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「つまり、サハーラはすでに人体実験に手を出していて、その中の被検体もテロリストに盗み出された可能性が高いと」
「うん…そういうことになるね…」
ホテルの一室、美月が確認した研究施設内の情報を知らされた悠馬は、エジプト支部の人体実験がかなり進んでいる段階なのだと知り、表情を固くする。
「人体実験の禁止は条約で決まってるよな」
「うん、それをサハーラ総帥が見落としてるとは思えない」
「となると、グレーなラインで留めているのか、完全に真っ黒な状態を隠しているのかな2択だな」
つい一昨日までなら、サハーラに限ってそんな条約違反のヘマはしないと思っていたが、凍結を要請したデザインの研究を続けていたという事実があるだけに、彼を一概に信用することはできない。
「施設の状態は襲撃時そのままみたいだったから、調べようと思えばまだ情報は出てくるかも…」
「…いや。研究施設はいい」
「なんで?」
「冷静になって考えてみたんだ。サハーラも施設にいる以上、下手に出入りできる難易度じゃないだろ。それに都合の悪い情報は消されているだろうし、何よりも今回助けを求めてきたのはサハーラ自身だ」
だからサハーラが、こちらに対してテロリストの情報を遮断するとは考えられない。
重要な証拠が見つかれば、彼は間違いなく悠馬にも共有する。
「確かにそうだけど…」
この1日でサハーラの裏切り行為を2つも見てしまっているため、本当に協力してくれるのだろうか?と不安を抱いてしまう。
サハーラを信用できない美月は、悠馬に対して不安そうな眼差しを向ける。
「渡されたあの動画だけじゃ、犯人は見つけ出さないからな…」
イタリア支部のユディットの目があれば簡単に見つけられただろうけどな。
あの超感覚とも言える気を見分けるという力があれば、モニター越しの動きやオーラから、犯人を見つけ出すことも可能だったろう。
ユディットのあの力は異能の部類ではないからセカイで模倣することはできないし、正直現状はどん詰まりだ。
「けど、そんな悠長に構えてられないでしょ?」
犯人を見つけるだけの材料がないのに、唯一の襲撃ポイントである研究施設にも興味を示さない悠馬。
そんな彼に対し、悠長に構えてられるほど時間がないことを指摘した美月は、悠馬をじっと見つめる。
「確かに悠長に構えてられるほど時間はない。でも、それは相手も同じだ」
「?」
美月は悠馬の言葉の真意が分からず、銀髪を揺らし、首を傾げる。
「国境を跨ぐ移動手段に関しては、現状全てをサハーラが掌握している」
研究施設が襲撃されたことまで共有しているのかは分からないが、テロ組織が国内の施設を襲撃したと通達を入れているはずだ。
「それにエジプト支部内じゃ、デザインの研究結果なんて無価値にも等しいだろ」
エジプト支部で盗んだモノをエジプトで使うなら、技術が表に出るのを待てば良いだけだし、エジプト国内でデザインを使用するとなると、サハーラに捕捉される可能性が出てくる。
レベルが不自然に上がれば当然誰もが噂をするだろうし、エジプト国内で使うリスクを考えると、使わない方がいいと判断するはずだ。
美月も悠馬の話を聞いて、大方理解ができたのか、深く頷いている。
「確かにそうだね。エジプト国内でデザインを使用するのが、1番リスクは高い」
「ああ。だから何としてでも、デザインの研究データを国外へ持っていきたいはずだ。…しかし陸も空も海も、サハーラが掌握してしまっている」
選択肢としては海外に行くしかないが、移動手段がない。
何を使おうにもサハーラのせいで捕まるリスクを考えなければならないし、かと言って大人しくしていては、一生エジプト支部から出られなくなってしまう。
ならばどうする?
どうやってエジプト支部から抜け出す?
きっと答えは単純だ。
美月は悠馬が何を考えているのか先読みし、口を開く。
「陽動作戦で、切り捨てていい戦力にサハーラ総帥を集中させて、その隙に強行突破するってこと?」
「ああ。十中八九、その動きになると思う」
この国からの離脱が望めない以上、陽動を上手く使って、本隊を逃がす動きをするはずだ。
それも数日以内に。
こうしている間に刻一刻とサハーラが犯人に近づいている可能性もあるし、その可能性を捨てきれないテロリストたちは、早くこの国から脱出したい。
「確かに…研究が進んでない国の方が、どんな技術でも高値で取引されるからね…」
デザインに限らずとも、どの技術だってそうだ。
技術が進んでいる国で二番煎じを作るよりも、技術が進んでいない国で進んだ技術を使用した時の方が金になる。
「そ。だから俺たちは、総帥邸で動きを見て、いち早く動けるように準備をしておけばいい」
いち早く情報が入る総帥邸で待機し、情報が入った瞬間にゲートで動く。
それが悠馬が導き出した最効率手段。
テロリストの素性や国籍がわからない以上、これしか方法がない。
悪神が関与している以上、簡単な証拠は残してくれないだろうし、後手に回るのは必至だ。
サハーラの追跡が先にテロリストを見つけ出すか、それともテロリストが先に攻撃を仕掛けるのが早いか。
「どっちにしたって被害は最小限で終わらせてやる」
***
「完全に国外への道は閉ざされてるな…」
「くっ…!だからもう少し計画を練るべきだとアレほど…!」
「仕方ないだろ!あの女が協力してくれなければ、俺たちはこのデータを盗み出せなかった!」
薄暗い部屋の中、余裕がないのか言い合う男たちの声が聞こえてくる。
部屋の中にいるテロリストの男たち。
覆面を被り、ソワソワと動き回る影が、部屋の中にはある。
悠馬の予想通り、国外への逃亡経路が閉ざされたことで焦りを覚えている男たちは、互いに余裕がないためか、今にも掴み合いが始まりそうな雰囲気だ。
1人の男があの女、つまり悪神が協力してくれなければ、うまくいかなかったと話す。
今の時代、犯罪者組織やテロリストが激減しているのは、暁悠馬が台頭したこともあるが、他にも多数の要因がある。
例えばそれは、警備員の強化。
軍人上がりや異能島卒業のハイレベルな異能力者が警備職に就くことが多いため、以前のように武器や小細工で犯罪を犯せるほど生易しい環境じゃなくなったこと。
そしてその他にも、犯罪を犯した後の、追尾方法。
連太郎や加奈のように、追尾や補足が可能な異能力者が警察や特殊部隊に配属されることも多くなっているため、犯罪を犯すこと自体のハードルが上がっているのだ。
だから悪神がいなければ、生半可なテロリスト集団は研究施設に入るまでもなく制圧されていたはず。
今この時点で、国外に逃げられず言い合いを始めていることから、彼らのレベルはお察しだろう。
いくら数字上のレベルが高くたって、悠馬どころかサハーラにすら遠く及ばない実力。
たまたま計画していたデザイン奪取計画に、ラッキーパンチで悪神が加わったことで、計画が成功しただけ。
自分たちのレベル以上の成功を収めてしまった彼らは、その後のサハーラの素早い動きに対応しきれず、すっかり混乱していた。
「この国から脱出さえできれば、一生遊んで暮らせるのに…!クソ!」
デザインのデータさえ他国に販売し、逃亡さえできれば一生遊んで暮らせるだけのお金が手に入る。
世界には暁悠馬をよく思っていない国の一つや二つくらい存在している。
戦争をしたいのに、悠馬がいるせいで戦争が出来ない国だってあるわけだし、悠馬自身どの国にだっていい顔をしているじゃないから、よく思っていない国がない方がおかしい。
世界各国はこの研究データを、喉から手が出るほど欲している。
ゴール間近だというのに、思い通りないかないテロリストたちの雰囲気は、最悪だと言ってもいい。
「どうするんだよ!?」
「こうなったら、強行策に出るしかないだろ」
1人の男が、そう口にする。
覆面を被り、目元と口元だけを露わにする1人の男は、ナイフを片手に席を立つ。
「強行策だと?…何するつもりだ?」
「決まってるだろ。各地で問題を起こして、サハーラを揺さぶるんだよ。…その隙にこの国から脱出する」
「お前が問題を起こすってことか?」
1人の男が尋ねる。
各地で問題を起こしてサハーラを揺さぶるのはわかったが、1番重要なのは、それを誰がやるのかということだ。
当然だが、テロリストの男たちは全員が逃げたいわけであって、自ら囮に志願する気は毛頭ない。
真っ先に考案した男に対し、お前が男になるのかという質問が飛び、覆面男は黙り込んだ。
「ほらな。俺たちは誰も捕まりたくねえ。そんな中で自ら囮を希望するやつなんていないんだよ!」
「さっきから否定的な意見ばかり…!そういうお前は代案でもあるのか!?このままじゃ全員捕まるんだぞ!?」
覆面男が胸ぐらを掴み、代案を出してみろと言う。
そんなギスギスとした空間には、木製の木箱の上に腰掛け観戦する、黒髪の少女の姿があった。
「あはは。ここまで手伝う気はなかったんだけど、トラブってるみたいだね」
黒髪に真っ黒な瞳。
日本人離れした真っ白な肌の少女は、掴み合うテロリストを見て、面白おかしく微笑んで見せる。
「おまえ…は…」
「なぁ!姉さん、もう一度手伝ってくれよ!」
「頼む!」
扉を開かれた形跡もなく、部屋の中に侵入している少女、悪神。
彼女を見つけた瞬間、縋るようにして擦り寄った2人のテロリストは、すっかり彼女の力に魅了されている。
人間、一度楽な道を知ってしまえば、その道に逃げようとするものだ。
悪神のおかげでデザインの研究データを盗み出すことに成功した彼らは、次も悪神に手伝ってもらってエジプト支部から上手く逃げようと考えている。
しかしそんな彼らの淡い期待は、すぐに裏切られることとなる。
「いいけど、それって私にメリットある?」
「は…?」
「いや…だって昨日は助けて…」
助けてくれたじゃないか。
デザイン研修施設の襲撃を手伝ってくれただけに、次も手伝ってもらえると思っていた男たちは、何のメリットがあるのか聞かれ、唖然とした表情を浮かべる。
最後の希望、唯一自分たちがリスクなく逃げ出せる手段があると思っていただけに、悪神の容赦のない発言は、彼らをどん底に叩き落とす。
「こう言うのって、等価交換じゃない?研究施設は私にもメリットがあったから手伝ったけど、今回は違う。私に何のメリットが?」
デザインの研究データを盗むのには、悪神にもメリットがあったと話す。
しかしデザインの研究データを盗むのを手伝ったのと、テロリストたちの逃亡を手助けするのとでは別の話だ。
調和の神であるが故に、自分だけ手伝うのはバランスが悪いと話す彼女は、顎に手を当て、3人の反応を楽しむ。
追い詰められたテロリストたちは、互いに顔を見合わせ、彼女にどんなメリットが提示できるのか考える。
「その様子からして、アンタも国外脱出できなくて困ってるんじゃないのか?」
「私が?ここに私がどうやって入ってきたか、忘れちゃった?」
「……っ」
悪神も結局、国外に逃げ出すことができなかったから、共犯である自分たちを頼ってこの場に訪れた可能性を考えたが、その考えは一蹴される。
鍵を開けていない部屋の中に容易く侵入してくるのはさっき目の当たりにしたし、彼女が別に、国外に逃げることを望んでいるわけじゃないということが判明する。
ならば何を…
悪神は1人でも逃げ切れるのに、わざわざこの場に現れたということはつまり、彼女にもこの接触に何かしらのメリットがあるということだ。
そのメリットが何かはわからないが、それさえわかれば、助力は得られるはず。
自分たちに何かしてほしいこと、もしくは手伝ってほしいことがあるのではないかと考えた覆面男は、悪神へと手を差し出す。
「悪いが頭の悪い俺じゃ、アンタが何を望んでいるのかわからない」
「そう?残念。少しは期待してたのに」
「…だから教えてほしい。俺たちにできることなのであれば、協力するから、アンタも俺たちに協力してくれ」
悪神は差し出された覆面男の手を見下ろし、無表情のまま動きを止める。
2人の間に沈黙が発生し、室内にいたテロリストたちも、その沈黙に飲み込まれ、口を噤む。
数分に及ぶ沈黙。
悪神からの返事を待つテロリストたちは、彼女がゆっくりと動いたのを見逃さなかった。
覆面男が差し出した手を、悪神がそっと握り返す。
「いいよ。私に協力してくれるなら、特別に手伝ってあげる」
そう言って彼女は、怪しく微笑んでみせた。




