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dear…  作者: 平平方
終章Ⅲ
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085

 悪神の行動に一貫性を感じられない。


 悪神が物語能力を授けた人物は、歴代でエルドラ、混沌、ティナの3人。


 その誰もがセカイを望み、自分の望む世界を手に入れようとしていたわけだが、なぜ自身が物語能力を授けた人物がセカイを手にした瞬間、妨害に走ったのか。


 改めて冷静に考えてみると、完全に余所者の夕夏や悠馬がセカイを手にしたから悪神が動くならまだわかる。


 当初想定していない、割り当て予定のない人物が突然セカイを持って現れたら、没収や罰を与えるのは目に見えているから。


 だから悠馬がセカイを手にしている今、悪神が戦いを挑んでくるのはわかる。


 しかしティナの場合はどうだ?


 このパラレルワールドの悪神がどうかはわからないが、悠馬の世界の悪神は、ティナの人類滅亡に同調していた。


 直接会話をしたことでその言質はとっているし、その言質から考えると、悪神がティナの妨害をしたという事実に矛盾を感じてしまう。


「…考えが変わったのか、或いは…」


 口ではああ言っていたが、もっと別の理由があるのか、もしくは実際は昇華されたセカイを奪うために暗躍しているだけのクソ野郎なのか。


 だが残念なことに、セカイを神が奪うことはできないと聞いた。


 物語能力は異能の枠組みに留まるから、エルドラは物語能力を譲渡することができたが、セカイは異能ではあるものの権能の枠組みに近いため、目の前にいるティナのように、セカイを完全に奪われることはないということか。


 悪神がその事実を知らないのは驚いたが、まぁ話では元のセカイは零の権能であるが故に、神が回収できると考えるのは当然のこと。


 まとまらない思考を強引に纏める悠馬は、無理やり話の辻褄を合わせるための仮説を考える。


「まぁどっちでもいい。俺がやることは変わらない」


 悪神の矛盾した行動なんてどうでもいい。


 現実世界の悪神は本気で戦うつもりで、それを阻止しなければならない事実は変わらない。


 この世界の悪神がどれだけ矛盾した行動をとっていようが、勝てばいいだけの話だ。


 そう、勝てば解決する話。


 悪神が何を考えていようが、何を準備していようが、勝てばそれで全てが終わる。


 この過程において悪神の訳のわからない行動に翻弄され、寄り道をするのは1番ダメなことだ。


 こうしている間にも刻一刻とタイムリミットは迫っているのだろうし、このパラレルワールドは悪神が用意したものではなく、星屑が用意したか、或いは世界の意思。


 悪神は悠馬がパラレルワールドを渡り歩いていることなんて知らないだろうし、下手に知りすぎて勘付かれるのも困る。


「…まさかソナタ、悪神と戦うつもりか?」


 ティナは目の前で考え込んでいた悠馬を確認し、尋ねる。


「戦うつもりはなかったが、戦いを挑まれてるところだ」


「やめておけ。アレは人では太刀打ちできない。もし仮にソナタが妾より強かったとしても、それは人の枠組みの中での話だ」


 そう、人類最強、世界最強と言われようが、それは人という枠組みの中での話だ。


 無論その中に神なんかが入ってくると、議論の余地は出てくるし、当然だが暁悠馬は最強ではなくなる。


 悠馬が変な勘違いをしていたらいけないと、間違っても思い上がるなと忠告するティナは、あくまで悠馬を人の枠組みとして捉えてくれているようだ。


 その気遣いが、なんだか嬉しい。


 異能王になってからというもの、悠馬は花蓮たち以外からは、人の枠組みの中にカテゴライズされている人物として扱われてこなかった。


 暁悠馬なら大丈夫。

 暁悠馬なら神にでも勝てる。


 そんな根拠のない話を世界中の人々が信じ込んでいるが故に、心配されることは極めて少ない。


 それは最強であるが故の孤独。


 孤高であるが故に崇拝され、人としてではなく理想として扱われる悠馬。


 花蓮や夕夏たちからは心配されることはあるものの、真っ直ぐな瞳で、人の枠組みとして捉えてくれた彼女には、感謝しないといけない。


「ありがとう。そうだな、俺もお前も、ただの人間だよ」


「そうだ。妾もソナタもただの人間だ。だから神と戦う選択肢など捨て…」


「ううん。ティナ、違うんだよ」


「…なんだと?」


 戦う選択肢を捨てて、他の道を模索した方がいい。


 そう言いかけたティナは、言葉を言い切る前に違うと言われ、目を細める。


「…避ける道がないんだ。俺の死は確定してる」


「妾にはソナタが死にに行くと言っているようにしか聞こえないが…死にたいのか?」


 避ける道は模索できない。

 何故なら死ぬことは確定しているから。


 星屑の話からするに、アイツは悪神を避けて通る道があるならあんな話しはしなかったはず。


 だということはつまり、避けて通る道が無いということだ。


 ならば真っ向勝負で捩じ伏せるしかない。


 たとえ相討ちになるのだとしても、最大限の準備と対策をして、悪神を迎え打つ必要がある。


 そのためには、この特異点…パラレルワールドを終わらせる必要がある。


 何をすべきかはわかった。


 彼女と話す中で、彼女には人を労るという感情が残っていることに気づいた。


 自分を人間だと称したように、彼女は人であることを忘れていない。


 ならばこの世界を救う方法は残っている。


 悠馬は真っ直ぐなティナの瞳を見て、立ち上がると彼女の元へと歩み寄る。


「ティナ」


「なんだ?」


「1人でよく頑張ったな」


 そう言って悠馬が抱きしめると、ティナはわけがわからないと言いたげに大きく目を見開き、戸惑いを見せる。


「なにを…」


「………いやさ。俺は周りに恵まれたよ。たくさんの人に支えられて、道筋を描いてもらって、ここまで辿り着いた」


 死神や悪羅、夕夏や花蓮ちゃん、たくさんの人が支えてくれたから、ここまで辿り着けた。


 きっと何かが欠けていたら、あの日ルクスに斬り刻まれた時点で終わっていたかもしれないし、混沌と戦った時に全てが終わっていたかもしれない。


 だから同じような道筋を1人で歩んできたティナには、労いの言葉をかけるべきだろう。


 エルドラのパラレルワールドのティナに言われたように、約束した言葉を呟いた悠馬は、徐々に戸惑いを失い、気の抜けた表情になっていくティナを見守る。


 彼女の表情は、あの日、空中庭園で見た表情となんら変わらない。


 悠馬の優しい言葉を拒絶することもなく受け入れたティナは、俯きながら息を吐いた。


「ああ…頑張った…妾なりに頑張ったんだ…」


「ああ。そうだな」


「でも多分…いや、きっと妾は間違っている方に頑張ってしまった…」


 ティナは正直に話を始める。


 プライドを捨て、自身の行ってきたことを過ちだったと認めるような発言。


 悠馬はその言葉を聞いて、ティナが抱いている心の柔らかい部分に触れる。


 それはティナの本心。


 固く閉ざされた心の奥底に閉まった、本当の感情。


「妾は人を救いたいと思う以上に、人を憎んでしまった…!全人類がいなくなれば、このノイズは消えると思っていた…!」


 感覚が鋭いからこそ感じる悪意、ノイズ。


 人という生き物に心が備わっている以上、当然だが敵意や悪意が存在するわけで、聖人君子だって全ての人間に対し敵意や悪意を持っていないわけじゃない。


 ずっとうるさかった。


 感覚が研ぎ澄まされ、夜も眠れない日々が続いた。


 1人思い悩み、相談をするが、同じような感覚を持つ人間が周囲にいない以上、ティナの苦しみは誰にも理解されなかった。


 笑顔で微笑むお偉方が悪意を持って接しているのを見て、虫唾が走った。


 裏で人々を苦しめている政治家を見て、憤りを覚えた。


 まるで聖母のような微笑みで孤児を保護していた園長が、裏で孤児を殺して臓器を売り捌いていた。


 こんな悪意のある人間たちと、何十年も生きていくことになるのだと知り、深く絶望した。


 …だから粛清した。


 ティナは異能王時代に、国をひとつ滅ぼしている。


 悪意のある国王と、悪意のある政治家と、悪意のある人間たちが目に余り、殺すという選択肢を取ってしまった。


 国を滅ぼした後は、幾分か敵意も悪意も収まった。


 各国はその王国が裏で極悪非道なことをしていると知っていたため、ティナにそんな行為がバレると、粛清の対象になるかもしれないと取り繕った。


 人は隠すのが上手い生き物だ。


 いくら感覚の鋭いティナであっても、世の中を渡り歩いてきた一流の悪人たちの悪意を全て見抜けるわけじゃない。


 そもそもティナに対しての悪意でなければ、悪意の向かっている先がわからないため、判別することはできないだろう。


 だから彼女が死ぬまで、各国は表面上、ティナに対して協力体制を敷いていた。


 そして死の寸前、ティナは彼らが救いようのない人間だったのだと知った。


 ティナが死ぬと知り、お偉方は本性を露わにした。


 彼女は死の寸前、強く後悔した。


 もっと力があれば、もっと時間があればこんな奴ら…


 いや、こんな奴らなんじゃない。


 どんな人間でも悪意を持っていて、人間に悪意という感情があるから振り回される。


 誰かが苦しまなければならなくなる。


 それが必ずしも人とは限らないし、動物に悪意が向かう時もある。


 ならばどうする?


 どうしたらいい?


 こんな世界を間違っていると訴えることはできるが、結局同調した人間たちも、いつしか裏切って消えていく。


 思い悩み、苦しみ続けたティナは、死の寸前に強く願った。


 どうか第二の生が許された時には、全ての人類を滅ぼす力が欲しいと。


 そして物語能力を得たティナは、計画を練ってセカイを得るに至った。


「だがノイズは消えなかった…悪意は大いなる悪意で上書きされていく…結局残ったのは、1番大きな悪意を持った妾だけだった」


 悪意を悪意で徹底的に潰し、人類滅亡どころか全ての生物を滅亡させたティナではあったが、結局残ったのは最も醜く最も悪意を持った、自分自身だった。


 そこでようやく、自分の犯した罪を知った。


 行動している最中に、冷静になれる人は少ない。


 何かにヒートアップしていたり、何かに熱中、集中している際に、客観的に自分を振り返ることなんてできない。


 だからティナは、全てが終わった後に自身の犯した悪意を振り返り、それが過ちだったのではないかという恐怖を覚えた。


 ティナが神格を得ていないのに、なぜ死なずにセカイを保有し続けているのか。


 彼女は悪神に世界樹の一部に変えられているものの、死ぬ事なく生命活動を続けていた。


 本来、いくらセカイと言えど、悠馬のように歳は取るし死ぬ事はできるはず。


 しかしティナにそれが起こっていないという事はつまり、彼女は死にたいと口にしながらも、心のどこかでは生きたいと願っていたという事だ。


 …いや、きっと違う。


 彼女が願っているのは、きっと…


「ティナ。もう一度やり直そう」


「なにを…」


「今度は誰かを憎むためじゃない。誰かを信じるために生きよう」


「不可能だ。妾にそんな資格はない!」


「資格なんて必要ない。今のお前には、ソレを望めば実現できるだけの力があるだろ」


 いくら壊れかけのセカイでも、ティナの意思次第で元の力を取り戻す事はできる。


 セカイや物語能力が使用者の意思に左右されるように、ティナが強く望めば、セカイはきっと答えてくれるはずだ。


 だからまだ、この世界を救う手段は残っている。


「信じるだと!?今更妾が誰かを信じられると思うか!?そんなことができたなら最初からこんなことには…!」


「誰も信じられないなら、俺を信じろ。お前は血の通った人間だ。人の痛みが誰よりもわかる人間だ。人の痛みがわかるから苦しんだんだろ?その人たちのことを思って粛清に走ったんだろ?ソレは正しくないのかもしれないけど、間違っているとは思わない。俺はお前を否定しない」


 ティナの苦しみの全てはわからない。


 だけど同じ異能王になった身として、彼女を否定する事はこの先ないと思う。


 だから誰も信じられないというなら、俺を信じろ。


 そう言い切った悠馬に、ティナは口をぽかんと開けて硬直する。


「本当に…妾がやり直せると思ってるのか?」


「当然だろ?お前だから信じてるんだ」


「つくづく頭のおかしな男だ…妾のような悪人を信じるなど…」


「今は悪人かもしれない。でもこれからは違うだ」


 人間はやり直せる。


 もちろん過去の罪は消えない。消せない。


 でも、時間遡行の場合は?


 全ての罪を背負い、時間を巻き戻すと誓ったら?


 きっと彼女の罪を覚えているのは彼女本人とこの場にいる暁悠馬だけになる。


 彼女は未来永劫、この業を背負って生きていくことになるだろうが、それでも今を後悔して未来永劫この場に留まるよりも、遥かにマシな結末だと言えよう。


 悠馬が何かを言わずとも、彼女は世界樹に取り込まれる中で、時間遡行の可能性を見出していた。


 セカイで神格を得て、神格を用いて時間遡行をすれば、時空神との契約は必要ない。


 当然、過去にセカイを手にした人間はティナと悠馬しかいないのだから、試せたわけではないのだが、試す価値は十分にあるだろう。


 ティナは悠馬のレッドパープルのまっすぐな瞳を見て、観念したように目を伏した。


「誰かを信じるため、か…」

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