093
レッドのレイズ・オブ・ザ・サンを受け止めた陛下は、そう言って冠位との戦いを要望する。
「総帥に危害を加えた犯罪者だ。手加減など期待するなよ」
「そのようなものは期待していない」
覚者を前にしても強気な陛下とレッドの間に、ヒリつくような緊張感が走る。
陛下が右手の指先を動かすと同時に、レッドが動く。
彼が異能を放つよりも早く、炎を纏い跳躍したレッドは、容赦のない拳を放つ。
ジュッと焼けるような音と共に、レッドの炎の熱によって建物が焼け落ち、陛下が飛び退く。
「中々の火力ではあるが、悪羅百鬼や暁悠馬には遠く及ばない」
「比較対象がおかしいな」
いくらレッドでも、あの2人と比較されれば、火力が及ばないと言われても何も言い返せない。
悪羅と悠馬のことを知っているのか、落ち着いた様子で着地した陛下は、燃え盛る炎へと息を吹きかける。
彼が息を吹きかけると、火は強く揺らめき、勢いを弱めていく。
「悪羅百鬼はその力で犯罪者の一時代を築き上げた」
「?」
「暁悠馬はその強大な力で悪羅百鬼を殺し、平和な時代を築き上げた」
「だからなんだ?」
「少し気になってね。君程度には何ができるのだろう。と思ってな」
両手を後ろで組み、まるでお前には何もできないと言いたげな陛下の発言に、額に青筋を浮かべる。
ふざけやがって。
自分自身も何者でもないはずなのに、まるで自分は悪羅百鬼や暁悠馬と肩を並べているような口ぶりに、無性に腹が立った。
あの日、ティナとの戦いで悪羅百鬼を見た。
戴冠式で、暁悠馬と悪羅百鬼の戦いを見た。
2度の戦いを間近で見ていたからこそわかる。
自分はあの領域に至れないのだと。
覚者のレッドですら諦めてしまうほどの実力差があるというのに、目の前にいる陛下と名乗る男が、暁悠馬に肩を並べる可能性など万に一つもない。
そう断言できるだけの実力を見てきたレッドは、何ができるのかと聞かれ、陛下を指さした。
「勘違いしてるのはお前だろ。俺はお前を倒すことができる」
「……ほう?」
自信に満ちたレッドの発言。
堂々と勝利宣言をしたレッドに対し、陛下は初めて、不服そうな表情を浮かべる。
「どうやら私のせいで勘違いさせてしまったようだ。炎帝のレッド」
「何を根拠に勘違いだと?」
レッドには圧倒的な実績がある。
これまで数十年とアメリカ支部に仕え、冠位として先先代異能王、コイル・レーヴァテインの時から最前線で戦ってきたレッドは、周囲の気温を一気に上昇させながら全身を赤黒く染め上げる。
「そういうところだよ。見た目を変えたところで強くなるわけじゃあない。それはただの見栄だろう。弱者のすることだ」
「お前が言うその見栄に、今からやられるぞ」
全身の温度を急上昇させたレッド。
℃数千度という、人体がとても耐えられないはずの温度ではあるものの、覚者のレッドならば、死なずに後遺症も避けられる温度である。
この異能に関して、自分自身の右に出る者がいないとわかっているレッドは、見せかけだの見栄だのと言ってくる陛下から、視線を逸らすことができなかった。
違和感。
この違和感はいったいどこからくるのだろうか。
この不思議な感覚は、一度感じたことがある。
どこか深い記憶の奥底にしまっていた思い出を漁り、違和感の正体を探ろうとする。
記憶の奥底にしまっていた光景が徐々に鮮明になっていく。
17年前の空中庭園で目の当たりにした男の姿。
魔王と戦い、最後にトドメを刺した暁悠馬の姿。
「ああ…」
これが…
違和感の正体だったのか。
記憶を遡ったレッドは、わずかその一瞬の間に腹部に激痛を感じ、ゆっくりと視線を落とす。
「それで少しは体内を冷却できるだろう。…頭を冷ましたほうがよかっただろうか?」
「レッド!!」
レッドの腹部に空いている、大きな風穴。
明らかな致命傷だ。
ローガンが負った傷は、片腕の欠損で済んでいるが、レッドの傷は、臓器を損傷している。
拳どころか足まで入りそうな大きさの穴を開けられたレッドに、ローガンが駆け寄る。
「大丈夫か!?止血はできるか!?」
「…流石にこのダメージは止血したところで死ぬ。ローガン、逃げろ」
「くっ…!ふっざけやがって…!」
レッドを支え、彼が倒れないようにするローガンは陛下を睨みつける。
「可哀想に。睨むことしかできない哀れな総帥だ」
睨みつけるローガンを、無表情のまま見下ろす陛下。
この男には絶対に勝てない。
レッドが逃げろと告げたように、総帥であるローガンの実力じゃ遠く及ばない。
覚者が一撃でやられた上に、ローガンも右腕を失っているため、勝ち目がないのは明白だ。
「ローガン総帥。君はこの場から逃げて、ありのままを話すといいさ」
「あ?」
「総帥も冠位も役に立たず、私の気まぐれに生かされましたと周知すればいい」
「するわけねえだろそんなこと…!」
自分は逃げ帰りましたと全世界に伝えろと煽る陛下に、ローガンが動く。
燃え盛る炎の中、赤く染まった世界の中で吠えたローガンは、負けるとわかっていても一歩も引く気がない。
この場で逃げたって結果は同じだ。
ならばやることは一つ。
時間稼ぎだ。
幸い国家非常事態宣言は発令しているし、各国からの助力が得られるのは時間の問題。
果たして何分で奴らがこの場へ辿り着くかはわからないが、1分でも1秒でも、周囲に被害を及ぼさないようにコイツの意識を奪う必要がある。
だがどうやって?
圧倒的強者の余裕。
全てを見下ろしたような眼差しに気圧されるローガンは、ゆっくりとレッドを地面に寝かせ、対策を考える。
考えろ。
コイツを釘付けにして、且つレッドも俺も生存する方法を。
「はぁ…頭の硬い総帥は嫌いだ。そんなに死にたいならこの場で殺して差し上げよう」
ローガンに引く気がないと判断した陛下は、彼が決断を下すよりも早く攻撃の態勢に出る。
しかしローガンの瞳には、陛下の攻撃の態勢などよりも先に、上空から降り注いだ一筋の青い煌めきが映っていた。
流星。
流れ星のように煌めいたその青い物体は、上空から容赦なく降り注ぎ、地面に突き刺さると同時に周囲に冷気を放つ。
まるで火山地帯のように熱かった西部海岸に、嘘のような冷気が解き放たれ、余波により燃え盛る炎が凍りついていく。
陛下は降り注いだ青い剣型の氷塊を見て、無表情のまま顎に手を当てた。
「…戦神は消息を絶っていたはずだが…」
舞い降りる、神の名を冠する乙女。
純白の軍服衣装に身を包み、凍りついた大地に足を下ろした彼女は、落ち着いた様子で陛下を見上げる。
「消息…ああ。今は戦神ではなく戦乙女だからな」
「フフ…なるほど…君があの…」
「ボクのことも忘れないで欲しいな。嫉妬しちゃうよ」
「おっと…これはこれは…随分と豪華なゲストたちだ。カーテンコールか?」
上空から降り立った戦神・オリヴィア・ハイツヘルムに意識を向けていると、背後から真っ黒な刀身が首筋を狙って放たれていた。
そんな漆黒の剣をギリギリのところで回避した陛下は、気づけばオリヴィアの横に並んで立っていた黒髪の女性を見て、懐かしさを感じるように両手を叩いた。
「素晴らしい。一時代を築いた覚者が一同に介すとは」
金髪を靡かせ、蒼眼を覗かせるオリヴィアは、レッドの腹部の穴を確認し、瞬時に彼の腹部を氷漬けにする。
「ローガン。あくまで気休めだ。セレスが来るまで、氷を溶かすなよ」
「ああ…!」
セレスが来るまでの気休め。
氷でレッドの腹部を一時的に塞いだオリヴィアは、そう告げるとすぐに、ルクスへと視線を向ける。
ルクスは黒の聖剣を片手に、真っ黒な瞳に歪んだ笑みを浮かべていた。
戦乙女なのに軍服を纏わないルクスは、黒の薄手のシャツから白人特有の真っ白な肌を見せつけ、首を傾けながら微笑みつつ、周囲に燻る火種を闇で蝕み、口を開く。
「フフフ…キミ、見覚えがあると思ったら、世界大戦中に居たアメリカ人じゃないか」
「!?」
「…懐かしい話をする」
「あの時は大した戦果を上げてなかったと思うけど…目立ちたくなっちゃったクチかな?」
「さぁ、どうだろうか。あの時はまだ準備段階だっただけかもしれない」
「……へぇ。ボク、そういうつまらない冗談聞くの嫌いなんだよ」
言葉遊びのような陛下の言葉を聞いたルクスは、冗談が嫌いだと告げると同時に、建物の上に立っている陛下の後ろへと回り、再び剣を振り払う。
その間僅か0.1秒。
呼吸をするよりも早く、瞬きよりも早く陛下の背後へと回ったルクスは、最初から躊躇いがない。
先ほどまでの熱気が嘘のように、オリヴィアの登場で幾分か動きやすくなった空間。
そんな中、金属と金属が弾け合うような音が響き、火花が散る。
「へぇ…頑丈な武器だね。どこで買ったんだい?」
「はて。どこだったか」
漆黒の聖剣と交わる、白銀の刀身。
黒の聖剣が受け止められた。
神器であれば黒の聖剣を受け止めることは可能だろうが、彼が扱っている武器は、明らかに神器ではない。
そもそもレッドやローガンと敵対している時点で結界は使えないと考えて良いだろうし、となるとこの武器はただのデバイスである可能性が高い。
どこで買ったのか尋ねられ、とぼけて見せた陛下は、腕力だけでルクスを振り払う。
膂力と風圧に負け、宙を一回転して着地する。
真っ黒な髪を靡かせ、漆黒の瞳で陛下を見つめるルクスの表情は、悪魔そのものだ。
メトロで悠馬を殺したように、容赦のないオーラを放つルクスは、指先を動かして何かの合図を出す。
オリヴィアはルクスの指先の動きを確認すると、即座に氷の異能を発動させた。
「コキュートス」
大火災が起きていたこともあって、加減はいらない。
覚者として存分に広域殲滅型の異能が使えるオリヴィアは、数十年ぶりの大規模な異能行使にのびのびと身体を動かす。
「オリヴィアクン…コイツ、何かおかしいよ」
「おかしいに決まっている。レッドを負かせる炎の異能力者なんて、存在していたら話題になっているはずだ」
陛下と名乗る男の容姿は、30代後半。
悠馬たちよりも少し上の世代に見えるが、ここまでの実力があるなら、フェスタに出場していてもおかしくなかったはず。
ルクスの口ぶりからして、アメリカ支部出身の元軍人であるのは確実だろうし、そうなってくるとここまでの才能が埋もれていたのはおかしな話だ。
アリスがこんな逸材を見逃すわけはないし、そうなると後天的に実力が伸びたと言うことになる。
ルクスが言うように、おかしな点に気づいているオリヴィアは、背後で腕を組む陛下に視線を戻す。
陛下はオリヴィアのコキュートスを左手で受け止め、沈黙していた。
「シベリアを永久凍土に変えた時は、こんなものじゃなかったと思うが…これは私の記憶違いか?」
「キサマにそこまでの火力を使う必要はないと言うことだ。自惚れるな」
シベリアを永久凍土に変えたのは、ディセンバーという同じ氷の覚者と激突したからだ。
オリヴィアとディセンバーが激突したから、シベリアは永久凍土となったわけだが、今回陛下とオリヴィアでは相性の問題もあり、あそこまでの被害範囲にはならない。
以前の方が凄かったと話す陛下に対し、そこまでの力を使う必要がないとブラフを張ったオリヴィアは、冷静に戦況を見極める。
相手は覚者のレッドや総帥のローガンに、容易く致命傷を与えれる存在。
下手に距離を詰めればレッドのように致命傷を負う可能性が高くなるし、ここは慎重に攻めなければならない。
「近接戦はお預けだな」
「太ってるキミは近接戦なんてやめた方がいいよ」
「ルクス、キサマ…!」
「近接戦にデブがいるとボクが迷惑するからね」
決して太っているわけではないのに、突然味方から攻撃を浴びたオリヴィアは血相を変える。
まぁ、オリヴィアは近接戦闘向けというよりも遠距離で戦う手法を得意とするため、ルクスの言っていることは強ち間違いではない。
慣れない近接戦なんて考えずに最初から遠距離で援護しろと言いたかったルクスは、半ギレ状態のオリヴィアを無視して、闇と一体化した。
「っ!?」
「こういうの見るのははじめてかな?」
「なるほどこれは…!」
闇より出て、闇から放たれた攻撃を、体勢を崩すように回避する。
背筋に感じたヒンヤリとする感覚と、ルクスの反応も難しい一撃に、陛下は思わず飛び退く。
「流石は歴代覚者の中でも最強と名高いだけはあるな」
「ボクが歴代最強?死神クンの方が強かったと思うけど」
「私も忘れるな!」
自分よりもルクスの方が強いと言われたのが不服だったのか、ヤジを飛ばすオリヴィア。
ルクスはそんなオリヴィアのヤジを聞きながら、陛下へと黒の聖剣を向けた。
「まぁ、誰がどのくらい強いかなんてどうでも良いよ。ボクはそんなのに興味はないから、早く捕まってくれないかな?」




