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六月二十日の残像



5月21日から6月20日まで。


うちの会社は、毎月20日締めだ。


今年の1月にタクシーを始めた俺にとって、その月は過去一番の売上になった。


まだ半年にも満たない。


道も、街も、客の動きも、分かったようで分かっていない。


それでも数字は出た。


特に6月20日。


一日の営業本数は、42本。


過去一だった。


メーターを入れて、降ろして、また呼ばれて、また乗せる。


アプリが鳴る。


手が上がる。


片町も動く。


観光地も動く。


雨も味方した。


何もかもが噛み合った。


タクシーには、こんな日があるのか。


そう思った。


だから、次の月にも期待した。


6月21日から7月20日まで。


この流れのまま行けるんじゃないか。


そう思って乗務に臨んだ。


23日。


25日。


27日。


そして、29日。


四日目の乗務に出ている。


今は、29日の11時42分。


まだ一日は終わっていない。


それでも、ここまでの流れだけで分かる。


今月度の立ち上がりは、完敗に近い。


鳴らない。


拾えない。


狙った場所に、人はいる。


けれど、乗らない。


観光地に人がいないわけではない。


ホテルから人が出てこないわけでもない。


街が死んでいるわけでもない。


ただ、タクシーに乗る理由が薄い。


暑すぎるわけでもない。


雨が強いわけでもない。


荷物を持った人が、駅へ急いでいるわけでもない。


歩ける。


待てる。


バスでいい。


その判断をされるだけで、タクシーの売上は簡単に止まる。


6月20日に、あれだけ良い売上があった。


あれだけ本数を積めた。


なのに、なぜ。


WHY?


俺には去年のデータがない。


去年の6月末がどうだったのか。


去年の7月初めがどうだったのか。


夏の金沢で、タクシーの需要があるのか。


まだ知らない。


知らないまま走るのは怖い。


だから、スマホを開いた。


観光の数字を見た。


宿泊客数。


観光施設の利用者数。


月ごとの増減。


雨。


暑さ。


夏休み。


三連休。


数字を追いながら、自分の体感と照らし合わせた。


去年の金沢市内の宿泊客数は、6月が303,835人。


7月が325,141人。


8月が413,135人。


宿泊客だけを見れば、7月は6月より少し増える。


なら、タクシーも増えるはずだ。


そう思いたくなる。


けれど、主要19観光施設の利用者数を見ると、話が変わる。


6月が517,024人。


7月が462,938人。


8月が787,344人。


7月は、宿泊客は少し増える。


でも、観光施設の人は一度落ちる。


そして8月に跳ねる。


数字は、妙に冷たかった。


俺の期待だけが、先に夏へ行っていた。


街は、まだそこまで夏ではなかった。


どうやら、7月上旬までは弱い。


少なくとも、強い月の始まりではない。


6月の延長のような、曖昧な時期がある。


けれど、中盤以降は伸びてくるようだ。


夏休みが近づく。


暑さが増す。


家族連れが動く。


観光客が増える。


歩ける距離が、歩きたくない距離に変わっていく。


数字は、そう言っていた。


そこで、つくづく思った。


特に日中。


観光が死んだら、俺も死ぬ。


朝のホテル。


昼の東山。


近江町市場。


兼六園。


二十一世紀美術館。


駅へ戻る客。


ホテルへ戻る客。


暑さに負けた客。


バス待ちを諦めた客。


その流れが消えたら、俺の昼は一気に苦しくなる。


夜なら片町がある。


酔った人がいる。


帰る理由がある。


けれど、日中は違う。


観光が動かなければ、街を流しても、ただ燃料を使っているだけになる。


6月20日の残像が、まだ頭に残っている。


42本という数字が、俺を勘違いさせる。


あの日の俺ならできる。


あの日の金沢なら鳴る。


あの日のように積める。


そう思いたくなる。


でも、タクシーは毎日が別物だ。


昨日の勝ち筋が、今日の罠になる。


強い日の成功体験ほど、弱い日には邪魔になる。


今は我慢の時だ。


ただし、何もしない我慢ではない。


鳴らないことに腹を立てるだけの我慢でもない。


数字を見る。


街を見る。


暑さを見る。


人の歩く速度を見る。


バス停を見る。


ホテルのチェックアウトを見る。


観光地の疲れを見る。


弱いなら弱いなりに、売上を作る工夫をする。


完敗の日にも、次の勝ち筋は落ちている。


去年のデータはない。


けれど、今年の数字は積み上がっていく。


6月20日の42本も、23日、25日、27日、そして今走っている29日も、全部俺のデータになる。


勝った日だけが経験ではない。


負けた日こそ、次の作戦の材料になる。


7月前半は耐える。


中盤から拾う。


後半で攻める。


8月に繋げる。


数字を見て、そう決めた。


不安は消えない。


売上が悪ければ、腹も立つ。


鳴らなければ、疑いたくなる。


俺は間違っているのか。


この仕事でやっていけるのか。


そう思う日もある。


でも、まだ半年足らずだ。


分からないことがあるのは当たり前だ。


去年の俺はいない。


だから今年、自分でデータを作るしかない。


乗り越えよう。


我慢して、工夫して、また拾う。


六月二十日の残像に酔うのではなく、


その日を超えるために走る。


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