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dear…  作者: 平平方
終章Ⅲ
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 胸元を発砲され、風穴が開いたサハーラ。


 サハーラは砂嵐が吹き荒れる中、自身の胸元に開いた弾痕を確認し、小さくため息を吐いた。


「さっきの言動…洗脳の異能力者か?我が国にはいなかったはずだが…」


「な…!どうして普通に話せる!?」


 胸元を発砲したというのに、どうして動けるんだ?


 普通の人ならば、胸元を撃たれれば苦しみのたうち周り、絶命する。


 だというのに冷静なサハーラは、驚く茶髪の男を前にして、砂嵐の勢いを弱めた。


 そうして露わになってくる、サハーラの胸元。


 茶髪の男はサハーラの胸元を見て、口をぽかんと開けた。


「な…は…?」


 サハーラの胸元には確かに、銃弾が貫通した穴がある。


 しかしその穴から漏れているのは、血液ではない。


 彼の胸元からは、砂がパラパラとこぼれ落ちていた。


「まさか…砂で分身を作ったのか!?」


「初手の洗脳が効かなかった時点で、その線を疑うべきだったな」


 洗脳の唯一の破り方。


 分身体、つまり本体ではないものを当てがい、本体ではない体で敵を制圧する。


 分身体には思考能力がないし、出来たとしても事前に組み込んだモーションしか実行することができないから、寝返る心配もない。


 その原理は、人にしかかからない洗脳を、ロボットに掛けようとしているようなものだ。


 砂で作り出した分身体だからこそ、洗脳を回避したサハーラは、茶髪の男をじっと見つめる。


「くっ…聞いてねえよそんな砂の使い方…!」


「誰にも言ってないからな。俺の異能は便利なんだ」


「クソ野郎が…!国民を騙して満足か!?」


「はぁ…犯罪者にだけは言われたくないな。…それに俺がどんな異能を使おうが、砂の異能なのは事実だろ?」


 砂で分身を作れる事実を、国民に公表していないから騙したと評されたサハーラは、全ては砂の異能に通じているのだから、騙していないと返す。


 事実、これは砂の異能の応用であって、サハーラが他の異能を隠し持っていたわけじゃないから、文句を言われる筋合いはない。


 自身が優勢だと思っていたのに、突然ピンチに陥って訳のわからない事を言って時間を稼ごうとする茶髪の男の足を、砂で拘束する。


「ぐ…!離せ!!!」


「それは無理な相談だ。お前には冷たい牢屋に入ってもらう。3食食事付きだから安心しろ。…まぁ、今から食うのは砂だけどな」


 まずは1人目だ。


 冷たい牢屋にぶち込むと宣言しつつ、最低限の人権は尊重するつもりのサハーラは、砂嵐を茶髪の男の周りに集中させ、口の中に砂をねじ込んでいく。


「あ゛!が…!あ゛すえ゛て!」


 助けて。


 砂で窒息させられるのは、苦しいだろう。


 人間が苦しむ死に方で溺死が挙げられるが、砂もそれに近い。


 普通に埋まるのではなく、口と鼻から大量の砂をねじ込まれて呼吸ができない男は、両手をもがき苦しむようにバタつかせながら、上天する。


「あれ…?何してるんだ?」


「何って…!お前が煽動してたじゃないか!」


「いやいや!そんなことするわけないだろ!?そもそも扇動ってなんだよ!?デモか何かか!?」


 洗脳で勢いを増していた住民たちは、茶髪の男が意識を失ったことで、徐々に自我を取り戻して行く。


「洗脳は使用者の意識がなくなれば無条件で解除される。総帥ならば全員が知っている」


 クソ異能の洗脳に関する対策は、最初からできている。


 まさかここで洗脳を使う人物に遭遇するとは思っても見なかったが、洗脳が解除された今、下にいる彼らは勢いを失い、散り散りになって行く。


 元々勢いで扇動されただけの人々だ。


 水流のように、勢いがあればものすごいスピードで動いて行くが、洗脳という勢いがなくなった今、水は溜まる一方。


 そうして止まってしまった水は、時間が経てば至る所から染み出し、蒸発して行く。


 流れに身を任せていた人々が興味を失ったように隊列から外れ、周囲で警戒している警察官を見て、自分は関係ないと慌てて去って行く人もいる。


 ここはもう、大丈夫だろう。


「次」


 人々が霧散して行く光景を見下ろすサハーラは、砂の中に茶髪の男を沈み込め、その場を後にした。



 ***



 〝戦乙女、気をつけろ。お前がこれから敵対する相手も、洗脳を使えるかもしれない〟


「美月でいいですよ。わかりました」


 エジプト支部の郊外に佇む美月は、扇動される暴徒を見下ろしながら、落ち着いた様子で話す。


 〝驚かないんだな。相手は悪名高いクソ異能だぞ?〟


 美月が洗脳と聞いて驚かないことが気になったのか、無線から再びサハーラの声が聞こえて来る。


「その悪名高いクソ異能は、知り合いが保有してましたから。何の問題もありません」


 悠馬がなぜ洗脳をクソ異能呼ばわりしているのかは、美涼が洗脳の異能を保有していたからだ。


 学生時代、高校3年の後半に散々洗脳で苦い思い出を作らされた悠馬は、その記憶からレベル無視ができる洗脳をクソ異能呼ばわりし、それを間近で見てきた美月は、きっと他支部のどの総帥よりも洗脳に詳しい。


 〝確かに。洗脳に関する対策を編み出したのも暁だったな〟


「そういうことです」


 洗脳という異能が表舞台に出る前に、そういった異能があると話をしたのは何を隠そう悠馬自身だ。


 各国最初は、元総帥秘書の鏡花の催眠の話をしているのだろうと思って聞いていたが、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。


 知り合いに洗脳の異能力者がいると聞いて興味深そうなサハーラは、感嘆の声を上げる。


「そんなことより、制圧は順調なんですか?」


 〝この程度の修羅場なんて幾度となく超えてきた。俺はお前らの方が心配だよ〟


「ハッ…言ってくれますね。…それじゃあ私も、スマートに終わらせますよ」


 この程度なら問題ないが、逆にお前らが心配。


 まさか総帥のサハーラから心配されるなんて思っていなかった美月は、鼻で笑うと同時に、闇の異能を発動させた。


 ヘルヘイムはダメだ。


 大規模な精神攻撃は、暴動の最中にいる住民に大きなショックを与えることになるし、そうなればサハーラは激怒することだろう。


 闇の異能は応用力に優れているというが、こういう時は使い勝手が悪い。


 全員を力の元に一撃で捩じ伏せることは可能だが、サハーラの砂のように撹乱する力がない闇。


 しかし美月はそんなこと気にしていないのか、大規模に闇を展開した後、右手を差し出した。


「行け」


 彼女が右手を伸ばし、命令を下すと同時に、闇の中からは小さな人形のようなものが大量に現れる。


 その異能の使い方は、高校時代の嫉妬の指の異能を彷彿とさせるもので、闇の中から湧き出た可愛らしい人形たちは、走って暴徒の中へと突っ込んでいく。


「うぁ!?何だこれ!?」


「きゃぁ!掴まないで!」


「くっ…!身動きが取れない!」


 暴徒の中へと突っ込んだ闇の人形たちが、人々を捕縛するというホラー映像。


 見た目が可愛らしい闇ではあるものの、やっていることはただの制圧のため、見る人が見れば卒倒する光景だ。


 まだ可愛らしいから何とかなっている闇の蹂躙を見つめる美月は、その中で不自然に庇われた人物を見逃さなかった。


「っ…!」


 居た。


 闇が暴徒を捕縛する中で、明らかに庇われる動きをした人物がいた。


 周りの人々が守るようにして1人を囲ったことに気づき、透過の異能を発動させて暴徒の間を走り抜ける。


「結界…ヘルメス」


 ヘルメスの幸運により、人にぶつからずに一気に走り抜ける。


 透過しているということもあり、誰かに気づかれることもなく一気に不自然なところへと距離を詰めた美月は、その中にいる身を屈めた男を見つけ、透過状態のまま蹴りを入れた。


「ぐぅ…!」


 美月が蹴りを入れると同時に、男は転がって行く。


 掛けていたメガネが転がり、闇の人形たちから自身を守ってくれていた人々が拘束されているのが視界に映る。


「誰だ!?姿を現せ!」


 明らかにインドアな人物、エジプト支部出身にしては日焼けしていない男は、どこから攻撃が飛んできたのかもわからず、周囲を見渡しながら叫び声を上げる。


「クソ!洗脳が効いてないのか!?」


 姿を現せた命じたのに、誰も姿を現さない。


 挙動不審に周囲を何度も確認する男に、美月は透過を解除しないまま小さなため息を吐く。


 一見、洗脳は隙のない強力な異能だと感じるかもしれないが、対策の打ちようはある。


 確かに洗脳は戦況を変えるほど強力な異能だが、抜け道は複数あるのだ。


 まず一つ目に、本体ではなく分身体で戦うこと。


 これはサハーラがやったように、分身体は大抵の場合催眠の対象外となるため、最も効果的とされている。


 そしてもう一つ、洗脳には破り方がある。


 それは単純に、相手から認識されないことだ。


 洗脳という異能は、相手を認識していないと発動させることができない。


 まぁ、簡単に言うと任意の対象しか洗脳できないということだ。


 だから洗脳と美月の透過は、極めて相性が良い。


 そもそも美月がどこにいるかわからないのだから、洗脳の対象になることはないし、見つからないのだから美月自身は、一方的に攻撃もできる。


 何の問題もない。


 相手の洗脳の使い方からして、これは悪神に授かった力だ。


 明らかに洗脳に慣れていないし、そのせいか混乱している様子もある。


 どこから攻撃が繰り出されたかわからない上に、洗脳が効いていないという不測の事態に陥っている男は、自身が洗脳した人々を寄せ集め、守りに徹そうとする。


 そうはさせない。


 合図を出して、自身を守るために再び囲まれようとする男に、再び回し蹴りを入れる。


「ぐはっ…!」


 美月の放った回し蹴りは、鮮やかに彼の首筋にクリーンヒットし、転がって行く。


「いっ…どこのどいつだ…!姿を現せ…!」


 1メートルほど離れたところまで転がり、首筋を抑える男は吠える。


「今のは意識を刈り取るつもりで蹴ったんだけど…意外と頑丈なんだ…」


 男に聞こえないよう、小さな声で呟く。


 意識を奪えば洗脳も解けるから、この一撃で終わらせるつもりだったが、テロリストなだけあって身体は頑丈なようだ。


 多少は鍛えているであろう太い首筋が赤く腫れて入るものの、首が折れた様子はないし、意識が朦朧としている気配もない。


 これだから頑丈な男は面倒なんだ。


 いくら美月が全力で蹴りを入れようが、鍛え抜かれた男に対して有効打になる可能性は低い。


 それは男女の筋肉量や骨格の問題で、中にはごく一部、男をも超える筋肉量を持つ女性もいるが、美月はその類ではない。


 身体能力だけでは目の前の男の意識を奪えないと判断した美月は、続いて闇の中からデバイスを取り出す。


「悪いけど、次で終わらせる」


 暴動が起きているのは合計で17ヶ所。


 美月とサハーラのみで暴動を制圧しようとした場合、単純計算で1人8.5箇所の暴動を止めなければならないということだ。


 そう長くこの場に留まることはできないとわかっている美月は、洗脳しか芸のない男に向けて、容赦なくデバイスの柄を振り下ろす。


 後頭部を目掛けて、容赦なく意識を刈り取った美月は、無表情のまま透過を解除しない。


 白目を剥いて倒れ込んだ男の両手両足を、闇の異能で拘束する。


「サハーラ総帥。こっちも1人制圧しましたが…暴徒はどうしますか?」


「放っておけ。彼らに罪はない。時期に散るはずだ」


「わかりました」


 サハーラの指示を聞き、その場からすぐに離れる。


 暴動に参加していた国民達が正常に戻れば周囲の動きは読めなくなるし、混乱は避けられない。


 発動させていた闇の人形達を解除させつつ去って行く美月は、ふと違和感にも似た何かを感じ、意識を失った男へと振り返る。


 彼、動画では身体強化の異能を使っていなかったっけ?


 普通、洗脳の異能が効かない不測の事態に陥れば、咄嗟に身体強化の異能を使って逃げ出したり回避行動に出るはずだが、どうして周囲の人間を盾にして自身を守ろうとしていたのだろうか?


 意識を刈り取られるまで洗脳以外の力を使おうとしなかった男に、疑問を抱く。


「もしかして…身体強化の異能が使えなくなってる…?」


 悪神から洗脳の異能を授かることで、身体強化の異能を失ったのだろうか?


 それに、動画のテロリストは5人しか映っていなかったのに、出撃箇所が17ヶ所もあるのが気になる。


 節々から噴き出す違和感。


 うまく行っているようで、何か得体の知れない見落としを感じる美月は、頬に一筋の冷や汗を流し、無線のチャンネルを切り替える。


「悠馬…何かがおかしい気がする。そっちはどう?」

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