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dear…  作者: 平平方
終章Ⅲ
92/103

092

 制圧されたテロリストたちがいる空港内は、一時的に閉鎖されている。


 悠馬がバリアフィールドと闇を発動させている間に、危険を察知した警備員たちが、空港利用者に外に出るよう促し、空港は寂しいくらいに静かになっていた。


 普段は営業中であろう売店にはスタッフすらいない状態で、この空間にいるのは悠馬とテロリストたちと、それを見守る複数の警備員だけ。


 寂しいくらい静かな空港の中には、モニターから中継されているテレビ番組の音だけが響いている。


 そんな時だった。


 空港内に砂嵐が吹き荒れ、黒髪に浅黒い肌の男が降り立つ。


「悪い。遅くなった」


 悠馬から連絡を受け、急行してきたサハーラ。


 砂を竜巻のように発生させ、その中から現れたサハーラは、目の前で意識を飛ばしている茶髪の男を発見し、訝しげな眼差しを向ける。


「どうしてコイツが…」


「肉体変化…メタモルフォーゼだ。…俺たちは姉さんから、洗脳とメタモルフォーゼの異能を授かった」


「なんだと?」


 もう逃げられないと悟ったのか、覆面男が正直に答える。


 なぜ先ほど制圧したはずの男がこの場にいるのか。


 そんな疑問を抱いていたサハーラは、覆面男からの回答を聞いて、彼らの腕に砂の手錠を掛ける。


「まぁいい。それで?この場で制圧は完了してるのに、データが国外に流れたとはどういうことだ?」


「エジプト支部内で第三者に取引をしていたらしい。取引相手はアメリカ支部だ」


「…なに?ローガンか?」


「いや…その線は低いだろう。…アイツは真っ先にデザインの研究を放棄した。今更欲する必要がない」


 取引相手がアメリカ支部だと聞かされ、真っ先にローガンを疑ったサハーラだが、悠馬に諭され、納得する。


「確かに。アイツは誰よりもアメリカ人の人権を尊重する男だからな。…人体実験は許さないだろう」


「となると、アメリカ支部の誰と取引したのかという疑問が生じるわけだ」


 一体誰と取引をしたのか。


 サハーラは顎に手を当てる。


 デザインの問題がエジプト支部だけの問題じゃなくなり、アメリカ支部まで関わってくるのは、彼としては厄介だろう。


 今、エジプト支部は経済成長中で勢いもあるため、ローガンはサハーラのことを警戒している。


 そんな中で、エジプト支部が秘密裏に研究していたデータがアメリカ支部の犯罪組織に渡り、犯罪に使われたとなれば、ローガンはそれを大義名分に、大規模な経済制裁を与えることだろう。


 無論その制裁を止めることは、できない。


 正当性のある経済制裁であるがゆえに、悠馬も関与することはできないし、そうなるとエジプト支部は大打撃を受けてしまう。


 すでに手遅れの状態ではあるものの、なんとしてでもアメリカ支部の誰に渡ったのか知りたいサハーラは、テロリストたちに詰め寄る。


 その直後だった。

 空港内に設置されている大型モニターから、緊急警報の音が流れ、悠馬とサハーラは顔を上げる。


 一体何事だ?


 2人はこの警報の音が何を示すのかわかっているのか、テロリストたちよりも、モニターから得られる情報の方が重要だと判断した。


「ここで速報が入りました。映像を映します」


「な…!」


「んだこれ…」


 大型モニターに映し出される、大火災。


 どこかはわからないが、規模としてはかなりの規模なようで、上空を飛んでいるヘリコプターから映し出される中継映像は、見渡す限りの火の海だ。


「ここはアメリカ支部西部海岸沿いです…!ローガン総帥はアメリカ支部隊長を全員招集、軍隊を総動員後に国家非常事態宣言を発令し、現場で指揮を取っています!」


「おい暁…これは…」


 明らかに覚者の火力だ。


 アメリカ支部での大火災と言われ、悠馬とサハーラの頭には真っ先に覚者レッドが浮かんだが、アイツは周囲の被害を考えられる人間だ。


 間違っても自国の、しかも西部海岸一帯を火の海に変えるとは考えられないし、そうなってくると炎系統の覚者がもう1人いる可能性が浮かんでくる。


「はは、どうやら時間らしいな」


「姉さんの言ってた通りだ…俺たちの役目はここで終わりだ」


「あ?」


 思考を遮るようにして発せられた覆面男の言葉に反応する。


 西部海岸の大火災の映像を前にして、勝ち誇った様子の彼の身体は、徐々に溶け始める。


「っ…これは…!」


「メタモルフォーゼ…コイツらも偽物だったか」


 覆面男が溶け始めるのと同時に、周りのテロリストたちもドロドロと溶け始め、擬態させられた被害者たちの姿が露わになる。


「目的は達成した。じゃあな、異能王。サハーラ」


 勝ち誇ったように笑顔を浮かべ、完全にメタモルフォーゼが解除される。


 最後の最後で捨て台詞を吐く覆面の男に、サハーラは小さく舌打ちをした。


「厄介な異能の組み合わせだな…」


「ああ…」


 洗脳で暗示をかけて自分自身になり切らせた後に、肉体変化で容姿も変える。


 そうすることによって完全にドッペルゲンガーの自分を作り出すことができる上に、他人からは見分けが付かなくなる。


 しかもメタモルフォーゼはダメージで解除されることもないため、第三者の異能解除は実質不可能。


「絶対にとっ捕まえてやる。覚えてろよ…」


 肉体が元の姿に戻り、全くの別人が倒れ込む空港の中、サハーラはそう呟く。


「それよりも、問題は西部海岸だ。…国家非常事態宣言ってことはつまり、俺はアメリカ支部に向かわなくちゃいけない。…まぁ、おそらく戦乙女が向かってるとは思うが…」


「…もちろんわかってる。…デザインの研究データもアメリカ支部に渡っているなら、お前はそっちを優先した方がいい。…俺はテロリストを追う」


「ああ。任せる」


 サハーラはテロリストを、悠馬は西部海岸へ向かうことで同意を得る。


 エジプト支部はサハーラ1人でなんとかなるだろうが、アメリカ支部の大火災は、ローガンでどうにかできる範疇を超えている。


 国家非常事態宣言は、一言で言い表せば悠馬や総帥を招集しているということだ。


 自国では対応できるかどうかわからない事件が発生したため、全世界から異能王や総帥、冠位に対して応援要請をするもの。


 当然だが国家非常事態宣言が発令されれば、悠馬はどの業務よりも優先して、宣言国に向かわなければならない。


 モニターに映し出される業火を見上げる悠馬は、ゲートを発動させると、そこから流れるように出てきた銀髪の女性に目で合図を送る。


「…アメリカ支部のヤツでしょ。アルデナ総帥の終息宣言の後に、すぐにこのニュースに切り替わった」


「規模が規模だ。すぐに動く必要がある」



 ***



 灼熱という言葉が相応しい大火災の中、ローガンはバトルスーツを纏い指揮を取る。


「人命が最優先だ!救助を優先しろ!ここいら一帯の人命救助は完了している!出来る限り多くの人を救い出せ!」


「はっ!」


 ローガンの指示を聞き、同じバトルスーツを着た軍人たちは散り散りに救助へとあたる。


 この規模の火災を鎮火するのはまず不可能だ。


 どれだけ水があったって、西部海岸一帯を一瞬で消化することはできないし、そうなると人命救助を最優先にするしか道がない。


 あとは延焼を抑えるために周囲に水を撒き、氷の異能力者と水の異能力者で、被害を抑えるしかない。


 漆黒のバトルスーツから声を張り上げるローガンは、突如として発生した大火災に混乱していた。


 時刻は夜の23時。


 なんの前兆もなく、ただ西部海岸が大火災に見舞われているという通報から駆けつけると、こんな事態に陥っていた。


 夜だというのに、炎のせいで明るく感じてしまう奇妙な光景。


 この件にレッドは関与していない。


 炎の覚者である彼が真っ先に疑われる状況ではあるものの、ついさっきまで彼と共に仕事をしていたローガンは、レッドのアリバイを主張できる。


 横に並ぶレッドへと視線を向けたローガンは、険しい顔をする彼の肩を叩く。


 レッドは炎に対する耐性があるため、バトルスーツを纏わず、顔を曝け出した状態で仁王立ちしている。


「レッド。…これは覚者の仕業だと思うか?」


 あまりにも規模が大きすぎる。


 何が原因でこんな大火災になっているのかわからないし、兵器的な何かなのか、それとも異能由来のものなのかもわからず、炎の覚醒する者である彼に訊ねる。


 レッドはこの数十年間炎の覚者として君臨しているし、彼ならばこれが何によるものなのか判断できるかもしれない。


 するとレッドは、消えない炎を見下ろして口を開いた。


「…俺が最大火力を放っても、一撃では都市ひとつ焼き尽くす程度だ。しかしこれは…」


 都市ひとつどころか、四つの州を跨ぐように大火災が起きている。


 とてもじゃないが、この規模の火災を異能で再現するのは不可能だろう。


「…となると、異能による線は薄…」


「そうでもない」


 異能による線は薄そうだな。


 そう言いかけたところで、言葉を遮られて顔を上げる。


 するとそこには、炎に包まれた建物の上で佇む男の姿があった。


 まるでローガンとレッドを見下ろすような男は、真っ白なバトルスーツのような鎧を身に纏い、真っ赤な瞳で2人を見据える。


「初めましてかな?ローガン総帥」


「お前は?」


「私はこの国の王となるものだ。異能王陛下…いや、陛下と呼べ」


「この国の王?異能王陛下だと?ふざけたことを…」


 ローガンに尋ねられ、この国の王となる者などと抜かした男に反応し、レッドが一歩前に出る。


 この男からは強いオーラを感じる。


 これまで冠位、覚者として歴戦の猛者たちと戦い抜いてきたレッドは、本能的に彼の強さを感じ取り、右手に炎を纏わせる。


「お前は王になれない」


「なぜそう思う?」


「ここで俺に敗れるからだ」


「分を弁えろ老兵が…。こんな場所にノコノコ現れなければ、長生きできただろうに」


 ここで俺に敗れる。


 そう宣言したレッドに対し、男はレッドのことを老兵だと評し、彼と同じように右手に炎を纏わせた。


「レッド!」


 ローガンが叫ぶ。


 同じ異能力者なら、初手から最大火力で捩じ伏せればいい。


 自分のことなど気にしなくていいから、初手で叩き潰してしまえ。


 幸い周囲はもう火の海だし、今更この場に火が増えたところでなんの問題もないと判断したローガン。


 レッドはローガンの言葉の意味を汲み取り、いきなり最大火力で異能を発動させた。


「レイズ・オブ・ザ・サン!」


 燃え盛る神々しい太陽のような球体が、上空から降り注ぐ。


 まるで天体のように、周囲に熱気を放ちながら降り注ぐレッドの異能は、まさに太陽。


 17年前、ティナに放った最大火力と同じだけの力を使用したレッドは、周囲の建物が熱により融解し始めたのを確認する。


 コンクリートの建物が溶ける火力だ。


 いくら同じ炎の異能力者でも、この火力に耐えられるほどの耐性は有していないだろう。


「悪いがこっちも緊急事態なんだ。疑わしい人間は速攻で無力化させてもらう」


 容赦のない発言。


 この大規模火災の中で、怪しい行動をしている人間がいるなら無力化していく。


 例えそれが民間人であっても、今のように異能を使ってこちらに危害を加える意思があるなら容赦しないと考えるローガンは、勝敗が決したと判断し、陛下と名乗った男から目を逸らし、レッドを見る。


 レッドは大きく目を見開き、陛下を見上げていた。


「っ!?」


 ローガンが咄嗟に振り返る。


 振り返ると同時に、右半身に激痛が走る。


 レッドの放ったレイズ・オブ・ザ・サンは、陛下と名乗った男に片手で受け止められていた。


「ローガン総帥。いつの時代も、歴史を変えるのは圧倒的個によるイニシアチブだ」


「ローガン!無事か!?」


「っ…!腕を持ってかれただけだ…致命傷じゃない」


 攻撃が見えなかった。


 いや、一瞬で右腕を焼き払われた。


 反応するまでもなく、自然に発火して右腕が焼け落ちたローガンは、傷口を焼かれるような痛みに強く歯を食い縛り、陛下を見上げる。


「イニシアチブだぁ?お前もイタリアの自称悪羅に感化されたバカだろ?」


「ふむ。あのような故人を名乗らなければならない小物とは一緒にしないでいただきたいな」


 イタリア支部の自称悪羅事件。


 あの一件はタイムリーな話題で、各国の犯罪者組織は、少なからず悪羅が復活したと大喜びしたものだ。


 無論自称悪羅はユディットだったわけで、実際悪羅は生きてなどいないのだが、それでも一部犯罪者に狂気と熱狂を植え付けた。


 自分が次の悪羅になってやる。

 自分が次の大犯罪者になってやる。


 社会から爪弾きにされ、力を持て余した奴らが考えることなんてだいたい同じだ。


 小説や漫画でスーパーヒーローがいるように、自分たちは巨悪になりたい。


 みんなを守るなんて向上心はないから、好きなことをして好きなだけ金を稼ぎ、この世の快楽を全て貪りたい。


 自称悪羅に感化されたバカだと言われ、それを否定した陛下は、再び右手に炎を纏わせる。


「ちょうど良い機会だ。長くその座に居座っている冠位の炎と私の炎、どちらが強いか試してみよう」

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