073
「なんだったんださっきのは…」
「皆既日食か何かか?」
行き交う人々の口から話されるのは、先ほど自称悪羅が使用した大規模な闇のフィールドについて。
ローマ全体をドーム状に覆った闇を、ローマ市内にいる人々が見ていないはずもなく、口々に己が予想を話し合っている。
微かに聞こえてくる会話を耳に入れる悠馬は、朱理の反応があるコロッセオの方へと向かう。
目立たないように、走ることなく足早に動く悠馬は、朱理と一緒にある一つの反応に警戒心を抱いていた。
悠馬が自称悪羅との戦いを終えてからも、この2人の反応は一切動いていない。
他の反応は立ち止まっても数分もすれば動き出すのに、朱理とこのもう一つの反応は、かれこれ十分以上動いていないのだ。
アルデナから入っている何件もの着信を無視して、コロッセオへと辿り着く。
するとコロッセオの周囲には、遠巻きに中の様子を見ようとする白人たちと、足早に駆け出していく人々の姿があった。
「これ以上は近づかないでください!」
「コロッセオ内でトラブルが発生しています、入場できません!」
「安全が確認されるまでは、距離をとってください!」
コロッセオを警備していたであろう警備員たちが、口々にそう言って、出入り口を塞ぎながら観光客や野次馬を追い払おうとしている。
「なんだなんだ?」
「何があったかわかる奴いるか?」
「外壁の一部が崩れたって言ってるヤツいたぞ」
周囲の人々は、警備員たちの話を聞いて興味深そうに探りを入れている。
どうやら内部でトラブルがあったようだ。
まぁ、察しはつくが…
サーチで内部に誰がいるのか知っている悠馬は、自身にかけていた認識阻害の異能を解除し、警備員に近づく。
警備員は悠馬が近づいてくると、そっと手を上げて優しく制止してきた。
「申し訳ございません、これ以上先へは…」
「中に用事があるんだ。通してもらえるか?」
「い、異能王!?」
職業病なのか、反射的に入場を阻止しようとした警備員は、向かってきた人物の顔を見るや否や、それが異能王だと気づき驚愕の表情を浮かべる。
「トラブルの鎮圧ですね!どうぞお入りください!」
「ああ、ありがとう」
「え、異能王?」
「暁悠馬じゃん!」
堂々と入場ゲートを通過していく悠馬に、カメラが向けられる。
そんなカメラに対し、手を振るなどのサービスをしない悠馬は、警備員に見送られながらコロッセオ内へと侵入した。
「老朽化がすごいな…」
二千年前に建てられた建造物とあってか、やはり老朽化は進んでいる。
しかし二千年前の異能を持たない人々が、車両や電動工具を使わずに建築して現代にまで残っているのだから、当時はさぞ美しかったことだろう。
歴史的建造物を保存するための対策は講じられているだろうが、老朽化を感じさせるコロッセオの内部へと入る。
暗がりを抜けて、円状のコロッセオ内を確認する。
するとすぐに、古びた石畳の上に二つの影を見つけた。
片方はみんな大好き黒髪美女、朱理ちゃんだ。
青いドレスを靡かせ、目の前に倒れ込む人物を見下ろす彼女の表情は、ザ・無表情。
何も感じていない眼差しで、じっと目の前の人物を見つめている。
アレは多分やったな。
おそらくヘルヘイムか何かを発動させたと判断した悠馬は、もう1人の人物へと視線を移す。
朱理の目の前にいる人物は、金髪白人の男。
頭を抱え、大きく目を見開いてもがき苦しんでいるあたり、朱理からヘルヘイムのような強烈な異能をくらったに違いない。
「朱理!」
コロッセオ内に2人しかいないという異様な光景の中、目に映る光景から状況を判断した悠馬は、ゲートを使って朱理の横へと降り立つ。
「あら、悠馬さん。そちらは片付いたようですね」
「片付いたというか本体じゃなかったというか…微妙なところだ。それで?この人は?」
何があったのかわからない。
どういう経緯で朱理が目の前にいる男をこんな状況にしているのかわからない悠馬は、倒れ込んでいる男に視線を向ける。
「じょ…女王が…夜の女王が…」
「夜の女王?」
魔笛の夜の女王か?
戯言のようにその言葉を繰り返す男は、朱理へと視線を向けると、悲鳴を上げながらのたうち回る。
「嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ!」
マトモな意思疎通ができそうにないな。
横にいる朱理が何をどうしたのかわからないが、完全に精神崩壊している。
この状態では、朱理から話を聞く他ないだろう。
そう判断し、悠馬が朱理に視線を向けると、朱理は悠馬が何を言いたいのか察したのか、にっこりと微笑んだ後に口を開いた。
「彼が自称悪羅の内通者です。おそらくイタリア支部軍に所属しているでしょう。階級章がありますので」
「…本当か?」
朱理が嘘をつく必要はないし、おそらく事実なのだろうが、この短期間でどうやって内通者を見つけ出したんだ?
確かに内通者はイタリア支部の軍部にいる可能性が高いとは踏んでいたが、この短時間で見つけられるほどの証拠があっただろうか?
いや、ない。
アルデナですら軍部が怪しいと思うだけで止まっていたのだから、外部の人間である朱理がこんなに早く内通者を見つけられる可能性はゼロと言ってもいいだろう。
朱理は悠馬の不思議そうな視線を受けると、瞳に手を当てて何かをアピールしてきた。
「私の契約神、何かご存知ですよね?」
「あっ…」
そういうことか。
朱理はついこの間結界契約した、オーディンの力を使って短時間で内通者を見つけ出したわけだ。
「すげぇな…オーディンの力」
物的な証拠なんて何もないのに、オーディンの結界は何を判断してこの男を内通者と判断したのだろうか?
詳しくはわからないが、オーディンの結界のおかげであることはわかった。
しかし、だ。
オーディンの力を使った。
その言葉を聞くと同時に、悠馬の胸中には一種の不安が渦巻いた。
神話のオーディンは、片目を犠牲にすることで知恵と知識を手に入れたはず。
まさか朱理は、目を力の代償に差し出したのか?
そう考え、悠馬が朱理の瞳を確認しようと前髪に触れる。
すると彼女はバッと悠馬の手を振り払った。
「後にしてください。お迎えが来ましたよ」
「え…?」
朱理に手を振り払われ、彼女が見上げる上空を見て、漆黒のヘリコプターが飛んでいることに気づいた。
完全に周囲が見えていなかった。
ヘリコプターの羽を動かす爆音が聞こえているはずなのに、周囲の音が耳に入ってこないほど朱理に意識を向けていた悠馬は、首を振って不安を振り払う。
きっとさっきから感じる不安のせいで、何でも良くない方向に考えてしまっているだけだ。
朱理がオーディンと契約し、どんな恩恵を得ているのか、代償を支払っているかなんてわからない。
今考えたって答えが出ないと判断した悠馬は、ちょうどカーボン製のヘリコプター機体から飛び降りた金髪の男に風の異能を纏わせる。
「アルデナ」
どうやら着信を無視していたから、自身の目で状況を確認すべくご本人様が到着したようだ。
「ありがとう。暁悠馬くん」
アルデナは悠馬の風の援護で綺麗に着地すると、お礼を言いながら朱理を確認する。
「君からの報告後、ローマ全体を黒い何かが覆ったという話を聞いてヘリを飛ばしたんだが…状況を教えてくれないかな?」
「ああ…」
悠馬はアルデナに向けて、詳細な話をする。
ローマに入ってすぐに奇襲を受け、朱理が闇を粉砕したこと。その際に鎌のデバイスとナイフのデバイスが向けられたこと。
そして次に、アルデナへ奇襲の連絡をした後、人気のない場所で自称悪羅が再度現れ、再度戦闘に陥ったこと。
その際、彼がローマ全体に闇を発動させたから、決して自分と朱理がローマを飲み込む闇を展開したわけじゃないと補足を入れる。
最後に、戦っていた自称悪羅は声が出せる分身体の闇で、本体は別にいることと、ゲヘナフレイムのダメージ方が通ったことも話す。
「…なるほど。分身体で発声もできるとは…聞いたこともないな」
「ああ。俺も闇でそんな芸当ができるなんて初めて知った」
「自称悪羅に関する話はおおかた理解した。…して、これはどういう状況なんだ?」
悠馬が自称悪羅の分身体の闇と戦い、勝利を収めたのはわかった。
しかし目の前のこの状況はなんだ?
コロッセオ内に倒れ込み、精神崩壊している男に見覚えがあるのか、アルデナは説明を要求してくる。
言いたいことはわかる。
軍人の彼に何をしたのか聞きたいのだろう。
朱理が軍部の階級章を確認した後のため、彼の足元に落ちている階級章を見て、険しい表情を浮かべている。
明確な根拠も証拠もなく、ただ怪しいからという理由だけでここまでのことをしでかしたなら、いくら異能王と戦乙女と言えどタダじゃ済まない。
イタリア国民を守ることが仕事の彼にとって、今目の前で精神崩壊している男は軍人ではあるものの守るべき対象だ。
どうしてこんなことになったのか、ちゃんと説明しなければならない。
国家対異能王の問題になるため、多少なりとも言葉を選ばないといけないだろう。
しかし、言葉を選ぶほどの明確な証拠がなく、朱理はオーディンの力で彼が犯人だと断定した。
どう説明するのが、正しいのだろうか?
悠馬は思考を回転させる。
朱理は悠馬が口を噤み考え込むのを見ると、一歩前に出て微笑んだ。
「コイツは自称悪羅の内通者です。彼は双子なのではありませんか?」
「……確認しよう。しかし根拠なく、憶測で手を出したとなればイタリア支部としても…」
イタリア支部としても問題視しないといけない。
そう言いかけたところで、朱理は闇の中から砕けた鎌とナイフを吐き出した。
ペッと吐き捨てるように出されたナイフと鎌は、コロコロ滑りながらアルデナの足元に辿り着く。
「イタリア支部の軍部創立300周年の記念ナイフですよね。コレ」
「懐かしいものを…そうだな。しかしこれは流通品だ。軍部でなくても購入できる」
アルデナはこれは証拠にならないと言いたげに、答える。
事実、彼の言う通りだ。
イタリア支部軍の記念刻印の施されたナイフだが、市販品として流通している以上、犯人を軍部と紐付けるのは無理がある。
しかし朱理はそんな反論は想定済みなのか、ナイフを闇で拾い上げ、アルデナの眼前に浮かべる。
「よく見てください。製作に携わっている貴方ならわかるはずですよ」
「なにを…」
アルデナはそう言いかけて、何か重要なことを思い出したのか、ハッと目を見開いてナイフの確認を始める。
「アルデナ。どうかしたのか?」
何かに気づいたアルデナに問う。
このナイフに一体何があるというのか。
まだ状況が飲み込めていない悠馬は、ナイフの束と刀身の間を確認するアルデナを見た。
「このイタリア支部軍創立300年のナイフは、2種類存在しているんだ」
「2種類?」
「ああ。いわゆる転売対策というヤツだ。軍部に記念で贈呈したナイフには、1から11万の数字が刻印されてるんだ。一般の流通品に、この刻印はない」
アルデナは当時、軍部の人間が転売をして日銭を稼がないように、ミュランと制作会社と話し合い、軍部へ贈るデバイスには数字を打刻していた。
そして今、目の前にあるデバイスには、93030という数字が刻印されている。
これは間違いなく、一度は軍部に渡っているデバイスだ。
無論刻印の件は軍部の誰も知らないため、知らずに売りに出した輩もいるだろうが、打刻した数字ごとに、贈った軍人の名前を記録しているため、総帥邸に戻って情報を確認すれば、このナイフの持ち主が誰なのかはわかる。
悠馬はアルデナの手にするデバイスに刻印があるのを確認すると、そっと身を引いてアルデナの判断を待つ。
「すぐに結論は出せないな。一旦彼の身柄はこちらで預かるとして…暁くん、異能王を小間使にして申し訳ないが、ゲートを使用してもらえないだろうか?」
本来であればヘリコプターできたのだからヘリコプターで戻るのが一連の流れではあるが、この軍人を移送させる際に襲撃されたら溜まったものではない。
悠馬のゲートで総帥邸に戻るのが1番安全かつ最短だと判断したアルデナは、お願いベースで悠馬へと相談を入れた。
悠馬はアルデナのお願いを聞き、ゲートを発動させる。
「捜査は早い方がいい。このくらいならいくらだって協力するよ」
ゲートの体力消費はさほどなものじゃないし、出し惜しむ必要もない。
悠馬がゲートを使用できるのは周知の事実だし、今更隠す必要性もないため躊躇いなく異能を発動した悠馬は、精神崩壊している軍人を異能で浮かせ、ゲートの中へと入っていく。
朱理は悠馬とアルデナがゲートを潜ったのを確認すると、一度だけ背後を振り返り、その場を後にした。




