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dear…  作者: 平平方
終章Ⅲ
75/103

075

「ここか…」


 異質なオーラが漂う家の前、1人の男の声を合図に、2人が立ち止まる。


 黒髪の男、悠馬の横に並ぶ朱理は、2階から溢れ出しているオーラを感じ取っているのか、自身の腕に鳥肌が立ったのを感じる。


 そして朱理と悠馬の後ろにいるアルデナは、どうやらこの異質なオーラに気づいていないようだ。


 何食わぬ顔でオルランドと書かれた表札を見る彼は、インターホンへと手を伸ばそうとした。


 その時だった。


 突如として世界は漆黒に染まり、強大な闇異能が展開される。


 それは先刻、ローマ全体を覆った闇と全く同じ力だ。


 しかしあの時と、決定的に違う部分がある。


 それは規模だ。


 ローマ全体を覆った先刻と違い、今回はイタリア支部全土を覆っている。


 大規模すぎる異能の行使、悠馬ですら躊躇う規模の国ひとつを丸呑みにする異能は、直後に闇の流星群を降らす。


 アルデナは上空から降り注ぐ強大な異能を本能的に察知し上空を見上げるが、その頃にはもう、黒髪の女性が同等規模の闇の異能を発動させ、流星群を迎え撃つ準備を整えている。


「アビス」


 彼女がそう呟くと同時に、流星群は飲み込まれていく。


 まるで最初から何もなかったかのように、チリ一つ残さず闇の流星群を消滅させた朱理は、背後からオーラを感じて闇の異能で防御の体制に入った。


 ゴッと鈍い音が響き、朱理が転がる。


 バランスを崩し、2回転と半分ほど転がった朱理は、すぐに体勢を立て直して悠馬を見た。


「悠馬さん。こちらは私とアルデナさんに任せて、貴方はやるべきことを成し遂げてください」


「…ああ。頼む」


 悠馬は立ち上がる朱理を確認し、そう告げる。


 彼女の相手は、悠馬がローマで相手をした闇の分身体だ。


 朱理が受け身を取らされたあたり、ローマで戦った個体よりも遥かに強いだろうが、彼女がはっきり任せろと言ったのだから、きっと大丈夫だ。


 そう判断した悠馬は、ユディットの家の扉を蹴破って、中へと入っていく。


 そんな彼を見届けた朱理は、落ち着いた様子で両手を挙げると、大きく伸びをするような仕草を見せた。


「んーっ…」


 敵を前にして、大きな隙を見せる朱理。


 アルデナはそんな彼女を見て、唖然とした表情を浮かべる。


「私は役に立たないぞ!?」


 アルデナの異能は土、砂を操る異能。

 イタリアは途上国と違って道路が発展しているし、彼が思う存分力を振るえるほどの砂は、この場にない。


 多少なら加勢できるだろうが、イタリア支部を丸ごと飲み込むほどの闇を展開した相手に対しては、絶望的に手数が足りない。


 朱理はアルデナのことを一総帥としてカウントしているのかもしれないが、現状のアルデナは0.5総帥くらいの実力だと言っていいだろう。


 だから油断されては困る。


 自分がいい感じに使えない状況であることを理解しているアルデナは、朱理に油断するなと言いたげだ。


 朱理はそんなアルデナの発言を聞いて、にっこりと笑みを浮かべた。


「アルデナさん。ひとつ賭けをしませんか?」


「…なんだ?」


 余裕ぶっている朱理から投げかけられる、賭けの提案。


 意識を闇の分身体に割いているアルデナは、早く話せと言いたげに尋ねる。


「アルデナさんが私に助けを求めたら、対価をください」


「うん。は…?なに?」


 アルデナは一瞬聞き流そうとしたものの、朱理の吐いた言葉を聞いて、大きく目を見開く。


 助けを求めたら対価を支払え。


 わけがわからない。


 本来味方であるはずの朱理だが、助ける気がないのか、助けて欲しいなら対価を要求してくるつもりらしい。


 彼女はアルデナが驚きの表情を浮かべると、分身体を指差す。


「私よりもそちらを注意した方がいいんじゃないですか?」


「っ!?」


 朱理の言葉と同時に、闇の分身体の攻撃が飛んでくる。


 闇を指の数だけ伸ばし、まるで蜘蛛の巣のような形で飛んでくる攻撃を回避する。


 ドゴッと背後の建物が崩れる音が聞こえ、アルデナは異能を発動させてユディットの分身体へと攻撃を加えようとした。


「私では決着がつかないと言うのに…!」


 アルデナは不死者に対する特化的な異能を持っていない。


 砂と土を操る異能で、不死者や本体でない存在にダメージを与えるのは、不可能と言ってもいいだろう。


 仮に負けないにしても、勝つためには朱理の力が必要だと感じるアルデナは、朱理に向かって手を伸ばした。


「対価は!?」


「ウルズの神器をください」


「は!?」


 アルデナはその言葉を聞いて、更に頭を混乱させた。


 ウルズの神器がイタリア支部で発見されたのは、つい先日。


 まだ報道機関にも発表をしていないし、機密事項としてイタリア国内でも知っている人がごく一部の情報を、なぜ彼女が知っている?


 いや、そもそも彼女はオーディンと結界契約をしたばかりではないか。


 朱理が二十数兆かけてオークションにてグングニルを落札したのを知っているアルデナは、彼女がオーディンと結界契約をしていることに気づいている。


 そんな彼女がウルズの神器を求める必要なんて、ないはずだ。


 神器が国力に影響する以上、そしてヘラクレスの神器が行方不明な今、新たに見つかった神器を、簡単に手放すわけにはいかない。


 もちろんゴールドコーストの世界会合で、近々結界が消滅する可能性は知っているが、それでも今は貴重な神器だ。


 まだ危機でもないのに、朱理に助けを求めて神器を奪われるわけにはいかない。


 そう判断したアルデナは、伸ばした手で握り拳を作り、ユディットの分身体への攻撃を再開する。


「交渉決裂だ」


「あは。そうですか。では私はここで見学しておきますね」


「なんだと!?」


「気が変わったら声をかけてください」


 さっきからなぜか、執拗にアルデナのみを狙ってくる分身体。


 弱い方から倒そうと言う算段なのか、それとも何か理由があるのかは知らないが、道端の階段に座っている朱理に対し、ユディットは攻撃を行おうとしない。


 顎に手を当て、優雅に見学をする朱理は、心底楽しそうだ。


 どうぞ好きなだけ足掻いてみてください。と言いたげな朱理の表情に唇を噛んだアルデナは、限られた手数の中、分身体の足を砂で拘束する。


「くっ…!」


 しかしアルデナの異能は、すぐに無効化される。


 闇は実態を持つようにすることも実態を持たないようにすることもできるため、都合よくすり抜けることができる。


 先の戦闘で、悠馬が分身体の顔面を殴ってもダメージが入らなかったのは、単純に実体がなかったからだ。


 物理的な異能を得意とするアルデナには、1番厄介な相手。


 土・砂と闇では、圧倒的に土・砂の分が悪い。


 迫りくる分身体の攻撃を、身を屈めて回避し、足を掛ける。


 分身体はアルデナには足をかけられるとバランスを崩すが、倒れる寸前で右手を上手く利用し、片手ハンドスプリングのような身軽な動きで体勢を立て直す。


「チッ…なんだその動きは。人じゃないだろ」


 今のは新体操の選手がやるような技だぞ。


 洗練されていると言うか、到底病弱とは思えない動きだ。


 いや、そもそも闇の分身体は使用者のスペックを引き継いでいるのか?


 それともそれすらもレベルで調整可能なのか?


 闇は人の体じゃないから、限界を超えた動きだってできるし、無理に動かして筋肉が傷つく心配もない。


 よく火事場の馬鹿力なんて言うが、分身体はそれを常にノーリスクでできるのかもしれない。


 もしそうならば、敗北は確定事項だ。


 アルデナは自身の敗北の可能性を考え、舌打ちをする。


 彼は悪羅百鬼の熱狂的なファンだ。


 自身の父親を殺されたにも関わらず、アルデナが悪羅を匿っていたのには理由がある。


 まず、アルデナは先先代異能王のコイル・レーヴァテインが望んで悪羅百鬼に殺されたことを知っている。


 先先代異能王の死は、最初から仕組まれていたこと、最初から準備されていたこと。


 既定路線と言うやつだ。


 アルデナの父、レーヴァテインは悪羅の前のオーディンの契約者で、未来を見通す力を持っていた。確定演算と言われる力だ。


 レーヴァテインは元々、ティナに殺される運命にあった。


 だから彼は、自分がティナに敵わないこと、混沌が現れることを悟り、然るべきタイミングで、最も勝率の高い人物に全賭けする準備を進めていたのだ。


 誰も知らない、秘密の話。


 悪羅とレーヴァテインの間であった取引。


 悪羅百鬼はこの世界のオーディンの力が必要だった。

 レーヴァテインはティナに殺されず、混沌の復活を阻止したかった。


 利害の一致だ。


 互いが互いに利益があることを知っていたため、合意のもと行われた異能王殺し。


 アルデナは自身の父親が悪者に負ける未来を知っていた。


 レーヴァテインが人類滅亡を阻止するために、全力を注いでいたのを知っていた。


 だからレーヴァテインが最期に、希望を見つけたと言った時、彼はその言葉を信じることにした。


 レーヴァテインはその後中継中に、悪羅百鬼に殺された。


 でもわかっていた。


 父親が遺した希望がなんなのか。


 悪羅百鬼こそがコイル・レーヴァテインの遺した最期にして最大の希望なのだと。


 …だからアルデナは、父の言葉に従い、悪羅百鬼に助力した。


 もちろん、恨みがないと言えば嘘になる。


 最初は疑った。


 大好きな父親を殺した男。


 いくら父親が悪羅に全てを託したと言えど、本当に父親を殺す必要があったのかと疑問を抱いたし、どこかのタイミングで裏切るべきだろうかとも考えた。


 だけど悪羅百鬼は意外と人間味があって、話していく中で打ち解けていく自分がいた。


 合意の元とは言え父親を殺した悪人。

 父親が遺した最後の希望。


 負の感情と正の感情が入り乱れ、頭を激しく悩ませたが、結果を見てもらうと分かる通り、アルデナは最後まで悪羅を援助した。


 子供の頃から身近にいた悪羅百鬼という存在。


 憧れの人とでも言うべきだろうか。


 誰もが誰かに憧れるように、アルデナは悪羅百鬼の生き様に惚れた人間だ。


 だからこそ許せないものがある。


 悪羅百鬼を名乗り、大いなる使命も何もなく、犯罪に手を染める目の前の男。


 ユディット・オルランドだけは許してはならない。


 朱理の助力は得られないが、自身の半生を共に過ごした、恩人でもあり憧れの人物でもある悪羅百鬼を名乗る男には負けられない。


「セラフ化…」


 アルデナは唱える。


 瞬間、彼の肌は真っ白なものから浅黒い肌に変貌し、黄金色の瞳が闇の中に光って見える。


「へぇ…使えたんですね」


 初めて見せる、アルデナのセラフ化。


 どんな力があるのかはわからないが、外見が大きく変化したことに興味を示した朱理は、アルデナがセラフ化を発動させた後にユディットの家からもセラフ化のオーラを感じ取る。


 その直後だった。


 アルデナと対峙する分身体の身体がバチっと弾け、闇の形が大きく揺れ動く。


「まさか…!」


 分身体がセラフ化できるとでも言うのか?


 紫と黒の稲妻を纏い、大きく雰囲気が変わった分身体。


 アルデナが大きく反応を見せた瞬間、分身体はアルデナの目の前にまで接近していた。


 分身体は黒紫の稲妻を纏わせた拳を、勢いよくアルデナの腹部に打ち込む。


「ぐぅっ…!」


 腹部に伝わる鈍い衝撃。


 一瞬重力を忘れるほどの衝撃を受けたアルデナは、腹部を抑えて後ずさる。


 今のをモロで喰らっていたら腹部が貫通していた。


 分身体の攻撃が繰り出される直前、腹部と拳の間に崩れた家の瓦礫を入れて緩衝材代りにしていたアルデナは、冷や汗を流す。


 相性も悪い上に、スピードも速い。


 いくらセラフ化を発動していると言えど、アルデナのセラフ化は砂・土に加えて、それらを使用している全ての物質を操れるだけ。


 瓦礫や地面を好きなように動かすことはできるが、流動体のように動かすことは出来ないし、闇よりも鈍足であることには変わらない。


 フルパワーで異能を使い、一度道路と周囲の家を全てダメにしてしまえばまだやりようはあるかもしれないが、そんなことをしたら修繕費だけでとんでもない金額になってしまう。


 イタリア支部の財政状況を危惧するアルデナは、再び懐に潜り込んできた分身体の攻撃を受けて、再度ノックバックする。


「くっ…!」


 迷ってる暇はない。


 ここから被害範囲を増やし、結果莫大な損害が出るよりも、朱理の条件を飲んだ方が被害が少ない。


 そもそもイタリア支部内で契約できない神器を守るよりも、今を過ごす国民の生活を守るのが最優先だ。


 そう自分に言い聞かせ、アルデナは朱理を見た。


「暁朱理!ウルズの神器を対価として支払うと約束しよう!だから…!」


 協力してくれ。


 アルデナがそう言い切る前に、黒髪の女性は立ち上がる。


 闇の中で髪を靡かせ、紫色の瞳を露わにした彼女は、にっこりと微笑んでみせた。


「約束ですよ」

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