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  作者: 鈴生
9/11

落穂拾い

 9. 落穂拾い

 小テストの結果は散々なものだった。何せ通話中に二人して寝落ちたのだ。ドリルの範囲の半分も終わってないうちから雑談をし始めて、気付けば朝になっていた。結局朝ごはんの最中から朝のホームルームに至るまで、ひたすらにドリルの解答集を眺めていた。内容なんてほとんど頭に入っていなかったけれど、見ないよりはマシだと思いたかった。でもそんな付け焼き刃が通用するようなテストを、あのデカが作るわけがなかった。

 私と友人は補習を食らう羽目になった。デカの監視下で放課後に教室でドリルの範囲を一周解かされるのだ。堪ったもんじゃない。それでもデカは怒らせたら怖い。私語を挟むことなく黙々と、私たちは数列と計算式に向かい合う羽目になった。


 友人よりも少しだけ先に終わった私は、デカにノートを見てもらっている間に本でも眺めておくことにした。好きにしてていいぞ、なんて言われたから何をしようか悩んだのだ。スマホなんて出したら、説教が飛んでくるのは目に見えている。当然、鞄から取り出したのは、この前買ったあの古本だ。まだ中身は開いていない。裏表紙に印字されたあらすじを読みながら、表紙の絵を思い返す。誰かが描かれているわけではない。何かが描かれているわけではない。抽象的な絵だ。そのくらいのことしか印象に残らなかったけれど、なぜかその青色は私の心を惹きつけてやまなかった。あらすじをゆっくりと噛み砕くようにして読み込んでから、本を裏返して絵をなぞる。誰の絵なのだろう。

「…その絵、ゴッホみたいだな」

 突然話しかけられたので反応が遅れた。いつの間にか私のノートの確認を終えていたデカが、私の本に視線を投げかけていた。

「…あ、確かに」

「敬語忘れてんぞ。よし大野、帰って良し」

 丁寧な手付きで私のノートを手渡してくれたデカの目は、なんとなく穏やかだった。いつもの授業中に見かける様な吊り上がった目付きではない。もしかしたら、デカならこの絵の作者が分かるかもしれない。

「先生ーこの絵の作者って分かりますかー?」

 未だに数式と格闘している友人の様子を見に行っているデカに声を掛ける。苦労している友人を横目に、私は着々と片付けを進めていた。恨みがましい目でこちらを見てくる友人をあしらいつつ、デカからの答えを待つ。私は何も悪くない。普段から授業中に寝ている友人が悪い。だから基礎的なところで躓いているのだ。友人の机の上に開かれたドリルのページは、あまり進んでいないようだった。あの調子では終わるまい。自分が小テストで赤点を取ったことを棚に上げて、内心で茶化す。だって昨日の夜に先に雑談を持ちかけてきたのはそちらだ。そのせいで脱線して寝落ちたと言っても過言ではない。

 デカは意外にも、私の質問にきちんと答えてくれた。視線は友人の方を見ているけれど、興味はこちらにありそうだった。

「さあなぁ…似ているとは思ったが、見覚えのある絵ではないな…本の中に書いてるんじゃないか?」

「そうですかー」

 口先だけで返事をして、試しにカバーの後ろの部分を捲ってみる。書いていない。奥付に書いているタイプか。数ページ捲って、確かめる。

「あ、あったあった」

 思わず言葉が零れる。あまり大きな声ではなかったので、他の二人はこちらを振り返りもしなかった。どうやらこの本の作者が描いたものらしい。知らなかった。もしかしたら作者は絵画の世界では有名人なのかもしれない。


 本を丁寧に鞄にしまって、ドリルやらノートやら筆箱やらをぽいぽいと放り込んでいると、デカの溜め息が聞こえた。

「そこずいぶん前にやったはずだぞ……」

「えーだって寝てたからー聞いてなくてー」

 友人はデカに対して飄々と寝ていたことを告白していた。

「俺は散々叩き起こしたはずだが…?」

「あ、やば」

 デカの目が吊り上がったのが見えた。私はそそくさと教室から退散することにした。


 下駄箱でローファーを履いていると、説教を食らったらしい友人が走って追いかけてきた。ドリルの刑は免れたのだろうか。帰宅していく文化部に交じって、二人で帰路に着くことになった。

「ドリルの残り宿題にされた~侑花手伝って~」

 泣きつかれたが一蹴する。

「やだ、デカにバレたらまた怒られるよ?」

「それもやだ~~」

 袖を掴まれるので歩きにくい。渋々歩く速度を落として一つ提案をする。

「わかんないところ教えるから。それでどう?」

 がばりと顔を上げた友人の目がきらきらと輝いているように見えた。

「神!!!ありがとう!!!いつものとこのクレープ奢るね!!!」

「やったー」

 なんとなく棒読みの声が出た。


 結局友人に振り回され、私が家に着いたのはこの前のバイトから帰って来た時と同じくらいの時間だった。帰宅して早々に、晩御飯を作っている最中のお母さんに促されてお風呂に入る。上がると久々にお母さんの料理がテーブルの上に並んでいた。今日は夜勤ではないみたいだ。双子の弟たちをなんとか椅子に座らせたお父さんが、嬉しそうに配膳を手伝っている。いつぶりだろう。家族全員が揃うなんて。大体いつもお父さんかお母さんがいないことの方が多いのに。カトラリーを振り回そうとする弟たちを宥めつつ、彼らの隣の椅子に腰かける。

 お母さんが作ってくれた夕食は、久しぶりの味ですごく美味しかった。賑やかに食卓を囲んで、最近起こったことを話して、弟たちの面倒を見ていれば、晩御飯の時間なんてあっという間だった。お父さんが食器をまとめてシンクに持っていくのを見て、一応形式的に手伝おうかと聞くと、いつものように穏やかに断られた。お皿を洗うのはお父さんの役割だ。いつからそうなっているのかは知らないけれど、私が小さい頃からずっとそうだった。

 弟たちについて聞くと、今日はお母さんの方のおばあちゃんが面倒を見てくれていたらしい。普段なら保育園に行くことが多いのだが、どうしてもぐずって嫌がるときは仕方なくおばあちゃんやおじいちゃんたちに任せることがある。

 お父さんの方のおばあちゃんも、弟たちをすごく可愛がってくれているのだけれど、お家でやっている仕事か何かが忙しいことがあって、あまり頻繁には頼めない。しかし、都合が会うときは喜んで面倒を見てくれる。たまにびっくりするようなところまで出掛けていたりしたことはあるが、おじいちゃんとおばあちゃんと、あと叔母さん夫婦が一緒だったらしい。それなら安心できるね、と大野家では胸を撫でおろしたものだった。おじいちゃんとおばあちゃんだけであのわんぱく坊主二人を連れて行くのは至難の業だ。しかし、叔母さん夫婦がいるとなれば話は別だ。彼女らは私よりいくつか年上の従兄弟を三人も抱えて育て上げた剛の者だ。そうやってお父さんは呼んでいた。

 今日はお母さんの方のおばあちゃんと、家でゆっくり遊んでいたそうだ。最近は転がすとガラガラという音を立てるサイコロのようなボールにハマっているため、一日中それで遊んでいたそうだ。

 一通り弟たちの面倒を見つつ、ちょっとだけ遊んでいると、時計の針は二時間ほど進んでしまっていた。しまった、今日の約束があるのに。

 お母さんにそれについて聞くと、いいよ、行ってらっしゃいといって送り出してくれた。送り出されても自室に行くだけなのだけど。もしかしたら私が一番最初に寝落ちする可能性を考えて、おやすみの挨拶だけして二階に上がって自室の扉を閉める。


 スマホで電話をすれば、ものの数コールで友人は出た。

「あれ?早かったじゃん、どうした?」

「お母さん夜勤回避で家族団らんだった」

 端的に事実のみを伝えれば、心配したような声で問いかけられる。

「…もうちょっとゆっくりしてきた方が良かったんじゃないの…?双子ちゃんたちのお世話も大変だろうし…」

「んーでも上がっていいよって言われたから多分大丈夫、なんかあったら呼ばれるかもしんないけど」

 謎の数拍の間が空いて、友人は納得したようだった。

「じゃあ解いててわかんないところあったら聞くね、それで大丈夫?」

「うん、そっちがそのやり方したいならそれでいいよ全然ウチは」

「じゃそうするね」

 それだけ短く言うと、スマホからはシャーペンで何かを掻く音だけが聞こえていた。その間暇になった私は、スマホで羅野 夜という作家について調べてみることにした。

 結果は芳しくなかった。特に売れていない作家だ。絵画の世界では、と期待して調べても肩透かしの結果に終わった。何冊か短編は出したようだが、それ以上のことは分からない。少なくともメジャーではないという時点で、あまり売れない作家だったのではないだろうかと思う。でも、世間の評判と、作品の良さは完全に比例するものではないだろう。なぜなら彼は実際に短編集を何冊を出版することが出来たのだから。もしかしたら、彼、あるいは彼女の作風は、私にも合うかもしれない。これだけ心惹かれる絵画を描くことのできる人の創る世界を、私は知りたくて堪らなかった。


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