手配発表。
そして西部海岸への立ち入り禁止という、端的でありながら最も重要な事項だけ話したローガンは、質問はないかと記者たちに問う。
するとすぐに、記者の中から手が上がった。
「どうぞ」
「ACCです。中継中にローガン総帥と軍部の方が重傷を負ったように見えたのですが、大丈夫だったのでしょうか?」
中継でローガンが腕を失ったこと、レッドの腹部に穴が空いたのは映り込んでしまっている。
だから目の前にローガンがケロッとした様子でいるのが理解できない記者たちは、何だか小さく頷いている。
「ああ…これは戦乙女隊長の彼女の異能だ。俺の横にいた軍人も治療は済んでいて、命に別状はない」
「欠損部位も傷口が塞がっていなければ治せると聞いたことはあるが、まさかこの短時間で2人も治療できるのか…」
「治癒に要する時間はどのくらいでしょうか?」
「この件に関係のない質問には答えない」
セレスの治癒に関しては、全てを教えるわけにはいかない。
彼女の異能は世界で唯一無二の異能であるが故に、犯罪者組織ですら欲する力なのだ。
それもそのはず、欠損部位が治せるのだから、いくらでも金を払うから治療して欲しいと言う人はいるだろうし、マフィアなんかは抗争のためだけに、セレスを誘拐しようと画策するはず。
治癒の異能に関する概要に答える気がないローガンは、記者の質問を答えないと明言し、次の質問へと移る。
「BBSです。この一件はかなりの死傷者が想定されていますよね?現時点での死傷者数に関して公表はないのでしょうか?」
「今も軍部が生存者確認にあたっている。…正確性のない死傷者数は口にしたくない」
「かしこまりました。…では、質問内容を変えます。各国に応援要請をしたこと、ローガン総帥が負傷したと言うことはつまり、この一件はアメリカ支部だけでは手に負えないとお考えですか?」
BBSを名乗る記者の質問に、会場は静まり返る。
アメリカンファーストを掲げているローガンは、基本的に他国の関与を許さない。
自国で何とかするから、他国の人間は関与するな。
そういう動きを見せ、総帥に着任後、異能王の悠馬を呼ぶことすらしなかった男が、全世界へ応援を要請してしまった。
きっと今のローガンの発言は、アメリカの右側の連中が落胆するには十分すぎる発言だっただろう。
しかしローガンは、BBSの記者に対し、まっすぐな眼差しを向ける。
「俺は手に負える負えないではなく、国民にとって最も損失が少ない選択を取ったつもりだ。今回は国民の命を優先させてくれ」




