074
「ふぅ…!やっぱり総帥邸が落ち着くねぇ。そうは思わないかい!?ミュラン!」
「………」
総帥邸にゲートを繋ぐと、呑気にクッキーを齧ろうとするミュランの姿が見えた。
ミュランはアルデナの声を聞くや否や、口をあんぐりと開けたままクッキーをポロリと落とす。
どうやら総帥のアルデナが席を外したため、気を抜いていたようだ。
机の上に置いていた開けたばかりのクッキーを慌てて片付け、何もなかったかのように振る舞おうとしている。
もう手遅れだと思うけど…
「あ、アルデナ!随分と早いお帰りですね!」
「どこかの総帥秘書がクッキーモンスターにならないようにな、ははは!」
「…誰がクッキーモンスターですか!…っていうか、異能王のゲートで帰還するって何事ですか!?」
相変わらずコントが好きだな、この人たち。
別に仕事中にクッキー食べてたくらいで何も言うつもりはないんだが。
黒いモヤのようなゲートから、朱理と精神崩壊した男が通過したのを確認し、ゲートを閉じる。
するとミュランの表情は、精神崩壊した白人男を見るや否や、険しいものになった。
「ミュラン、早速で悪いが調べて欲しいものがある」
アルデナは朱理から受け取っていたナイフを差し出し、数字の刻印を指差す。
「この記念ナイフの番号、誰の手に渡っていたのかと、目の前のこの軍人の名前と家族構成を調べて欲しい」
「まさか…」
「ああ。自称悪羅の一件に、関与した疑いがある」
軍部が関与した可能性があるという話は、さっき電話で伝えたから、横でミュランも聞いていたのだろう。
ミュランはアルデナからナイフと階級章を受け取ると、パソコンの操作を始めた。
「情報はすぐに出しますので、確認ください。…確認している間に、ナイフのデータを調べます」
階級章からすぐに軍人のデータを割り出せるのか、ミュランがパソコンを叩き始めるとすぐに、コピー機から用紙が出てくる。
悠馬は印刷された3枚の紙を風の異能で取り出すと、それぞれアルデナ、朱理、自分自身の手元まで持ってくる。
「ネリット・オルランド…」
悠馬は用紙に記されている証明写真と、目の前で譫言を呟く男の顔が一致しているのか確認する。
顔は完全一致だな。
年齢は36歳、生まれも育ちもイタリア国内で、イタリア支部の異能島を卒業後、軍の道へと進んでいる。
軍部での評価はごく普通で、これまで目立ったトラブルや問題行動は報告されていないらしい。
階級は副隊長の1個下の分隊長。
実力としてはまぁまぁと言ったところだな。
役職と年数から実力を想定した悠馬は、続いてプライベートな情報を確認する。
家族構成は4人家族の、未婚者。
双子の弟がいるものの、病弱で外出ができず、仕事以外の日はつきっきりで看病していると記載がある。
これだけ見ると、家族思いのいい人に見えるが、一体彼がどこで自称悪羅と繋がったのだろうか?
職場と家の行き来の日々なら、自称悪羅と知り合う機会なんて少ないだろうし、そんな彼が偶然自称悪羅に協力することになった、なんて可能性は考えにくい。
そう考えて朱理とアルデナを確認すると、朱理はニンマリと作り笑いを浮かべて、用紙の双子という部分を指差した。
「双子の弟が自称悪羅でしょう」
「なんで…?」
なんでそう思うんだ?
文面だけ見ても、双子の弟が怪しいようには感じない。
そもそも病弱で家から出られないのだから、自称悪羅からは縁遠い存在と言ってもいいだろう。
悠馬が首を傾げると、朱理は頬に手を当てて解説を始める。
「だって私たちを襲撃してきたのは、最初から最後まで本体じゃありませんでしたよね?…本体が外出できないなら、当然闇で攻撃するしかないでしょう?」
「確かにそうだけど…」
でも本体がいないからと言って、いきなり外出できない人を犯人にするのはおかしな話だ。
自称悪羅が素性を知られたくないから、分身体を送ってきている可能性だってあるし、双子の弟を犯人にするのは強引すぎる。
そこまで考えたところで、そそくさとタブレットを取り出したアルデナは、何かのデータベースに接続した後に、朱理の方を見た。
「いや…異能王。彼女の言っていることは正しいかもしれない」
アルデナはそう言って、悠馬と朱理に見えるようタブレットの画面を明るくした。
タブレットの画面には、オルランドの双子の弟の異能についての記載があった。
「聖異能の使い手…」
これはオルランドが軍に入隊した時の自己申告データだから、20年近く前の家族情報だ。
それだけ古い情報ならば、異能が変わっている可能性もある。
つまり何が言いたいかというと、この20年の間に聖人が闇堕ちしていたのだとしても、異能が使用されなければ情報を知る術がないということだ。
オルランドの双子の弟が聖異能の保有者であることで、一気に自称悪羅である可能性が高くなる。
加えてオルランドの弟が自称悪羅だった場合、なぜ本体で攻撃を加えてこないのか説明もつくしな。
朱理の話した仮説が正しいことなのだと理解する。
「ナイフの刻印、所有者判明しました」
3人が会話を終えると、ミュランが声を上げる。
ミュランはナイフの所有者が判明したと告げると、そっと室内で人差し指を向けた。
「…彼、ネリット・オルランドが所有者です」
「よし…これで捜索に踏み切れるぞ…!」
アルデナは軍部のオルランドがナイフの所有者だと知らされ、自称悪羅の関係者が軍部に関わっていたと動揺するのではなく、嬉しそうな表情を浮かべている。
その横顔は、一言で言うと狂気に満ちているような気がする。
なぜかはわからないが、アルデナの横顔に違和感を覚えた。
「それじゃあ、次は家宅捜査ですね」
朱理が嬉しそうに両手を合わせて呟く。
ナイフの番号の一致、家族の異能の要素などから、容疑者の可能性として急浮上したオルランドの双子の弟。
自称悪羅の可能性が最も高いのは、現状彼なのだろう。
悠馬は喜ぶ2人を横目に、真剣な表情でオルランドの双子の弟について考える。
兄が捕まったことはすでに察知しているだろうから、兄を助けるために襲撃してくる可能性も考えられる。
しかしこの場に異能王の悠馬がいることは知っているはずだし、そこまでの無茶はできないはず。
闇の分身体を送った所で返り討ちにされるのは目に見えているし、体力の無駄だ。
しかし本人は病弱で外出できないようだし、そうなってくると想定できない策を練る時間を与えるよりも、こちらから出向いて本人を叩いた方がいいだろう。
考える隙を与えずに、自称悪羅を叩く。
それがベストな答えだと判断した悠馬は、右手をポケットに突っ込み、ミュランの方を見た。
「ミュランさん、オルランドの双子の弟の住む住所を教えてくれ。下手に動かれる前に叩きたい」
「少々お待ちください。良いですか?アルデナ」
「ああ。異能王にはその権限がある。正規の手順で警察から捜査状を貰うよりも、異能王の権限で動いた方が、格段に早いだろう」
正規の手順でいけば、アルデナから警察当局へと捜査の手続き依頼を行い、警察内部でアルデナの捜査依頼の妥当性、整合性を判断され、妥当であれば正式な捜査許可が降りる。
しかし悠馬の場合は、各支部から正式な依頼を受けた後であれば、その過程をすっぱ抜かして、捜査に踏み込むことができる。
これが権力の力ってヤツだ。
無論強制捜査だから、間違っていた場合タダでは済まないが、別に間違っていたところで力を行使していなければ問題にならない話ではある。
現に強制捜査で失敗したことはないし、オルランドの双子の弟が潔白の場合、捜査に協力的な姿を見せてくれるだろうから、どっちでもいい。
ミュランの確認からアルデナの同意を得た悠馬は、スマートフォンが一度震えたのを確認する。
「オルランド家の住所を転送しました。ご活用ください」
「早いな。ありがとう」
「いえ。これでも20年以上秘書をしておりますので、当然のことです」
「20年経ってもこそこそクッキー食うけどな」
「………それとこれとは別でしょう」
歯切れが悪いな、ミュランさん。
20年も総帥秘書を務めているから、早く仕事ができると話すミュランに、アルデナがさっきのクッキーの件を掘り返す。
仕事が早いのとクッキーを食べるのは違う話だと言うミュランは、トップである悠馬の前とあってか、クッキー食べたの問題視してないよね?と不安そうだ。
ここは無難に、気にしてないよと告げるべきだろうか?
正直誰が何を食べていようが業務が滞ってなければ問題ないと思うし、励ますような形で声をかけておこう。
そう考えた悠馬は、ミュランに微笑みかける。
「…クッキー、帰りに買ってこようか?」
「いりませんよ!?」
***
物心ついた時から、彼の身体は不自由だった。
普通に遊び、普通に成長し、普通に学校に通う。
それは大多数の人間にとっては普通のことなのかもしれないが、それが普通じゃない人だって存在する。
例えば生まれながらに病院から出ることが叶わない人。
先天的でも後天的でも、ハンディキャップを持つ人。
或いは途上国で学舎もなく、遊ぶことすら危険な区域で生まれ育った人。
そう。貴方の思っている普通が、普通じゃない人だってこの世界に実在する。
だからこそ、テレビ越しに見える景色は非現実的に見えた。
「はぁ…」
1人真っ暗な部屋に座る男は、腰近くまで伸びた髪を見下ろしながら溜息を吐く。
ユディット・オルランド。
ネリット・オルランドの双子の弟である彼は、物心ついた時から病弱で、家の外へ出ることが難しかった。
そういうことになっている。
しかしその〝病弱〟という表現には、誤りがある。
ユディットは他人よりも敏感な人間だった。
例えるなら、気を感じ取ることができるとでも言うべきだろうか。
行き交う人々の骨格から肉体の動きから、次の動きが全て見通せるし、オーラでその人物の潜在的な能力や本質を感じ取ることだってできてしまう。
だから誰が誰に擬態したって、認識阻害を使用した悠馬を見つけ出せたように、骨格とオーラから、この人物が何者であるのかすぐに察知できてしまう。
本来人が感じ取れる領域ではない、超直感的な感知が可能なのだ。
だがその影響で、彼ユディットは、外を出歩くだけで脳の処理が追いつかず、体調を崩してしまう。
そりゃそうだ。何しろ行き交う人々のそう言った情報が、視界に映るだけで脳内に入ってくるのだ。
人の悪意や善意なんかも見通せるし、彼は人よりも敏感だから、家の外に出るだけで高熱と苦痛に苛まれた。
そんな彼が家の中に引き篭もるのは、必然だろう。
外に出たら他人の気を感じてしまい、脳に負担がかかるのだから、出歩くことはまず不可能だ。
ユディットは引きこもってすぐ、テレビで魔王を見た。
悪羅百鬼。
先先代の異能王を殺害した悪魔のオーラは、テレビ越しでも伝わってくるほど強大で、それでいて純粋だった。
人を殺した人間のオーラは、大抵暗く凶々しいのだが、悪羅のオーラは、まるで崇高な何かを大切にしているように見えた。
それからだ。
悪羅百鬼をテレビで見るたびに、彼の本質に触れているような気持ちになった。
きっと彼は、偉大な使命を持って罪を犯しているのだ。
ここまで気高くも美しいオーラは、他で見ることはできない。彼こそが人間のあるべき姿なのだと。
いつしか彼を追いかけるようになっていった。
しかし、そんな日々は長く続かない。
ユディットは本質的なオーラが見えるから、悪羅百鬼を犯罪者として認識していなかったが、世間は違う。
16年前の戴冠式、悪羅百鬼は暁悠馬に敗れた。
中継越しだが、2人の肉体は全く同じに見えた。
漂うオーラも近しい何かを感じたし、あの2人にはおかしいほどの共通点を感じた。
しかし、彼の目に映る本質は違った。
暁悠馬の本質は醜く歪んでいた。
暗く禍々しく、それでいて純白という白と黒の混ざったグレー色。
悪羅百鬼のオーラがまっさらの白だとするなら、暁悠馬のオーラはグレー色だった。
悪羅百鬼に勝ってほしかった。
気高い白色のオーラ。真っ直ぐな程に何かを求める彼に、勝利を収めてほしかった。
なのに暁悠馬が全てをダメにした。
握り拳を作ったユディットは、外に感じる強大な気配に全てを悟る。
「……いいだろう」
16年前、悪羅百鬼は暁悠馬に敵わなかった。
あれから暁悠馬の出ているテレビ番組は何度か見たが、彼の力はイタリア支部が全軍で奇襲したって勝てっこない。
でも、この生まれ持った力をフルパワーで振るえるとしたら?
生まれた時からハンデとして備わっていた、気を感じ取る力。
周囲の全ての要素を気で感じ取り、肉体や筋肉の動きから全てを予見できる、万能の力。
この力を制限なく使えることができれば、きっと暁悠馬だって超えられる。
「悪羅百鬼。貴方の求めた世界のために俺は…」
最後に貴方が殺し損ねた、暁悠馬を殺して見せます。
「暁悠馬の死を、貴方に捧げましょう」




