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dear…  作者: 平平方
終章Ⅲ
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091

「そっちはどう?何かがおかしい気がする」


 耳元に付けた無線から響いた美月の声を聞く悠馬は、空港の中で堂々と歩いている5人組を発見し、その前に立ち塞がっていた。


「…おかしいなんてもんじゃないよ」


 サハーラと美月は、一体誰を制圧したんだ?


 動画に映っていたであろう身長体格をした5人が悠馬の目の前にいるというのに、サハーラも美月も、テロリストを捕縛したような口ぶりで話している。


 正直言って意味がわからない。


 彼女たちが制圧した人間が、全くの別人である可能性を考えている悠馬は、2人がすでに洗脳に掛かっているのか、もしくは自身が洗脳に掛かっている可能性を視野に入れる。


 いや、洗脳は洗脳の支配下に置かれている間の意識はほとんど飛ぶから、ここまで鮮明な意識を保っている自分は大丈夫なはずだ。


 ここに単身で乗り込んだ悠馬は、この場へ分身体で来なかったことを若干後悔しつつ、今はまだ洗脳の支配下にいないことを把握する。


「どうしてここに…」


 悠馬が状況把握を行なっていると、テロリストの1人が悠馬のことに気づいたのか、立ち止まって情けない声を上げた。


「話が違えだろ!」


「イタリア支部にいるんじゃなかったのかよ…」


「サハーラが呼んだのか…?」


「クソ…!」


 国外逃亡を目前として、暁悠馬が現れる絶望。


 そのショックは計り知れない。


 アルデナがイタリア支部の自称悪羅事件の終息宣言をするのは、今日の正午。


 エジプト時間ではまだ先の話だ。


 アルデナが自称悪羅事件に関して大々的にニュースで取り沙汰し、共同戦線を宣言したのが、功を奏した。


 悠馬がまだイタリア支部で自称悪羅を探していると思い込んでいた彼らは、絶望の眼差しを浮かべている。


「一応提案だ。…自主、するか?」


 提案してみる。


 テロリストたちも、流石にバカじゃない。


 空港で争えば当然飛行機は離着陸不可になり逃亡ができなくなる。


 もし仮に争ってうまく逃げれたって、飛行機に乗り込めないのなら意味がないだろう。


 しかし、だからと言ってそう易々と捕まる気もない。


 ここまで来て暁悠馬という絶望と対峙するが、まだ諦めていない彼らは、戦闘態勢に入るように腰を低く構える。


「無駄なことを…」


「…無駄かどうかは俺たちが決めることだ。お前が決めることじゃない」


 どうやら戦うつもりのようだ。


 悠馬の無駄という発言に反応した1人の男は、もう手遅れだが覆面を被り始める。


 黒いニット帽子に穴を開けたような覆面男は、ナイフを構えた。


 それと同時に、空港内がどよめく。


「きゃぁぁあ!」


「ナイフだ!逃げろ!」


 覆面男がナイフを手にしたことにより、空港内は一気にパニック状態だ。


 空港でのテロなんて中々見れるものじゃないから、誰も経験したことがないのだろう。


 慌てふためく人々を横目で追う。


 この場は人が多いな。

 巻き込まれる可能性がある。


 自分自身の異能に巻き込まない自信はあるが、テロリストたちが暴れて被害が広がる可能性を考えた悠馬は、指先を弾いて黄色いドーム型の何かを発動させた。


「バリアフィールド」


「な…」


「壁か!?」


「んだこれ…!ふざけんな!」


「どうやら俺たちを逃すつもりはないらしいな…」


「当たり前だろ。自分らが何盗んだと思ってんだ」


 バリアフィールドは覚者クラスの異能じゃなければヒビすら入らない。


 多少難がある異能だし、強制決闘のような場面じゃなければ使うことはないが、この空間内であれば外部の人を巻き込むこともないし、複数人を相手にした際、取りこぼすこともない。


 この場において最も効率的な異能を発動させた悠馬は、そこからさらに、闇の異能をドーム型に発動させて外部からの視線を遮断する。


 野次馬に見られるのは嫌だからな。


 自分達が安全圏にいるからと、バリアフィールドに触れられたり、写真で撮影されたり歓声や悲鳴が上がるのはごめんだ。


 完全に外部との接続を遮断した悠馬は、薄暗い空間の中、急接近してきた茶髪の男の拳を躱す。


 大きく踏み込み放たれた右ストレートは、プロボクサー顔負けの初速だったが、悠馬はその拳を目で追いながら、ヒョイっと身を背後に傾けて難なく回避した。


「あぶねえだろ。殴る時くらい合図しろ」


「チッ…するわけねえだろバカが!」


「確かにそうだ。お前に良心を求めた俺がバカだった」


 犯罪者が自分を捕まえようとする相手に、今から殴ります!なんて伝えるわけがない。


 バカだと言われて妙に納得した様子の悠馬は、続いて覆面男がナイフを持って突き出した左手を掴み、軽くいなす。


「身体強化にナイフは良くないな。簡単に人が殺せるだろ」


 身体強化にナイフが加われば、人の身体なんて簡単に貫くことができる。


 覆面の男が容赦なくナイフを突いたことに嫌な表情を浮かべる悠馬は、お返しと言わんばかりに腹部に蹴りを入れる。


「ふぐっ…!」


 悠馬の蹴りを受け、覆面男が数メートル転がる。


 腹部に響く、鈍い痛み。


 覆面男は転がりながら痛みを感じたが、その痛みの中に違和感を覚えた。


 異能王の攻撃にしては軽すぎる。


 本来、暁悠馬は異能を使えば大陸すら消滅させることができるとされる人間だ。


 そんな人間が、異能を使ってこの程度の火力しか出せない?


 いいや。それはあり得ない。


 いくら加減をしたって、今の一撃をモロに受けていれば、よくて失神、悪くて骨折だ。


 そこから割り出される答えは、ただ一つ。


「おい…」


「んだよこれ…」


「ああ、コイツ、素の身体能力でコレだ…」


 違和感を感じ取った背後の3人が、口々に呟く。


 そう、悠馬はまだ異能を使っていない。


 身体強化状態で攻撃を加えているというのに、そのスピードに何も使わずに付いてくる悠馬に、恐怖心を覚える。


 これが異能王。


 これが魔王を殺した男。


 世界最強と呼ばれ、誰もが一度は憧れた孤高の存在。


 あまりにも遠すぎる。


 もちろん勝てるなんて思ってない。


 でも、ここまで遠いのか。


 そもそも相手にされていない、敵とすら認識されていないとすら思える悠馬の動きに、怒りや苛立ちなんかよりも、恐怖を覚える。


 それはきっと、本能が察してしまっているからだ。


 自分たちじゃ勝てないと。


 今目の前で対峙して、如実に現れる実力差。


 暁悠馬と出会うことなんて想定していなかった彼らは、子供と大人ほどの実力差を目の当たりにして、たじろいでいる。


「もう終わりか?」


「どうすんだよ…どうすんだよ!」


「わからねえよ!そもそも異能王が関与する想定なんてしてねえんだから!」


 悠馬がこんなに早く関与してくる想定なんてしてなかった。


 実際、悠馬が世界会合の際に悪神の話をしていなければ、サハーラもデザインに関連するこの一件を、秘密裏に処理しようと動いただろう。


 しかし悠馬が世界会合で悪神の話をした影響で、この一件に悪神が関与している可能性を考えなければならなくなった。


 下手に秘密裏に処理するよりも、悪神が関与していた時のことを考えて報告をあげた方がいいと判断したサハーラだが、結果はビンゴ。


 悪神が関わっていることが判明し、悠馬が即座に動くこととなった。


 完全にシナリオにない人物の登場に、テロリストの1人は戦意を失ったようにへたりこんでいる。


 なんなんだこいつらは?


 悠馬は彼らの謎めいた行動に、疑問を覚えた。


 エジプト支部研究施設襲撃事件において、テロリストは手練れであることを想定していた。


 悪神の関与はあったものの、デザインの情報をどこかから入手し、盗み出すような計画を立てる組織だ。


 絶対に裏に大きな組織が付いていると判断した。


 しかし目の前にいる男たちは、てんで素人のように見える。


 動きも部隊として洗練されているわけではないし、それぞれが言いたいことを口にして、口論になる様子も見受けられる。


 組織としては二流…いや、三流といったところか。


 テロ組織というよりも、もはや同好会や闇バイトの寄せ集めのような面々に視線を向ける悠馬は、スッと人差し指を伸ばす。


 悠馬が人差し指を向けると同時に、テロリストたちはビクッと震える。


「なんだよお前ら。最近流行りの闇バイトか?」


 学生ノリで大事件起こしちゃいましたくらいの反応をする彼らに聞いてみる。


「闇バイトといえば見逃してくれるのか?」


「んなわけねえだろ。お前らのしでかしたことから目を背けるな」


 軽い気持ちで犯罪を犯しちゃったから許してくださいと言われて、はいそうですかで許してもらえるほど世の中甘くはない。


 腹部を抑える覆面男を見下ろす悠馬は、断じて見逃すつもりはないと宣言しつつ、指を下ろす。


「そもそも、そんなにパニックになるならなんでこんな大それたことやってのけたんだよ。バカじゃねえのか?」


 そもそも彼らがデザインの研究データを盗むなんてことをしなければ、追われることはなかった。


 強制されたわけでもなく、ただ自主的に研究施設に乗り込み盗みを働いた彼らが、パニックになって許しを乞う意味がわからない。


 最初からそうなることは想定できていたはずだ。


「それは…」


「金になるからに決まってるだろ!」


 覆面男が言葉に詰まると、割って入るように叫んだ茶髪の男は、悠馬に殴りかかる。


 実力差は理解しているはずだが、それでも闘志を失っていない彼の拳を首を左に動かして回避し、首を掴む。


「ガッ…!」


「騒ぐなよ。今話してるだろ」


 こっちとしては悪神と繋がった経緯が知りたい。


 明らかに素人である彼らが、どうやってデザインの情報を仕入れたのか、どこで悪神と知り合ったか興味がある悠馬は、半ば強引に茶髪の男を黙らせようとする。


「は…なせ…!」


 悠馬が首を掴んで持ち上げると、茶髪の男は空中で足を振りかぶり、蹴りを振り下ろす。


 身体強化の異能を使っているからなのか、蹴りの速度は超一流だ。


 まるでしなるムチのような蹴りは悠馬の脇腹を捉える。


 どごっという鈍い音と共に、周囲には静寂に包まれる。


 確かに捉えた。


 首を掴まれれば、人間腕を離してもらうように抵抗をするわけで、まさか蹴りが来るとは思っていなかっただろう。


 悠馬を捉えたという確かな手応えを感じる茶髪の男は、喜びのあまり一瞬笑みを浮かべると、その直後に首を締め上げられるような痛みを感じて目を細めた。


「っ…!?」


「少し眠ってろ」


 悠馬は左手で、茶髪の男の蹴りをガードしていた。

 身体強化系の方が素早く動ける近距離で、容赦なく放たれた蹴りをガードした悠馬は眉間に皺を寄せている。


 片手で持ち上げていた茶髪の男を勢いよく地面に叩きつける。


 背後から、後頭部を地面に叩きつけるようにして、悠馬の容赦ない一撃が振り下ろされる。


「かはっ…!」


 ゴッという音と共に地面に叩きつけられた茶髪の男は、その衝撃に耐えられなかったのか、白目を剥いて痙攣している。


「こ、殺…」


「安心しろ。加減はした」


 へたり込んでいる男が勘違いして発狂する前に説明する。


「で?少しは話す気になったか?」


「こ、コイツの元カノが施設の研究員で…!他国に売却したら数十億になるような研究してるって聞いたんだよ」


 へたり込んでいる男が、覆面男よりも早く観念したように話す。


「そんな理由で襲撃したのか?」


「そうだよ。悪いか?世の中金だろ」


「まぁ、確かにそうだな」


 いくらエジプト支部が経済成長中でも、犯罪に走る人間は少なからずいる。


 もちろん理由は様々だろうが、目の前にいる彼らは、ただ楽をして金を稼ぎたかった。


 ただそれだけの話だ。


 メンバーの1人の元恋人からエジプト支部内部の機密情報を仕入れ、その情報をもとに計画された犯行。


「で?仕入れたデータはどこに流す予定だった?」


「それ…は…」


「サハーラが来る前に言った方がいい。アイツが来たら、お前ら全員口を割るまで拷問だぞ」


 事情聴取の方法は各国それぞれだし、悠馬はそこに関して口出しをしない。


 もちろんその過程で拷問や脅迫があったとしても、それが必要なことならやむを得ないだろう。


「アメリカ…アメリカ支部だ」


「…なに?」


 アメリカ支部へデータを売却する予定だったと聞き、硬直する。


「アメリカの誰だ?何者に売却する予定だった?」


「名前は知らない…それに…」


「それに?」


「すでに売却済みだ…」


「っ…!」


 観念したように話す男。


 やられた。


 テロリストたちを探すことに躍起になって、完全に見落としていた。


 エジプト支部内で取引をして、第三者がデザインのデータを持ち去った可能性を考えていなかった悠馬は、へたり込んでいる男へと詰め寄る。


「いつ渡した!?ソイツは今どこにいる」


「昨日…施設を襲撃したすぐ後だ。多分今頃、アメリカ支部だろうよ」


「くっ…!」


 まずいことになったな。


 悪神の関与とテロリストに意識を割いた影響で、第三者がエジプト支部までデータを受け取りに来ているなんて、思いもしなかった。


 男から話を聞いた悠馬は、ギリッと唇を噛んで闇とバリアフィールドを解除する。


「サハーラ。データが国外に流れてる」

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