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本番は、まだ始まっていない



三連休明けの火曜日。


そして、月替わりの初日。


乗務を終え、運転報告書を見た。


三十九本。


税抜六万九千二百七十円。


良いスタートを切れた。


会社で、同じ隔日勤務のドライバーに聞いた。


「今日、何本やった?」


二十二本だった。


俺とは、十七本の差があった。


同じ日に、同じ金沢を走っていたのに。


ほかのドライバーは、具体的な数字までは教えてくれなかった。


ただ、


「今日は忙しかった」


そう言っていた。


俺が三十九本だったと伝えると、少し驚いた顔をした。


三十九本という数字だけを見れば、俺が忙しい一日を送ったという話になる。


けれど、同じ金沢を走っていた。


同じ三連休明けの火曜日だった。


同じ街で、同じ時間が流れていた。


では、どこで差がついたのか。


今日、俺はUberで十件の仕事を取った。


その十件すべてが、外国人観光客だった。


しかも、ファミリーが多かった。


朝食を終え、ホテルを出る時間。


家族で観光へ動き始める時間。


その時間に、Uberを使う外国人が泊まっていそうなホテルへ走り込んだ。


闇雲に流したわけではない。


以前、外国人を乗せた時間。


呼ばれたホテル。


向かった観光地。


一件一件の記憶を拾い集め、その間に車を置いた。


すると、Uberが鳴った。


一本取る。


また同じ流れを探す。


少し場所を変える。


また鳴る。


それを繰り返した結果が、十本だった。


三十九本という数字は、その積み重ねの先にあった。


今日、車内で飛び交っていた言葉は、英語ではなかった。


正確には分からない。


おそらく、フランス語だった。


大人が話す声。


子どもが何かを尋ねる声。


家族同士で笑う声。


意味は分からなくても、旅行を楽しんでいることは分かった。


ヨーロッパでは、夏のバカンスが始まっている。


フランスでは、すでに家族旅行の時期に入っている。


去年の十二月。


BBC Travelが発表した「二〇二六年に訪れるべき世界の旅行先二十選」に、石川県が選ばれた。


日本から選ばれたのは、石川県だけだった。


その記事を見た人がいる。


次の夏は、日本へ行こう。


東京や京都だけではなく、石川県へ行こう。


金沢へ行こう。


そう考えた家族が、世界のどこかにいたはずだ。


もちろん、今日乗せた客がBBCの記事を読んで金沢へ来たのかは分からない。


本人たちに聞いたわけではない。


けれど、去年の十二月に世界へ向けて紹介された石川県を、半年後の夏に外国人の家族が歩いている。


そして、その家族を俺のタクシーが運んでいる。


まったく関係がないとも思えなかった。


フランスのバカンスは、もう始まっている。


一方、イングランドでは、多くの学校が七月下旬から夏休みに入る。


だとすれば、今日の金沢は、まだ入口なのかもしれない。


これからイングランドの家族が動き始める。


去年の冬、次の夏の旅行先を石川県に決めた人たちが、これからやって来る。


金沢駅に降りる。


ホテルに泊まる。


朝になれば、兼六園へ向かう。


東山へ向かう。


近江町へ向かう。


その移動の途中に、タクシーがある。


今日の三十九本は、確かに良い数字だった。


だが、俺が嬉しかったのは、三十九という数だけではない。


外国人観光客が動く時間。


ファミリーが泊まるホテル。


Uberが鳴る場所。


そこに狙いを定めて走り込み、十回の答え合わせができたことだった。


街に客がいるだけでは、売上にはならない。


その客が、いつ移動するのか。


どこから、どこへ向かうのか。


その瞬間に、自分の車を置けるか。


今日は、それが少しできた。


月替わりの初日。


良いスタートを切れた。


それでも、なぜか思う。


本番は、まだ始まっていない。


そんな予感がしている。


俺は、期待している。

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