040
イギリス支部警察署内。
たったの五畳ほどの空間の中、部屋にはテーブルとパイプ椅子しかない一室で取り調べを受ける紫髪の女。
殺風景な部屋の中、静寂にも近い沈黙が続く。
つい昨晩、悠馬に敗北して気絶したルナは、真っ黒な異応石でできた首輪を取り付けられたまま、不服そうに向かいの男を睨みつけていた。
「そろそろ答えてくれないかな。僕結構忙しいんだよ」
ルナに対しそう告げるのは、イギリス支部総帥、フレディ・オーマー。
彼の声は優しく柔らかに室内に響いたが、顔は全く笑っていない。
いつに無く真剣に、早く答えろと言いたげなフレディの眼差しが、ルナに突き刺さる。
しかしルナは、フレディと目が合うと無言のまま俯く。
「できたら人道的な手段で自白させたいんだけどな」
なるべく暴力や脅しに頼らず、自主的に自白をさせたい。
無論彼女の犯罪行為を考えたら、暴力を振るってでも自白させた方がいいのだろう。
しかし総帥として最低限、彼女を人として扱い尋問をするフレディは、一瞬だけ指先に炎を見せる。
それは遠回しに、燃やして尋問しても良いんだぞと言っているようなものだ。
そんなフレディの脅しを前にしても、ルナは口を開かない。
そのまま数分の沈黙が流れる。
「うーん、これは難しそうだね」
一向に進捗のない尋問。
まだ拷問のようなことはしていないが、この反応が続くなら本当に拷問するしかない。
ルナに答える気がないと判断したフレディは、一度席を立ち、その場を後にする。
「ノーマンさん、これ難しそうだけど、どうしよう?」
フレディが扉を開けてすぐ、隣室で待機していたノーマンに訊ねる。
ノーマンは腕を組んだまま、微動だにしない。
なかなか上手くいかない尋問、時刻は午前11時を回っている。
そう悠長に尋問をしていられないため、悠馬に洗脳を頼むかどうか。
かなり悩ましいところだ。
無論事件を早期解決するためには、洗脳がベストだという結論は出ている。
しかし人道的だのなんだのというところを考えると、洗脳はベストではない。
もう少し粘ってみるか、悠馬に依頼をするか。
「本来であれば手の骨を折ってでも尋問してやりたいところだが…どれ、私がしてみようか?」
ギラッと黄金色の瞳でマジックミラー越しのルナを睨んだノーマンは、鞘に収めたマルスの神器を片手に立ち上がろうとする。
「ちょ!ちょー!ノーマンさん!それはまずいですって!いくら国王陛下でも、バレたら大問題です!」
「君たちが黙っていたら問題ないことだろう?」
ノーマンはニッコリ笑顔で、その場にいるフレディと警察官たちを見る。
まるでお前ら黙っとけよ?と言わんばかりの表情に、すっかり警察官は萎縮してしまっている。
もう頭に血が上っているのか、暴力に訴えようとするノーマンを、フレディは必死の形相で食い止める。
「一旦紅茶でも飲みましょうか!?ティータイムにしましょう陛下」
「フレディくん」
「はい!」
「紅茶を飲む暇があるならきちんと尋問してくれるかな?相手は3人も無惨に殺しているんだ。洗脳はダメにしても多少痛めつけたっていいに決まってるだろう。捕える時に怪我をしたことにしてしまえ」
そんな極端な…
いつもは温厚な国王陛下が、今日に限ってご機嫌斜めだ。
いや、ジャックザリッパー事件のエスカレートしていく被害者の亡骸を見れば気持ちはわかるのだが、ここはもう少し自重していただきたい。
ノーマンの気持ちはわかるものの、もう少し理性的に…と考えるフレディ。
進まない尋問。
主と呼ばれる指示役を聞き出したいノーマンは、ふとルナの方へと視線をやり、眉間に皺を寄せた。
「…フレディくん」
「はい!」
「彼女、首元にあんな模様はあったかい?」
「へ…?」
ノーマンに言われ、ガラス越しにルナを見る。
事情聴取室はマジックミラー越しになっているから、ルナはこちらの様子が見えていない。
言われた通り、ルナの首元を見てみると、そこには黒い模様のようなものが浮かび上がっていた。
「いや…なかったと思いますけど…」
「……なるほど。異能王を呼んでくれ。直ちにあの模様を…」
直ちにあの模様を調べる必要がある。
ルナから背を向けたノーマンがそう言いかけた瞬間、バン!という破裂音が響き、フレディは目を瞑る。
警察たちもその音にビクッと体を震わせる中、ノーマンは背後に広がっているであろう光景を想像し、深いため息を吐いた。
「はぁ…完全にやられたな…」
「の、ノーマン様…」
警察の1人が、青ざめた表情で口を開く。
「わかっている。死んだんだろう?」
振り返らずともわかる。
ガラス越しに飛び散った肉片。
頭部のない身体。
彼女のしてきた仕打ちを考えれば当然の結果だが、無性に腹が立つ。
トカゲの尻尾切りとも言えるルナの処分。
これは明確な挑発だ。
彼女が逮捕されたことを察知し、警察署で尋問されていることを想定して処分したに違いない。
異能王から依頼された尋問をマトモに遂行できず、挙句目の前で殺されてしまったという事実に、ノーマンは額に青筋を浮かべ激怒した。
「クソ!」
室内で頭のない状態のまま静かに座るルナ。
そんな彼女をみるフレディは、ガラス越しに転がっている目玉を見て、グッと拳を握った。
「許せない…」
***
ノーマンからの連絡を受け、ルナが殺されたことを把握する。
「残念な知らせね」
「そうだな。見事に尻尾を切られた」
別に彼女の死に関してはそこまで気にならないが、まさか遠隔で対象を殺すことができる人物が指示役だったのは誤算だ。
てっきり指示役は頭を使うだけで攻撃系の異能を持っていないと判断していたが、その考えから見直す必要がある。
さてどうしたものか。
これで捜査は振り出し、重要参考人はいなくなった。
無論、ジャックザリッパーが死んだのだから更なる被害者は出ないだろうが、このまま指示役に逃げられるのは性に合わない。
このまま手を拱いて、ジャックザリッパー事件が迷宮入りするのを避けたい悠馬は、どうにかする方法はないか考える。
「…」
ルナと出会ったのは昨日。
彼女が主から指示を受けたのは、カフェで紅茶を飲んだ後から、ノーマンの宮殿を出た夜中の間。
「…犯人はどこで俺たちを見た?」
少なくともルナはカフェの時にはこちらに敵意を持っていなかった。
それまでにルナと主の接触はなかったということだ。
しかしどこかのタイミングで、主とは遭遇したか見られていたということ。
「いや待てよ…主ってことは…」
悠馬はある結論を導き出し、立ち上がる。
もっと早く気づくべきだった。
いや、最初からあの女は答えを言ってるじゃないか。
主はキリスト教の信徒がよく使う言葉ではあるものの、間違っても異教徒を主などと呼んだりはしない。
ならば当然、主がいるのは教会内部の可能性が高い。
ソフィアにも裏切るのかと尋ねていた時も、主は望んでいないと発していた。
最初は聞くに耐えない戯言だと思って聞き流したが、主が彼女の言った言葉通りの意味なら、教会にいる司祭であると見ていいだろう。
「悠馬?」
立ち上がった悠馬を、ソフィアは不思議そうに見上げる。
「ソフィア。あの教会に行くぞ。きっと主はそこにいるはずだ」
消去法で行くならそこにしか居ない。
あの教会の中で見かけた司祭は、ガタイのいい大男と、金髪の蛇目の男。
そのどちらもが容疑者とは思えないが、容疑者じゃないならば、きっと捜査にも協力してくれるはずだ。
「タクシー呼べるか?」
主が隠れる前に、追い詰める必要がある。
悠長に構えていられる時間じゃないため、即座に行動する判断を下した悠馬は、ソフィアに指示を出す。
するとソフィアは、リビングの隅から一つの鍵を取り出した。
「悠馬…実は私、地下車庫に車あるけれど…」
「え…」
17年越しの気づき。
ソフィアが車を所有していた事実を知った悠馬は、目が点になる。
え、じゃあ昨日までのタクシー移動はなんだったの?と言いたげな悠馬は、ソフィアの手にしている鍵を見る。
「それ…エンジンかかる?」
結婚してからこの家でソフィアが自家用車のエンジンをかけているところなんて見たことがない。
この家の車庫が地下にあるのは知っていたものの、車なんてないと思い込んでいた悠馬は、そもそもエンジンがかかるのか怪しんでいる。
「バッテリー繋いでいるし、アメリアが定期的に点検には出しているから、問題ないと思うけれど…」
「まじか…」
「か、隠してたわけじゃないからね!?い、一応持ってるけど、2枚ドアだから中々使う機会がなくて…2人ならともかく、3人以上は不便かなと思って…」
花蓮たちみんなで来た時に乗れるわけがないし、使うべきタイミングが来なかっただけ。
まぁ実際、2枚ドアで窮屈な思いしてイギリスを回る必要はないからな。
金ならあるし、快適な交通手段があるならそれを利用するに越したことはない。
ソフィアの言っていることは至極真っ当だ。
「そ、それじゃあ乗ってもいいか?」
なんの車かはわからないが、2枚ドアの可愛らしい車に乗っているんだろう。
イギリス支部で夕夏が小さくて可愛い2枚ドアの車に乗っていたように、ソフィアももしかしたら同じ車に乗ってるんじゃないかと思いながら、リビングを出る。
廊下を抜けて、階段を降りて車庫にたどり着く。
「…イカつ…」
「え?何か言ったかしら?」
「いや…かっこいい車乗ってるね…」
電気をつけていない薄暗い地下車庫の中、黒光りするクーペタイプのイギリス車を見る悠馬は、思っていたのと全然違うイカつい車に驚愕する。
まぁイギリス車だし、元総帥だしそこを考えるとこの車が選ばれるのは妥当なのかもしれないが、それにしたってイカツすぎる。
Bのマークの入った黒塗りの車を見つめる悠馬は、ソフィアがこんな車を乗り回していたことに危うく腰を抜かしそうになる。
「総帥時代に買ってたんだけど、中々乗る機会がなくてね…」
「勿体無い…」
中々乗る機会がないって、この車それなりの金額したでしょうよ…
長期間放置(アメリアのお手入れが)されていたであろう車をまじまじと見る。
確かに十数年放置の割には外観も綺麗だし、バッテリーも充電ケーブルと接続されている。
悠馬が車を観察していると、ソフィアは充電ケーブルを引っこ抜き、トランクを閉めると運転席へと回った。
直後、室内には爆音にも近いエンジン音が響き渡る。
「…環境を破壊する音が聞こえる…」
ガソリンを垂れ流すとはよく言ったものだが、これはまさしくガソリンを垂れ流している音だ。
夕夏の乗っていた車の可愛らしいエンジン音とは違い、大気に響くような重低音を奏でるソフィアの車は、見た目だけだと悪人のソレだ。
乗っている方には大変申し訳ないが、見た目が真っ黒でイカツすぎる。
「悠馬!なにしてるの!?早く乗って!」
地下車庫のシャッターが徐々に上がっていく中、窓を開けたソフィアの叫び声にも近い声が聞こえてくる。
「悪い!すぐに乗る!」
ソフィアに叫ばれ、慌てて車に乗り込む。
中も中で質感が高級車だ。
革張りのシートに、ブラッククロームであしらわれた車内に、なぜか時計まで付いている。
「かっけぇ…俺も運転したい…欲しい…」
心地よい座り心地と、高級感を目の当たりにする悠馬は、真っ先にそんな言葉を呟いた。
「いや…アナタ車たくさんあるでしょう…」
「アレは…うーん、全部乗ったことないし…」
運転したいと思ったのは、この車が初めてかもしれない。
以前話した通り、悠馬はなずなの家に大量の車を放置している。
無論それらは悠馬が選んだわけではなく、なずなが資産的価値の残る車を購入して保管しているわけだから、悠馬自身はそれらの車になんの思い入れもない。
特に運転したいとも思わないし、車高低くて運転しづらいだろうな…程度の認識だった悠馬は、初めて運転したい車を見つけてウキウキだ。
「ちなみに悠馬は免許持ってるの?」
「当たり前だろ?ペーパー!」
「……ちょっと危なそうだから今回は私が運転してもいいかしら?」
車よりも異能を使った方が速い男、暁悠馬。
彼にとって体感速度的に車は遅いのかもしれないが、問題は彼の運転の技術がどれほどのものかということ。
ペーパーと自信満々に答えた悠馬に不信感を抱いたソフィアは、もしかすると彼は運転させてはならない人間なのではないかと考える。
「俺も慣れない道走るの嫌だし、お願いしてもいいかな?」
「あーん♡任せて、フルアクセルで行くわ!」
運転を完全にソフィアに任せようと判断した悠馬はこの日、この判断を後悔することとなる。
そう、ソフィアは人の運転のことを心配するほど、ドライビングスキルがなかったのだ。




