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祭りのあとに、客は待っていた



桑田佳祐のライブ。


七月八日。


七月九日。


産業展示館四号館で、ツーデイズ。


キャパは七千人。


その七千人が、ソールドアウト。


たった一人で七千人を埋める。


スゲえなぁと思った。


タクシー目線で考える。


七千人。


その全員が、一人で来るわけではない。


カップルもいれば、夫婦もいる。


親子もいれば、グループもいる。


もちろん単独もいる。


七千人を、人数ではなく組で見る。


何組になるのか。


数千組にはなる。


金沢駅からはシャトルバスが出る。


自家用車で来る人もいれば、シャトルバスを使う人もいる。


金沢駅からタクシーに乗る人もいる。


ホテルにチェックインしてから、会場へ向かう人もいる。


移動手段はバラける。


全員がタクシーに乗るわけではない。


でも、七千人の中の一部がタクシーに流れるだけで、街の需要は変わる。


数百組。


下手すれば、それ以上。


タクシーの仕事は生まれる。


十六時三十八分。


本町にあるホテルから、会社依頼が入った。


この時間。


この場所。


ホテル発。


予感があった。


そして、予感どおり、お客様は産業展示館に向かう人だった。


道中、会話が盛り上がった。


俺もファンだ。


サザンは、俺の中ではビートルズより偉大で、桑田佳祐は、ジョン・レノンより偉大だ。


そう思っている。


誰かに押し付ける話ではない。


でも、ファン同士なら通じる。


俺は思っていることを、熱く語った。


お客様も笑ってくれた。


共感してくれた。


車内の空気は良かった。


ライブへ向かう人の高揚感。


これから始まるものへの期待。


その空気が、タクシーの中にもあった。


十六時五十五分。


産業展示館に送り届けた。


三千円を超える仕事だった。


悪くない。


いや、かなり良い。


そして思った。


もう一発イケるな。


観光からライブ会場。


ホテルからライブ会場。


今まで、こういうパターンは何度もあった。


一発目が出たなら、二発目もある。


そう思って、観光地へ向かった。


俺は東山を目指した。


武蔵を越え、博労町の信号の手前。


反対車線で、手を上げる親子がいた。


黒のお揃いのTシャツ。


見た瞬間に分かった。


桑田佳祐のライブだ。


狙いどおりだった。


俺はかなりニヤついていたらしい。


お客様に言われた。


「なんか嬉しそうですね」


そりゃそうだ。


狙っていた客が、狙っていた時間に、狙っていた道中で手を上げた。


目的地は、産業展示館。


俺は理由を話した。


「桑田佳祐のお客様を狙ってました」


そう言った。


お客様も笑ってくれた。


行きでは、二組のお客様を捕まえることができた。


読みが当たった。


こういう時は、めちゃくちゃ気持ちいい。


今日一日、全体的に調子は良かった。


外国人ファミリーもいた。


暑さで、タクシー需要も出ていた。


観光だけではない。


生活需要も取れていた。


短い距離が多かった。


単価は薄い。


でも、連鎖した。


ただ、二十時台はゼロだった。


それまで、時間ごとの無音はなかった。


ずっと何かしら取れていた。


だから悔しかった。


二十一時前。


俺は再び、産業展示館へ向かった。


ライブ終わりを狙うためだ。


行きで二本取れた。


なら、帰りもある。


そう思った。


ところが、桑田佳祐を甘く見ていた。


とんでもない渋滞が発生した。


生半可な渋滞ではない。


車が全然動かない。


右も左も詰まっている。


会場内の道が、完全に死んでいた。


二十一時過ぎ。


GOが鳴った。


しかし、すぐにキャンセルされた。


すぐに別のGOが鳴った。


ピンの位置は、産展の敷地内。


嫌な予感がした。


その予感を抱えたまま、ピンに向かう。


指定されたピンとは離れた場所に、お客様の存在を知らせる人型のアイコンがある。


ヤバいなコレは。


そう思って、電話をした。


やっぱり、ピンの位置が違っていた。


お客様には事情を話した。


ピンの場所が違うこと。


会場が大渋滞していること。


こちらは向かっているが、まったく車が動かないこと。


普通なら、この時点でキャンセルされてもおかしくない。


こっちは渋滞に捕まっている。


相手は待っている。


ピンは間違っている。


最悪の組み合わせだ。


正直、かなり焦っていた。


この渋滞で、ピンの位置も違う。


ここでキャンセルになったら、さすがにキツい。


そう思っていた。


けれど、お客様は待ってくれた。


GOの配車依頼が確定してから、合流まで三十五分。


お客様は、待ってくれた。


心の底からありがたかった。


そして、顔を見た瞬間、驚いた。


行きで産展まで送った、あのお客様だった。


話は、当然のように盛り上がった。


「一曲目、何でした?」


そう聞いた。


すぐに答えを聞くのも面白くない。


だから言った。


「いや、当てます。ヨシ子さんですね?」


「違います。明日晴れるかな、でした」


えっ、と思った。


「一曲目なのに、明日の曲だったんですね」


そう返した。


自分で言って、少し笑った。


お客様も笑ってくれた。


ライブ帰りの車内には、まだ余韻が残っていた。


会場の熱が、まだ身体に残っている。


その熱を、車内に持ち込んでくれている。


さらに聞いた。


「アンコール、何でした?」


お客様が少し考える。


「何やったかな。えーっと」


そこで、また言った。


「当てます。祭りのあと、ですね」


「凄い。当たり」


当たった。


めちゃくちゃ気持ち良かった。


ただ曲名を当てただけだ。


でも、あの瞬間は気持ち良かった。


お客様のライブの記憶と、こちらの勘が、一瞬だけ噛み合った。


行きでは、読みが当たった。


帰りでは、渋滞に捕まった。


同じ桑田佳祐でも、行きと帰りでまるで違った。


普通なら、崩れてもおかしくない仕事だった。


でも最後には、行きで作った空気に助けられた。


タクシーは、客に楽をさせる仕事だと思っている。


暑い日に歩かなくていい。


会場からホテルまで、座って帰れる。


混んだ道でも、誰かが運転してくれる。


それも大事だ。


でも、それだけではない。


その後の車内で、一曲目を外し、アンコールを当てる。


祭りのあと。


その言葉が、妙に今日に合っていた。


ライブが終わったあと。


渋滞のあと。


あせりのあと。


そして、一本の仕事のあと。


タクシーの中には、まだ少しだけ祭りの熱が残っていた。

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