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dear…  作者: 平平方
最終章Ⅱ
41/103

041

「……」


 目的地の教会へと辿り着く。


 ソフィアの車の助手席に座っていた悠馬は、ほぼ白目を剥いて項垂れていた。


 ここに到着するまでの約8キロメートルの間に、信号無視を6回と一時不停止を4回、スピード違反はデフォルト。


 むしろ法定速度で走っていた時間のほうが短かったと記憶している悠馬は、どんな絶叫系アトラクションでも、自分自身の異能でも味わえないスリルに茫然自失状態だ。


 人の運転って、怖いんだな…


 ソフィアの助手席に初めて乗った悠馬は、心の中で呟く。


「予定より早い到着かしら?」


「…そだね」


 そりゃそうでしょうよ。

 スピード違反と信号無視してるんだから、早く着きますよ。


 元総帥の筈なのに、法律ガン無視で走り抜いたソフィアに腰を抜かす悠馬は、転げ落ちるようにして車から出る。


「帰りは俺が運転するよ…」


「ペーパーなのに運転大丈夫…?」


「ああ…ソフィアよりは多分…」


 そんなにピーキーな車じゃなければ運転くらいできる。

 …少なくともソフィアよりは。


 彼女の運転で帰るのはあまりにも危険だと結論づけた悠馬は、小さな声でソフィアよりは大丈夫だと呟き、立ち上がると教会を目指す。


「アレって異能王じゃない?」


「横にいるの、ソフィア総帥じゃないか!」


 周囲から小声が聞こえてくる。


 認識阻害の異能をやめて、堂々と教会内を歩く悠馬は、昨日の通りの道を歩み、入り口に立っている目的の人物まで歩み寄る。


「こんにちは」


「こんにちは。今日は声をかけてもよろしいんですか?異能王様」


 悠馬が声をかけるとそう発したのは、金髪の蛇目の司祭。


 昨日は彼がなぜこちらをジロジロ見ているのかはわからなかったが、発言からしてどうやら認識阻害が通用しないタイプの人間だったらしい。


 彼は認識阻害が通用しないから、こちらをジロジロ見ていたのだ。


 ようやく彼の不可解な行動に合点がいった悠馬は、にっこりと笑顔を浮かべる彼にさらに一歩踏み出す。


「やはり見えていたんだな。昨日はずっと見てくるから、何かあるのか少し不安になったよ」


「いやはや、それは失礼しました。なぜか周囲は気づいていないのに、私だけ異能王が訪れていることに気づいてしまったので、気になって見てしまったのです。無礼をお許しください」


 彼からすると、なんでみんな気づかないんだ?と思っていたことだろう。


 悠馬が認識阻害の異能を使っていたと知らない司祭は、昨日の出来事を興味深そうに話している。


「ところで…2日連続で如何様(いかよう)でしょうか?ミサの時間であればもう過ぎていますが…」


 昼近くまで寝ていたこともあり、今日のミサは終わってしまったようだ。


 無論、最初からミサに参加する予定はなかったが、蛇目の男は悠馬がミサのために来たのではないかと申し訳なさそうにしている。


「いや…ミサは大丈夫だ。少し質問したいことがあるんだけど、ここにいる司祭様を集めて時間を取れないか?」


「構いませんが…奉仕中の者もいますので、すぐに全員は集まりきれないと思います」


「ああ。大丈夫だ」


「ではこちらに」


 異能王だからか、話がスムーズに進んでいく。


 流石に神聖な教会内だと平等に接されるんじゃないかと考えもしたが、こういう時の権力は最高だ。


 強く命令することもなく、脅すこともなくお願いをすれば応じてもらえるんだから、余計なストレスを抱えなくて済む。


 金髪の蛇目の男は、悠馬のお願いを承諾すると、昨日とは違う道を案内してくる。


「司祭の部屋はこちらです」


 大聖堂内に休憩室が見当たらなかったが、やはり別のところに司祭の部屋があるようだ。


 基本的に信徒ですら入れないであろう司祭の部屋は、一体どうなっているのだろうか?


 なんだかイメージ的には、学校の職員室みたいなのを想像してしまう。


 なにしろ教会は司祭が教えを示す側で、信徒は教えを乞う側だから。


 まるで教師と生徒の構図のような司祭と信徒の関係に、悠馬はそう考えながら歩みを進める。


 グレーの石畳を抜け、庭園を抜けて大聖堂の裏へと回る。


「ここです」


 裏へ回ると、そこには物静かな隠れ家のような建物が建っていた。


 大きさとしては小さな一軒家程度だろうか?

 さほど大きくはない上、一階建ての様子で高さもない。


 茶色いレンガで組み立てられた、どこかの奥にひっそりと佇んでいそうな建物だ。


 まさか教会の裏に、こんな隠れ家のような建物があるとは知らなかった悠馬は、驚いた様子を見せながら蛇目の司祭に続いた。


 ソフィアも悠馬の後に続く。


 蛇目の司祭が部屋の扉を開けると、紅茶の匂いが漂ってくる。


 それが司祭の部屋に染みついた紅茶の香りなのか、ちょうどティータイムの時間なのかはわからないが、落ち着く香りがしている。


 部屋の中は整理整頓されていて、椅子とテーブル、そして簡易的なベッドのようなものが置かれているだけだ。


 奥にはキッチンのようなものも見えるが、あくまで事務所のようなものなのだろう。


「異能王!?」


 部屋を興味深く見渡していると、中から低い男の声が聞こえてきた。


 異能王の悠馬が入ってきたことに驚いたのか、声を上げたのは昨日、大聖堂の中への侵入がバレそうになり、催眠をかけた大男だった。


 大男は悠馬が居ると知るや否や、大きな身体を揺らし駆け寄ってくる。


「こんにちは」


「こんにちは、英国教会司祭のジョフです。気軽にジョフとお呼びください」


「おっけージョフ。初めまして。暁悠馬だ」


 ジョフと名乗った大男が深々と頭を下げ、悠馬もそれに返すように会釈をする。


「異能王様。ジョフは異能王様の大ファンなんですよ」


「17年前、燃えるバーミンガムで貴方とミツキさんに助けていただいたんです」


 彼は「覚えていないでしょうけど…」と付け足し、恥ずかしそうに頬をかく。


「……」


 記憶を辿ってみる。


 17年前のバーミンガムといえば、デバイスや神器の強奪が相次いだ強欲の大火災の時か。


 こんなガタイのいい男を助けた記憶はなかったが、17年前ということは顔も見た目も多少変わっているかもしれない。


 自分が高校生ではなく大人になっているように、目の前のジョフも同じだけ成長している。


 悠馬は記憶を辿り、老婆を背負っていた若者を思い出した。


「…まさかあの時おばあちゃんを運んでた…」


「はい!私です!あれから鍛えに鍛えて、老若男女問わずに背負って走れるようになりましたよ!」


 そう言ってジョフは、筋骨隆々な右腕の筋肉をアピールして見せる。


「まさかここで再会するとは思わなかった。司祭様になったのか。立派だな」


 あの時はまだ異能王じゃなかったし、誰が助けてくれたかなんて記憶している人も少ないと思っていた。


 たまにこうして声をかけられることはあるものの、大抵は悪羅との戦いを中継で見てファンになったという人が多いから、それよりも前から自分を知っている人を見つけると、ついつい嬉しくなってしまう。


 あの日悠馬が助けた若者は成長し、今や人を助け、導く側の人間に真っ直ぐ成長している。


 真っ白な歯を見せて微笑むジョフに、頬を綻ばせた悠馬は、感動の再会に手を伸ばした。


「ジョフ。いくつか聞きたいことがあるんだ。協力してくれるか?」


 ジョフは差し出された手を、静かに握り返す。


「他でもない貴方のお願いです。なんでも協力しますよ!」


 大男のジョフは、恩人である悠馬の依頼とあってかかなりのやる気があるようだ。


 この場には蛇目の司祭とジョフしかいないが、一旦ここで話をしてもいいだろう。


 こちらの言葉を訝しむこともなく、最大限の協力してくれるであろう2人に、悠馬は一度ソフィアを確認してから口を開く。


「この教会で、直近怪しげな動きをしている司祭を知らないか?」


 不意な発言。

 悠馬が怪しい動きをしている司祭と口にすると、2人は顔を見合わせ、首を傾げた。


 自分達も司祭なのだから、異能王から怪しまれているのはあまり気分が良くないことだろう。


 誰だって自分の職場や仲間が怪しまれると気分が良くないし、拒否感を示す人だっている。


 彼らの反応は、決しておかしなものじゃない。


 ジョフと蛇目の司祭は、お互い無言のまま数秒考え込むと、蛇目の司祭の方が口を開く。


「怪しげ…とは具体的に、どういったものでしょう?」


「…例えば自分が神のような振る舞いを見せている人間…とか」


 これはあくまで一例だ。

 当然そんな人はいないだろうが、人の価値観によって怪しいの基準っていうのは簡単に変わる。


 例えば好きな人が他の異性と話しているだけで怪しむ人だっているし、反対にそれを怪しくないと答える人だっている。


 だからここで、明確にどこからが怪しいの基準なのかは明かさない。


「1つ。彼、ミヒャがここに赴任する前におかしなことはありました」


 簡単なようで簡単でない質問に、ジョフは顎に手を当て、思い返すように話を始めた。


「おかしなこと?」


 悠馬はジョフの発言に、興味深そうに反応する。


「はい。以前ここには、長く勤められていた司祭がいたのです。もう60を過ぎ、信仰にだけ身を捧げてきた人物でした」


「ああ…赴任した日に噂は耳にしました」


 蛇目の司祭、ミヒャが赴任する前任の司祭。

 悠馬は即座に、パラレルワールドの薄毛の老司祭を思い出す。


 きっと彼の話なのだろうと、直感的に察することができたからだ。


「その司祭様は、失踪する前日に神からの啓示…つまり神託を受けたと喜んでいました」


「神託?」


「はい。内容までは分かりませんが、長年の信仰が実を結んだのだと、嬉しそうに話していましたので、それが印象的で…」


 ジョフはお告げなんて、とても現実ではあり得ないと言いたげに話す。


 数十年をキリスト教の信仰に捧げてきた彼が、ちょっとやそっとの信頼に値しない啓示では反応を示すことはないだろう。それが宗教を信仰し続けるということだ。


 慎ましく生きてきた彼ならば、イタズラの類であればすぐに嘘だと気づき、落ち着いて対処できたはず。


 だというのに神からの啓示だと断言したということはつまり、本物の神から何かの啓示を受けた可能性だ。


 例えば〝悪神〟からの啓示とか。


 悠馬はここにきて、悪神の関与の可能性を悟り、眉間に皺を寄せる。


「何か変なことは言っていなかったか?」


「変なこと…というか、主の意思に従う…と話していた翌日に、失踪してしまいました」


「なるほど…」


「…憶測で申し訳ないのですが、私の前任の老司祭は、まだこの教会にいらっしゃると思います」


 啓示を受け、主の意思に従うと発言し失踪した司祭。


 しかしジョフの会話とは反対に、そんな彼がまだ教会にいると話す蛇目の司祭、ミヒャは、何か思い当たる節があるようだ。


 彼の様子は、とても憶測で話しているようには見えないし、確信めいた何かがあるのだろう。


「教えてくれ。どういうことだ?」


「告解部屋…夜中に出入りする老人を昨晩見ました」


「なんだって?」


 ジョフはミヒャの発言に、驚いた表情を浮かべる。


 ジョフは元々、最近告解部屋に誰かが入っていること自体には気づいていたようだし、その犯人が前任の司祭だと聞いて信じられないのだろう。


「見慣れませんでしたが、キャソックを纏っていたため司祭だと判断し、呼び止めることはしませんでしたが、あれは明らかに老人でした」


 見間違えることがないと言いたげに話すミヒャ。


 彼は認識阻害の異能も看破しているし、そんな彼の瞳に映る情報は、そう簡単に誤魔化せるものではない。


 状況と話からして、告解部屋に出入りしているのは、前任の薄毛の司祭で間違いないだろう。


 しかし疑問も残る。

 この教会に通い続けているなら、なぜ失踪したのかという点だ。


 この教会で告解部屋に通い続けるなら、司祭の仕事の片手間でも良かったはず。


 なのになぜ、姿を消したのにわざわざこの教会へと通っているのか。


 当然だが、この教会に通うということは司祭たちに見つかる可能性だってあるわけで、しかも顔馴染みが多いわけだから、顔を合わせればすぐに薄毛の司祭だと誰もが気づくはずだ。


「何がしたいんだ…?」


 信徒を使って信徒を殺し、司祭の座を捨てたのに教会に侵入し続ける男。


 まだ黒確定ではないが、最有力候補は薄毛の司祭だ。


 神からの啓示…悪神の啓示である可能性。

 なぜルナが主と発言していたのか。

 直前に謎の失踪をしたこと。


 状況からしてそう結論づけた悠馬は、興味深い話をしてくれた2人に頭を下げる。


「お二人ともありがとう。あと一つだけ、お願いをしてもいいかな?」


「ええ。私どもにできることなら、喜んで協力いたします」


「はい。異能王様からのお願いは無碍にできません」


 嬉しそうにそう答える2人に、悠馬は口を開く。


 2人は悠馬の話を聞くと、静かに、しかし大きく首を縦に振った。


「わかりました。協力しましょう」

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