084
漆黒のゲートを通過し、目的地へと辿り着く。
その間僅か2秒。
ゲートを発動させ、世界の反対側まで僅か2秒で辿り着いた悠馬は、目の前に現れた高さ数百メートルにもなる巨大な樹木を見て、言葉を失った。
「な…」
こんなデカい木が存在するのか?
これまで見たことのないほど大きな木は、高さは数百メートルあるだろうし、幹の太さも50メートル近くあると思われる。
きっとこういうのが、小説や創作に出てくる世界樹と呼ばれるものなのだろうが、まさか自分の目でこんな巨大な木を見る日が来るとは思わなかった。
異能王として、世界中を渡り歩いている悠馬だが、現実世界でこれほど大きな木があるという話は聞いたことがない。
そのことから察するに、おそらくこの木は、このパラレルワールド独自で成長した樹木なのだろう。
「んで…」
生体反応の主人はどこだ?
巨大な木のことを世界樹と呼ぶとして、世界樹の周りに人らしき存在は見当たらない。
確かにサーチには反応があるものの、生体反応の主人を見つけられない悠馬は、サーチを視神経に発動させ、僅かに光る反応を見つけた。
「…!」
悠馬が見つけた反応は、世界樹の中にあった。
通りで見つからないわけだ。
いくら世界樹の周りを探したところで、世界樹の中に生体反応があるのだから、見つけられるわけがない。
白に近いグレー色の世界樹の中に、ちょうど穴のようなものが見える。
「一度入って確認するか」
中に何が待ち構えているかはわからないが、入らないことには話が進まない。
世界樹の穴に一度入る決断を下した悠馬は、静かに穴の中へと向かった。
穴の大きさは、縦2メートルほどだろうか?
横幅的には普通体型の人がギリギリ入れるくらいのスペースで、よく幼い頃に遊んだ、巨大な木の中にある空洞に入るような感覚だ。
どこか懐かしさを感じる悠馬は、世界樹の穴へと足を踏み入れた瞬間、圧倒的な不快感を感じて顔を顰めた。
「これは…」
この不快感は暁悠馬のモノではない。
憎しみや苦しみ、憎悪に怒り。
これまで何度か感じたことのある、悪羅百鬼の感覚なのだろう。
エルドラのパラレルワールドでは深い何かを感じることはなかったが、夕夏のパラレルワールドの時のように、当時の悪羅の記憶がリンクしているのかもしれない。
なぜかはわからないし、その疑問に対して答えてくれる人はいないからそのままにするしかないが、本当に何なんだろうか。
自分が徐々に悪羅百鬼の断片的な記憶を引き継いでいっている気がしてならない。
「して…」
悪羅の記憶が混濁していることに意識を取られていると、微かに声が聞こえてきた。
どこか近くから聞こえる声に顔をあげた悠馬は、周囲を見渡しその声の主人を探す。
世界樹の内部はそこまで広くない。
その中で何度も周囲を見渡し、誰もいないと諦めかけたその時、ほとんど樹木に侵食された、白水色の髪を見つけて動きを止める。
グレー色の世界樹と白水色の髪の色が近しいため、気づくのに時間がかかった。
いや、そもそもサーチから映し出されるこの反応は、悠馬の知っているティナのものではない。
物語能力を手にしていたあのティナ・ムーンフォールンのモノとは思えないほど弱々しく、エルドラのパラレルワールドで遭遇した彼女とも、全くの別物。
絶命しかけの状態で辛うじて生きながらえているのか、生命活動が極端に鈍くなっているのかは分からないが、その反応は死人のソレだ。
「殺してくれ…」
微かに聞こえる声。
ようやく彼女が何を言っているのか耳にした悠馬は、死を望んでいるティナの元へと歩み寄る。
「よっ。…これがお前の望んだ結末か?」
サイコパスのような発言。
死を望む彼女に対し、こんな結末を望んでいたのかと尋ねた悠馬は、感慨深そうに話す。
そりゃそうだ。
暁悠馬は悪羅百鬼として、一度ティナに敗れている。
もちろんティナに敗れたと言っても、夕夏が命を賭してティナを殺すことに成功したから、彼女が望む結末がどんなものだったのかまではわからなかったが、彼女が望んでいた結末は、こんなものだったのだろうか?
悪羅百鬼が最も憎んだ存在である、ティナ・ムーンフォールン。
その憎悪を引き継ぎながらも、その感情を制御する悠馬は、落ち着いた様子で彼女を見つめた。
世界樹に侵食された彼女の白水色の髪が動き、血のようなルビーのような真っ赤な瞳が、暁悠馬を捉える。
「…ソナタ…また来たのか…」
「いいや。そいつは別人だ。そいつは俺であって、俺じゃない」
悪羅百鬼が通過したパラレルワールドだからなのか、はっきりとまた来たと呟いたティナに、即答する。
言葉遊びにも近い発言をした悠馬は、死にかけのティナを見つめる。
「…その様子だと、失敗したらしいな」
ティナの目的は、人類滅亡だったと聞いている。
もちろん彼女が目指す滅亡すべき人類の中にティナ自身も含まれているわけだし、今悠馬の目の前でティナが生きている時点で、彼女の計画は失敗したといえよう。
しかも彼女から感じ取れるのは、物語能力の残滓やそれらの類ではなく、単純に壊れたセカイの破片。
悠馬からしてみると、砕け散ったガラス片の一部、目に映らないほど微細なガラス程度の力しか、彼女からは感じ取れない。
大方、混沌を倒した後に何らかのアクシデントがあってこのザマなのだろう。
状況やティナの身体に残るセカイの残滓から推察する悠馬は、彼女の横に腰掛け、溜め息を吐く。
「…お前と会ったらさ、いろいろ話してみたかったんだよ」
「…妾は話すことなどない。頼む、殺してくれないか?」
「そう言わずに話し聞けよ。お前、ここで何年も一人ぼっちなんだろ?」
「数十年…いや…数百年か…」
1人でいるからか、完全に時間感覚が狂っているティナは、殺して欲しいの一点張りだ。
まぁ、彼女の気持ちはわかる。
人間は何年も身動き取れずに1人で居れば精神を病んでしまうし、人類滅亡を掲げていた彼女ならば尚更。
あとは自分が死ねばこの物語は終わるのに、死ぬことが許されないのだから、ゴール寸前で足踏みしている状態だ。
悠馬はそんな彼女に対し、甘い言葉を投げかけるつもりはない。
いくらパラレルワールドとは言え、彼女は大半の世界線で暁悠馬の敵として立ちはだかっている。
中にはエルドラの世界線のように師弟関係を築けている場合もあるが、だからと言って悠馬の好感度が跳ね上がるわけではない。
ティナにいろいろ聞きたいことがあると呟いた悠馬は、レッドパープルの瞳で外を見つめ、口を開く。
「…時々、お前のこと考えるんだ」
「?」
「人ってさ、裏があるわけじゃん。表ではいいことばっかり言って、裏では極悪非道な行為をしてる奴らもたくさんいるよな」
例えばそれは、カースト下位に暴力を振るい、教師の前では良い顔をするクラス委員であったり、上司にゴマを擦り、部下に責任を押し付ける会社員であったり。
状況は様々だろうが、表と裏がない人間なんてのは存在しない。
異能王になってから、そういう場面を嫌というほどみてきた悠馬は、話を進める。
「殺しちまった方が世の中のためになるんじゃないかって思っちまう政治家も、腐るほどいる」
そう、きっと殺した方がいい政治家も、お偉方もいる。
ティナがそうしたように、悠馬も実力行使を考えたりする。
「俺さ、お前が間違ってるとは思えないんだよ」
「なん…だと…?」
ティナは訳がわからないと言った表情で混乱する。
実際、彼女はこのパラレルワールドで暁悠馬と戦っているはずだし、その後悪羅百鬼が現れ、殺されている。
だからこそ、過去の2人の暁悠馬を見ているからこそ、自身の思考が間違っていないと言われた彼女は、理解が追いついていない。
「確かに、学生の頃の俺は世界の汚さなんか知らずに、お前の思想を戯言、敗者の理論だって一蹴したよ。一蹴できたよ。…でも、大人になった今は、少なからずお前に共感できる部分がある」
人の醜さを知った。
大人の汚さを知った。
だからティナの考えが戯言だなんて、今は思えない。
そういう結論もあっていいのかなと思ってしまう自分がいる。
もちろん、だからと言って本気でティナのように人類滅亡を計画するつもりはないが、それでも彼女には同情せざるを得ないと思ってしまう。
「…人より感覚が優れてるんだって?それなのに異能王なんてして、辛かったろ」
「…なんだ?ソナタ、妾を労いにでも来たのか?」
「どうだろうな。別の世界のお前から、頼まれてるからかな。ちょっと話してみたくなったのかもしれない」
彼女を救う方法がわからないから、ただ話しているだけだ。
彼女を殺して世界を救った判定になる可能性もあるが、エルドラの世界でティナに頼まれている悠馬は、警戒した様子もなく彼女と会話をする。
「ハッ…別の世界の妾は随分と気が抜けているのだな。…嫉妬してしまう」
「まぁ、そっちの世界はそっちの世界で大変そうだったよ。虐殺が日常の世界だったから」
「ソナタは随分と次元を渡り歩いているようだな。…見たところ時間遡行者ではないようだが…こんな話をするためにわざわざ次元干渉をしたわけではあるまい」
「そうだな」
「本題に入れ。其方は何を求めている?妾に何を望む?」
ティナは悠馬の話を強引に打ち切り、望みを尋ねる。
次元干渉までして現れている悠馬が、目的を持っていないわけがない。
何が理由であれ、次元干渉を行った時点で何かの希望があると判断したティナは、真っ赤な瞳で悠馬を捉えた。
「この世界の救い方を探ってるんだ」
「…この世界を救うだと?」
悠馬がこの世界の救い方を探っていると言った瞬間、ティナが大きな反応を見せた。
ティナはこの世界を滅亡…つまり終わらせるために戦ってきたわけであって、今悠馬が話した救うという発言とは対極に位置していることになる。
世界を滅亡させたいティナと、世界を存続させたい悠馬。
対極に位置する話を聞いて、ティナが反応を見せないわけがない。
「笑わせるなよ。若造が…いくらソナタがその異能を持っていたとしても、それを妾が許すと思うか?」
「…今のお前に何ができる?俺に勝てるとでも思ってるのか?」
一触即発。
混沌を倒してから湧く自信なのかなんなのかはわからないが、世界を救うことは許さないと発するティナに、反応する。
ティナはセカイの領域にたどり着いているが、それでも悠馬のソレと比べるとかなり弱体化している。
原因はわからないが、消滅しかけのセカイに、完全なセカイが負けることなどあり得ない。
そっちがその気ならこっちも戦ってやるという意思を覗かせる悠馬は、ティナの首を掴む。
「ぐ…」
「そもそもこの巨大な木に侵食されてるお前ができることなんて、何もないだろ」
「この木さえなければソナタなぞ…!」
「その様子からして、木になったのは自分の意思じゃないんだな」
「当たり前だ…!誰がこんな悪趣味な木になどなるものか…!」
ティナが吠えていることなど大して気にしない悠馬は、この世界樹がティナの意思によるものじゃないと知る。
そこから察するに、コイツはもしかして悪神と戦っているのだろうか?
混沌を倒した後に人類から強敵が現れるとは思えないし、そう考えると神と戦った可能性が高い。
「…お前、悪神に負けたのか?」
「悪神かはわからぬ…セカイを手にし、神の力を行使し人類を根絶やしにした直後に権能を持つ女に襲われた」
それはおそらく悪神だろうな。
女性の権能持ちと聞いて悪神だと断定する悠馬は、ティナの首から手を離すと、興味を失ったように向かいに座り込む。
世界樹のグレー色の木の根に座る悠馬は、胡座をかいた後に右手で頬杖をつく。
「襲われたって言っても、どうして襲われたんだよ?」
「それは妾にもわからぬ。ただ、セカイを奪われそうになったから抵抗してこのザマだ」
「神相手にセカイを守り切ったんだな」
「…?守り抜いてなどいない。ソナタもセカイを保有しているなら知っていると思ったが…神々はすでに権能を持っているが故に、後からセカイを手にすることができないらしい」
「そうなのか?」
「ああ。先に手にする権能が有する領域が多すぎて、セカイを完全に吸収することができないようだ」
「へぇ…なるほど」
悪神はその事実を知らなかったのか?
物語能力を譲渡回収していたことから、セカイも回収して何か企むと思っていたが、悪神からするとセカイを回収できないのは大誤算だろう。
…しかし、理解ができないな。
ティナの話を聞き、自身の記憶と照らし合わせた悠馬は、悪神の行動に一貫性がないことに気づいき、小さなため息を吐いた。




