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dear…  作者: 平平方
終章Ⅲ
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「まぁ、誰がどのくらい強いかなんてどうでも良いよ。ボクはそんなのに興味はないから、早く捕まってくれないかな?」


「それは難しい相談だな」


「そもそも目的はなんだい?ボクの記憶が正しければ、キミはアメリカ支部の元軍人だよね?この国に恨みでもあるのかな?」


 西部海岸一帯を火の海に変えるなんて、正気の沙汰じゃない。


 しかもそれをアメリカ支部の元軍人が行なっているのだから、ルクスからすると理解できない行動だろう。


 なにしろルクスは17年前、自国のロシアを守るために汚れ役を買って出て国外追放になった身だ。


 愛国心の塊とも言える彼女に、陛下の行動は到底理解できない。


「恨みか…」


 ルクスの言葉に、興味深そうな反応を見せる。


「恨みはない」


「ならなぜ…」


「私は王になりたい。イタリアの自称悪羅なんかじゃない。私は誰の名も借りずに、私の名前を歴史に残したいのだよ」


「そんなふざけたことのために…西部海岸を燃やしたのか!?」


 陛下の話を聞いて、ローガンが怒号を浴びせる。


 悪羅百鬼や暁悠馬が、圧倒的なこの力で歴史に名を残していくように、自分も歴史に名を残したい。


 そんな子供じみた理由で、西部海岸を燃やしたと話す。


 誰だって一度は考えたことがあるはずだ。


 自分が歴史に名を残すような有名人になりたい。世間から注目されるような人間になりたい。と。


 もちろんその考えは、大人になるにつれて現実を知り、諦めるのがほとんどだ。


 しかし稀に、こうして常軌を逸した行動に出る輩も出てくる。


 どういう経緯で歴史に名を残したくなったのかは知らないが、そんなことは今、どうでもいい。


 ルクスは目の前にいる異常者に目を細めると、詰め寄ろうとするローガンを手で制する。


「離せ!」


「邪魔だよ。腕のないキミに何ができる?」


「っ…!」


 強引にルクスを振り払おうとしたローガンは、何ができるのか訊ねられ、口を噤む。


 残念だが、この場において深手のレッドと、腕を欠損しているローガンは足手纏いだ。


 戦いの最中で、2人に動き回られると厄介だと考えるルクスは、ローガンを半ば強引に停止させ、黒の聖剣を低く構える。


「……今日は挨拶のつもりなのだが」


「逃げるのかい?」


 ルクスが構える黒の聖剣の姿勢から、何かを感じ取った陛下。


 彼女の背後に見えるのは、無数の死。


 数多の軍人を屠り、あの暁悠馬の息の根すら止めて見せた闇異能の頂点、極夜が放たれると悟った陛下は、挨拶のつもりだったと話しその場から撤退しようとする。


 そんな彼に対し、逃げるのかと言い放ったルクスは、黒の聖剣に純黒の闇を惑わせる。


「逃げるのではない。挨拶だと言っただろう」


「それを世間では逃げるって言うんだよ。コレがそんなに怖いかい?」


「…私が恐れていると?」


 これは逃げるのではなく、挨拶が終わったから帰るだけ。


 そんな話をする陛下に、ルクスは漆黒の閃光を放ち、あとは極夜を放つだけの状態になる。


「恐れてないなら喰らってみなよ」


「良いだろう。ならば私も、君たちに置き土産を差し上げよう」


「極夜」


「スターレイン」


 氷である程度鎮火されたと言えど、まだまだ周囲から燃え上がっていた赤色の炎が一瞬にして漆黒に染まる。


 まるで夜を幾重にも重ねたように、青色から紫色に、紫色から黒に変わった世界の色は、人間の瞳には黒一色にしか見えない。


 燃え盛る炎も黒に染まり、深い闇に飲み込まれていく。


 これが闇の覚者の奥義、極夜。


 日中だろうが世界を漆黒に染め、人為的に極夜を作ることができる異能。


 しかし今回ルクスが放った極夜には、決定的な違いがあった。


 それは使用者であるルクスが1番理解できる異常。


 極夜の中に、複数の煌めきが見えた。


 まるで流星のように、七色の煌めきを放つ異能が極夜で染められた世界をぶち壊し、降り注ぐ。


 オリヴィアはルクスの極夜を避けるようにして降り注ぐ七色の煌めきを前に、右手を上空へと伸ばす。


「フロストフラワー!」


 覚者のオリヴィアが使える中で、最強の盾。


 七色の煌めきは、オリヴィアが使用したフロストフラワーに直撃すると、ジュッという音を立てて蒸発していく。


「今日の挨拶はここまでだ。厄介なのが現れる予兆もあるし、これにて失礼する」


「待て…」


 ルクスの極夜との直接的な力比べは避け、全く別の角度から攻撃を加えてきた陛下は、そう言ってその場から姿を消す。


 ルクスは陛下に待てと呟いたが、陛下はルクスの言葉を聞かず、忽然と姿を消してしまった。


 直後、上空でバチっと黒い何かが弾け、大きく展開されたモヤの中から、黒髪の男と、そんな彼に抱えられた翠髪の女性が現れる。


「…なるほど。ユウマクンが現れるのを感じて逃げたのか」


「悪い。遅れた」


「悠馬さま!ひとまずお二人の治療をします!」


「ああ」


 上空15メートルから見下ろす、西部海岸の景色。


 悠馬が燃え盛る炎を視界に入れると、次の瞬間、炎は一斉に鎮火する。


 まるで示し合わせたかのように、教室に教師が入ってきて静かになる生徒たちのように、炎は跡形もなく消滅した。


 これで付近の延焼は免れるはずだ。


 そして次は、レッドとローガンか。


 凍りついた地面に着地し、セレスを優しく地面に下ろした悠馬は、腹部に穴が空いているレッドと、腕を失っているローガンへと視線を向ける。


 セレスは2人の怪我が真っ先に目に入ったのか、悠馬に降ろされるや否や駆け出し、治療を始める。


「俺は良い。レッドを優先してくれ」


「承知しました。…レッドさま、今から治療にあたります。少し痛いかもしれませんが、この傷なら後遺症なく治療できますので、落ち着いて瞳を閉じてください」


「ああ…」


 オリヴィアが腹部の氷を溶かし、同時にセレスが治癒を開始する。


 レッドの腹部が緑色の輝きに包まれ、徐々に傷口が塞がっていく。


「ローガン。何があった?」


 セレスがレッドを治療している間に、ローガンに問う。


 バトルスーツで顔まで覆っていたローガンは、首元にあるスイッチを押して顔を露出させると、バツの悪そうな表情で悠馬を見る。


「…国家非常事態宣言を発令した通りだ。…それ以上の情報は、陛下と名乗った男に危害を加えられたということしかわからない」


「……年齢は?」


「そこの黒いのに聞いてくれ。ソイツは陛下と名乗る男を知ってるようだった」


 ローガンはそう言って、私服の黒いシャツを着ているルクスを指差す。


 コイツ、なんで私服で来てるんだ?


 悠馬がルクスへと視線を送ると、ルクスは何を勘違いしたのか黒の聖剣を背中に隠し、足早に近づいてくる。


 いや、黒の聖剣、今更隠したところで遅いですよ。


「アメリカクン…ボクを黒いのと呼んだりソイツと呼んだり、失礼なヤツだね」


「誰がアメリカ君だ。ローガンと呼べ」


「じゃあ黒いのでいいよ」


 どうやらローガンと呼ぶのは嫌らしい。


 どうしてアメリカクンなのかは知らないが、確かにアメリカンファーストの申し子だし、アメリカクンって響もいいな。


 そんなことを考えつつ、ルクスを見る。


「ああ…陛下に関してだよね。…あれは第5次世界大戦でアメリカ支部軍に属していた軍人だよ」


「戦ったことがあるのか?」


 陛下と名乗る男、レッドに致命傷を与えローガンの腕を奪った人物に興味を抱く。


「いいや。当時ボクが任されていたのは、最終防衛ラインの完全防衛。ディセンバークンやオリヴィアクンと違って遊撃隊じゃなかったから、直接戦ってはないね」


「黒いの。じゃあなぜお前が知ってる?」


「言ったよね?ボクは最終防衛ラインを守ってた。…そこを超えるものは全員殺したけど、超えないものは…」


「なるほど」


 そういうことか。


 ルクスは第5次世界大戦において、目立った戦果を挙げていない。


 いや、もはや戦果というよりも爪痕か。オリヴィアやディセンバーがシベリアを永久凍土に変えたわけだが、ルクスはある一定の防衛しかせず、その領域に踏み込んだ人物だけを抹殺した。


 裏を返せば、その領域に踏み込まなければ殺さなかったということだ。


 つまり何が言いたいかというと、陛下はルクスの防衛ラインに入ろうとしたが、入らなかった。もしくは入れなかったということ。


 一度は敵として認識したが、防衛ラインを超えることがなかったため、殺すことはなかった。


 ただそれだけの話。


 悠馬がルクスの言いたいことを理解すると、ルクスは満足気に小さく頷き、一歩前に出る。


「当時の彼は震えて逃げたよ。…唯一と言ってもいい。ボクが防衛していたもぬけの殻の総帥邸を前にして、たった1人で逃げた軍人は」


「ハッ…そのビビり野郎が急成長だな」


「そうだね。当時これだけの実力があれば、負けていたのはボクだろう」


「…」


 ルクスの言葉を聞いて、息を呑む。


 来栖やリッパー、自称悪羅と戦ってきたが、正直そのどれもがルクスと戦って勝てるかと聞かれたら、微妙なところだ。


 ルクスは闇の覚者で、その分野においては聖魔や悠馬に匹敵する実力を備えている。


 だからいくら敵が自称悪羅、未来視に近い目を持っているユディットだったとしても、ルクスが勝つ可能性が高いと考えられるくらいだ。


 そんなルクスに、当時だったら負けていたと言わせるレベルということは、相当な実力だと伺える。


 レッドは年齢も年齢だから、老いに抗えず致命傷を負うのは仕方ないで済ませることもできるが、ルクスが言うとなると話は別だ。


「ローガン、軍のデータベースは確認できるか?」


「早急に対応しよう。…それよりも西部海岸の鎮火を手伝ってもらえるか?」


 ローガンが呟く。


 まるでデータベースを確認する代わりに、交換条件として西部海岸火災の鎮火を依頼したように聞こえるが、コイツはプライドが高いからな。


 アメリカンファーストを掲げる中、邪魔なのは異能王だ。


 異能王がいる限り、アメリカ支部が好きなように世界を引っ張っていけないのは事実だし、ヘタに世界経済に打撃を与えるような制裁を加えようものなら、異能王に邪魔される。


 だからローガンは悠馬の行動ひとつひとつに何かとケチを付けようとするのだが、今回はそうも言ってられない。


 アメリカ支部はオリヴィアが戦乙女になったことで、この大火災を鎮められるだけの水・氷系統の異能力者がいない。


 目に見える範囲はオリヴィアと悠馬の力で完全に鎮火しきっているが、遠くではまだ炎が燃えているのか、夜空が赤く光っているように見える。


 普段はケチを付けているし、目の敵にしているから、こんな時だけ頼るのは都合がいいと思われるかもしれないが、ローガンは恥を忍んで頭を下げる。


 現状、この大火災を鎮められるのは、悠馬だけだ。


 自分のプライドや思想なんかよりも、国民の命と経済を優先すべきだと判断したローガンは、初めてプライドを捨てて、悠馬へとお願いをした。


 悠馬は目の前で頭を下げる金髪のロン毛男、ローガンを見下ろし、指先を動かす。


「それが俺の仕事だからな。頭下げる必要なんてないよ」


 ローガンが頭を下げたことにはちょっと感動したが、何も頭を下げてお願いされるほどのものじゃない。


 国民を優先する、国民の命を尊重すべきだと考えるのは悠馬も一緒だし、お願いをされなければ助けないという話でもない。


「ニブルヘイム」


 悠馬は異能を発動させる。


 突如大規模に展開されたニブルヘイムは、人や生物を避けるようにして一瞬で広がり、周囲の地形は一瞬にして氷の大地に覆われる。


「これは…」


「西部海岸一帯を凍らせた。もちろん人や生物は避けて凍らせてるから、安心しろ」


「感謝する」


「その代わりと言っちゃなんだが、今回の事件に関しては最後まで協力しろよ」


 これで陛下を捕まえた手柄が欲しいからと、ローガンに裏切られたら溜まったものじゃない。


 偽の情報に踊らされて時間を無駄にすることを避けたい悠馬は、念を押す。


「今回は、か。気に入った。そうしよう」


 いや、別に今後も協力してくれていいんだけどな?


 今回だけは協力するというのが気に入ったのか、そうしようと呟いたローガンは、腹部の穴が完全に塞がったレッドを見下ろす。


 レッドは地面に横たわったまま、瞳を閉じて固まっていた。


「…聖女。レッドはなんで動かない?」


「治癒は傷を負ったものの身体にも影響が現れます。特に大怪我の場合は、一時的に血流が良くなるため、意識を失うのです」


 もちろん血流が良くなったからと言って何か問題があるわけじゃないが、体を強制的に治癒されるため、防衛本能が作動しているとでも言ったらいい。


 一瞬レッドが死んだのではないかと焦ったローガンは、セレスの話を聞くと安堵し、脱力したように肩を落とした。


「それが終わったら俺の腕も頼むよ」

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