第1章:1.4 翠風平原の生物リズム
遺落の街の巨大な白い城門をくぐると、空気の生活感は一瞬で消え去り、代わりに涼やかな草木の芳香が鼻腔を満たした。
足裏の感触が、固い砕石から柔らかい土へと変わる。
闕恒遠は四人の女性を従えて翠風平原の深部へと足を踏み入れた。ここでは草の波が幾重にもうねり、遠くの地平線にはこの世界の天然の街灯であるかのような巨大な発光植物が点々と佇んでいる。
「今日の霧、昨日より少し濃いみたい」
玥映嵐が手に持った重盾を掲げ、金属の盾面が草の先端をかすめて微細な摩擦音を立てた。
彼女は周囲を警戒の眼差しで見回す。パーティーの守護者として、環境の変化に対してもっとも敏感だったのは彼女だった。
「それは私たちが新手の保護区をすでに離れたからよ」
伊凝雪が背中の矢筒から一本の羽矢を引き抜き、弓の弦に番えた。
その冷ややかな瞳が、草むらのなかの微かな動きを鋭く捉えている。
その時、草むらの奥から低く沈んだ唸り声が響いた。
それは電子合成された効果音などではなく、喉の震えを伴う、圧倒的なプレッシャーを放つ生物の吐息そのものだった。
「気をつけろ、何か来るぞ」
闕恒遠が低く警告し、初心者の剣を胸の前に構えた。
草むらが勢いよく掻き分けられ、外見は野狼に似ているものの、背中が深い青色の角質鱗片に覆われたモンスター「青鱗犬」が三匹、品字の陣形を組んでゆっくりと姿を現した。
やつらの瞳は妖しく赤い光を放っており、それは眼球の中でデータストリームが明滅している痕跡だったが、それ以上に戦慄を覚えたのは、その鼻先が呼吸に合わせて激しく波打ち、鋭い歯の隙間からよだれが地面にポタポタと垂れ落ちているのがはっきりと見えたことだった。
「あいつら……」
「私たちのことを観察してるの?」
悦清禾が短剣を強く握り締め、身を低く沈めた。
彼女は、昨日のスライムのようにただ盲目的に突っ込んできたりせず、やつらが互いに距離を取りながら五人の側面を包囲しようとしていることに気づいて驚愕した。
その中のひときわ体格の大きな青鱗犬が、短く鋭い遠吠えを上げ、残りの二匹がそれに呼応して一斉に飛びかかってきた。
「映嵐!」
闕恒遠が叫んだ。
玥映嵐が気合の入った美しい声を張り上げ、重盾を地面へと猛烈に叩きつけた。【震盪衝撃】の波紋が周囲に広がり、左側から迫ってきたモンスターの突撃を強引に押し留める。
闕恒遠はその隙を逃さず飛び出し、耳障りな風切り音を伴う剣を正面の青鱗犬めがけて横一文字に斬り下ろした。
「プシュッ!」
剣身が肉体に食い込む感触は昨日よりもさらに鮮明だった。骨に引っかかり、その後に筋肉の繊維が断ち切られる抵抗感が、グリップを通じて脳へと直接伝達される。
青鱗犬が悲痛な悲鳴を上げた。その絶叫には、剥き出しの痛みと恐怖がしっかりと混じり合っていた。
やつはデータの粒子となって霧散するのではなく、剣の勢いにそのまま押し飛ばされて草むらの上に転がり、腹部に深く長い裂傷を負った。鮮紅の液体が周囲の青草を瞬く間に染め上げていく。
「慕羽、ファイアボールを撃て!」
闕恒遠が声を張り上げた。
しかし、後方からは期待していた詠唱の声が聞こえてこない。
闕恒遠が振り返ると、千慕羽はスタッフを高く掲げ、指先を先端の結晶に触れさせたまま、完全に硬直していた。
彼女の視線の先には、地面に倒れ込み、激しく痙攣しながらも爪で自分の傷口を必死に掻きむしろうとしている青鱗犬がいた。
そのモンスターの瞳はもはや冷徹ではなく、死に対する恐怖に満ちており、傷ついた子犬のようなか細い鳴き声を漏らしながら、仲間のほうへと助けを求めるように悲鳴を上げていた。
「慕羽!」
闕恒遠が再び名前を呼んで促した。
「あいつ……」
「泣いているの……?」
千慕羽の声がわずかに震え、スタッフを握りしめる指の関節が真っ白に変わっていた。
その瞬間、彼女の目に映っていたのは「クランをドロップする獲物」ではなく、耐えがたい苦痛にもがく一つの「命」そのものだった。
もしこの刃がリアの体に突き刺さっていたら、あるいは自分たちの仲間の誰かに向けられていたら……。
そんな強烈な共感が彼女の胃の腑を激しくかき回し、スタッフの先端に集まりかけていた魔力は不規則に霧散していった。
千慕羽が躊躇しているまさにその隙に、右側にいた無傷の青鱗犬が怒りの咆哮を上げ、目の前の玥映嵐を無視して防御の薄い千慕羽へと一直線に突進してきた危うい間隙を縫って襲いかかった。
「危ない!」
伊凝雪が冷たく鼻を鳴らし、羽矢が流れ星の如く弦を離れて飛び出した。矢は正確に青鱗犬の前脚を貫き通す。
モンスターは千慕羽の足元へと激しく転がり落ち、激痛に身をよじりながら、泥の上に深い爪痕を刻み込んだ。
「慕羽、これはただのゲームよ!」
伊凝雪の冷徹でありながらも確信に満ちた声が背後から響く。
「あなたがトスを入れなければ、私たちが傷つくことになるのよ!」
千慕羽は足元で必死にもがき、自分のブーツにすら噛みつこうとする怪物の姿を見つめ、そこでようやく現実的な脅威と生理的な嫌悪感が憐れみに打ち勝った。
彼女は歯を食いしばり、目を固く閉じると、スタッフの先端にまばゆい紅の光を爆発させた。
「【熾炎】――!」
赤い火の舌が、負傷した青鱗犬を一瞬にして呑み込んだ。
モンスターは炎の中で狂ったようにもがき、胸を引き裂くような最後の悲鳴を上げたのち、ようやく四散して無数のきらめく破片へと消え去った。
戦闘が終わり、平原には再び静寂が戻った。
空気中には、まだわずかに焦げ臭い匂いが残っている。
千慕羽は力なく草むらの上に膝をつき、大きく、荒い息を何度も繰り返した。琥珀色の豊かなロングウェーブヘアが乱れ、その肩が小刻みに震えている。
彼女は自分の震える指先を見つめた。あの「命を奪い去った」という確かな手触りが、まだ指の間にこびりついて離れない気がした。
「このフィードバック……」
「あまりにもリアルすぎるわ……」
悦清禾が短剣を鞘に収めながら、その額にじっとりと冷や汗をにじませていた。
彼女は闕恒遠を見上げ、その声にはわずかな動揺が混じっている。
「ねえ恒遠、感じた?」
「さっきの子、斬られたとき、命乞いみたいな声を……」
闕恒遠は自分の剣をしまい込み、手のひらにかいた冷汗で柄が滑るのを感じていた。
彼は遠くを見やった。
一見するとどこまでも穏やかな翠風平原の奥深くでは、無数の赤いデータストリームがひそやかに明滅しており、そこにはこうした「生存本能」を宿したさらに恐ろしいモンスターたちが、傲慢な降臨者たちを暗がりからうかがっている。
「これが、おそらく『境界の詩』の本当の姿なんだ」
闕恒遠は深く息を吸い込み、胸の奥から湧き上がる不安を無理やり押し殺した。
「これからは、」
「みんなここを本当の戦場だと思ってくれ」
「ここのモンスターは痛みを感じるし、怒りもする。生き残るためなら手段を選ばない」
彼は千慕羽のそば歩み寄り、そっと彼女の肩を支えて立たせた。
「大丈夫だ、まだ始まったばかりだから」
「僕たちは慣れていかなくちゃならないんだ」
「そうしないと、この第一層すら歩き抜けられなくなってしまうからな」
五人はそれぞれの動揺を懸命に鎮めると、再び厳重な防御陣形を組んで平原の奥へと歩を進めた。
リアからもらった祝福のひんやりとした効果はまだ体に宿り続けていたが、その爽やかな涼しさも、いまや彼女たちの胸の奥に刻まれた「リアル」という名の戦慄を拭い去ることはできなかった。




